「大護軍!」
迂達赤兵舎に戻ると、珍しく大声でチュンソクが呼んだ。
埃のたつ兵舎の吹抜けでその声に足を止める。
ここだけは何も変わらない。天井の明り取りの窓からの光。兵舎の生木の段。
その段に立て掛けた盾も、吹き抜けの隅に立てた槍や棒も、壁に掛けた弓も、隅の矢立に刺した矢も。
「おう」
「雷功の件を聞きました、トクマニより」
「あいつはまたべらべらと」
そう眉を顰めると
「しかし同様に、元でも噂が駆けるでしょう」
ほう。改めて目前のチュンソクを無言で眺める。
伊達に付き合いは長くない。よく分かっている。
「次は、何を」
「断交」
「・・・は?」
さすがに無理か。
俺は先に立ち階上へと歩き出す。その後ろに黙したチュンソクが従く。
階上の私室で腰を据え、目前のチュンソクを見遣る。
此処まで来るなら内密の話だと分かっているのだろう。
チュンソクはやや強張った面持ちで俺を見返す。
何も変わらん。移った時から殺風景な部屋だった。
あなたがいた、その時だけ色が注した。あの紅い髪、白い頬。
今はまた再びの殺風景な部屋だ。瓢箪窓から光が射すだけの。
その光の中、チュンソクへと伝える。
「王様が、断交の勅書を発布される」
「元にですか」
「ああ」
「断交となれば、双城総管府は」
「閉鎖」
「であれば、今居る元の官僚たちは」
「黙って帰るか、抵抗し戦か」
「現在の、双城総管府の千戸長は確か」
「イ・ジャチュンだ」
「大人しく出て行きますか」
「いや。イ・ジャチュンには出て行くのではなく、手引きをさせる」
「内通者として立てるのですか」
「ああ」
思い出す。あの時のあなたの、あの叫ぶような声を。
─── 私は今日、 未来であなたを殺す人を助けてしまったの!
イ・ジャチュンの息子、イ・ソンゲ。
あの若い男の手術を終えた後に、怖くてたまらぬとあなたは言った。
再び関わると知れば、あなたはまた心を痛める。どれほど心配するなと伝えようと。
分かって欲しい、死ぬことに畏れはない。
あなたさえ無事であれば、あなたさえ護れれば、他に望むものなどあるはずもない。
ここであの小僧と再び歯車が噛みあうのが定めなのだとすれば、抗うつもりもない。
但し、あなたを残して逝くことだけは絶対にせぬ。
それだけを必ず伝えたい。
あなたはご存知なのだろう。俺がいつどう死ぬか。
だからこれだけ伝えたい。
よしんば奴に殺されるとしても今日ではない。今年でもなく次の春でも、その次でもない。
死ぬとすればそれは、俺が死ぬると決めた時。
その時とは俺のあなたが、この腕の中を去った時だ。
そしてそんな日は、未来永劫訪れぬ。
俺達は知っている。必ず巡り逢えると。時を超え、形を変え、姿を変えて魂が呼ぶ。
そしてあなたは、必ずそれに応えてくれるだろう。
だから俺は死ぬことはない。暫しの間は離れたとしても、あなたがそこにいる限り。
だから怖がるな。怖いのは、志半ばで離れる時だ。
たとえ暫しの間でもあなたを一人にするのが怖い。
「チュンソク」
「は」
「詳しく決まれば、王様からお話がある」
「次の戦ですか」
「双城総管府を落とす」
「・・・可能なのですか。状況を知るために、内通者を立てるだけではないのですか」
チュンソクが息を呑む。
百年以上もこの国を支配してきた元の城。
その他国の制圧に甘んじてきた我が祖国。
取り戻す。己の国としての誇りを。
跳ね除ける。他国の隷属の強制を。
それこそが王様が成し遂げようとする国の在り方。
そしてそれを成すことが、臣下としての俺の務め。
「可能か不可能かではない」
「確かにそうですが、しかし征東行省の時とは違うでしょう。禁軍と官軍と、俺たちでどうにかなる相手ですか」
「さあな」
「大護軍」
その声に視線でチュンソクを射る。
「俺が無理だと言えば、諦めるか」
「大護軍、それは」
「勝機のない戦には出ん。お前らを無駄死にはさせん」
「は」
「門が開けば大将を討つだけだ。開ける為に根回しが要る」
「それがイ・ジャチュンですか」
「ああ」
「傾きますか、こちらに。傾かぬだけならまだしも、あちらにそれが漏れれば」
「傾かぬなら帰す訳にはいかん」
「成程」
「日程が決まり次第、まずはイ・ジャチュンに宣旨が下る。
そこで見極めだ。王様に傾かぬのならその場で斬る」
「判りました」
「思惑通り運べば、一気呵成だ。
そのまま出征しその足で双城総管府を落としにかかる。
間があけば、その分危険が増える」
「は」
「これより暫し寝るどころか、飯の暇さえないかもしれん。
兵を鍛えろ、死なぬ程度に。俺も毎回顔を出す。良いな」
「は!」
「ではな」
腰を上げ、部屋を抜け、階段を駆け下りる。
吹き抜けを抜け、兵舎の庭を抜け、心はあなたへ駆けて行く。
ようやくだ。 ようやく終わった。
待っていろ、すぐに戻る。

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ヨンも、ウダルチみんなかっこよくて嬉しすぎます!どうしてもお礼がいいたくてコメントさせて頂きました。続き楽しみにしています。
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ヨンの言う通り,ウンスが知れば心を痛めますよね。
時期が多少ずれても歴史は変わらないのかもしれないけれど,この事実は変わって欲しいと願ってしまいます。
史実でも寵愛したユ夫人が先に亡くなってますよね。
同じお墓に埋葬して欲しいという遺言を残したようですし。
もし,ウンスがその時にいなければ,今生に未練は無くなって,早く側に逝きたいと願うのでしょう。
死よりも離れる事が怖いから。
そして輪廻転生・・・2人は何度でも巡り逢う・・・ですね。
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さらんさん、たて続けに拝読させて頂きました。
ああ、幸せな時間❤…。ありがとうございます。
これまでにもコメントさせて頂きましたが、実際の戦闘シーンはもちろん、戦術を練っている場面の描き方、さらんさんは秀逸です。
短い会話にも関わらず、心臓を射るようなひと言ひと言が小気味よくて、文字を追うのが楽しくてたまりません。
このお話の中のヨンは、冷静で鋭い頭脳を持ちつつ、ウンスを思う熱い心をバランスよく保っていますね。
けっして落ち込むこともなく、溺れることも無く、諦めることすらせず。
会えない時間が、愛育てるのさ…と、還暦を迎えた郷ひろみも歌っていますが、ヨンとウンスもまさにそのとおり。
きっとこの辛く切ない時間が、二人の深い愛を育むことでしょう。
ああ、再会の巻を改めて読みたい!
さらんさん、台風の影響がなくて良かったですね。
ゆっくりおやすみなさい。
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>muuさん
こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
此処からあんな怒涛の長編になるとも思わず、
気楽にお話を書いていた頃ですw
だから戦略軍議も比較的あっさりモードで(爆
基本的には全てのお話が出来てから順にUPしているのですが、
【勢】だけは、初めて当日書き→当日予約UPという
めっちゃタイトロープな書き方をしましたw
最初は長くても20話位だと思っていたのです…
キム侍医、あの方の予想外の動きと、李 成桂が
もっと部下に慕われていれば・・・!
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>すんすんさん
こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
そうですね、そのあたりはどうなるのか。
いえいえ、どうなる関彌は既にこのちっちゃい頭の中に決定織り込み済みなのですが、それでも
いろいろな、細部が変わればなあと。
私も祈ります。
ヨンで頂き、ありがとうございました❤
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>kotomisa884さん
こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
基本うちの迂達赤は(特にチュンソク隊長)
かわいそうな扱いなのですw
本当はきっともっとかっこいいよね、とw
でも褒めて頂けて嬉しいです。
ヨンで頂き、ありがとうございました❤