「ちょいと、冗談じゃないよ。またただ働きさせる気かい」
手裏房の酒楼の東屋、卓に向かい合ったマンボが大きく叫び此方を見遣る。
「久々に腕が鳴ろう。何を驚いた芝居など」
「あんた、ふざけてんのかい」
そう言うマンボに向かい、私は声を重ねる。
「芝居とばれて照れくさいか。それとも腕が錆びたか」
鼻で笑って言ってやれば
「何だって」
マンボが気色ばむ。
「たかが侍医一人の情報すら集められぬと知れるのが怖いか。情報が集まらねば、手裏房の名折れだからな」
「いい加減にしな。その手にゃあ乗らないよ」
「医仙の安全がかかっておる。情報が集まらねばヨンアとて戦に集中は出来ぬ。
そうなれば勝てんな。国はどうなるか」
口を閉じ腕を組みマンボを見れば、奴は黙って首を振る。
「あんたの持ってくるのは、金にならない仕事ばっかりだ。こっちはそれでお飯喰ってるんだからね」
「照れるな、奴のために何かしたくて堪らぬくせに」
「それはあんただろ。叔母馬鹿には付き合えないね」
「では結構だ」
言い捨て立ち上がると、奴が慌てて腰を浮かせた。
「やらないとは言ってないだろう。全く気忙しい女だね」
私は薄く笑い、椅子へ腰をかけ直す。
「で、調べたいのは何処の誰だって」
「典医寺のキム侍医だ。毒を学んだと言っている。皇宮の事情にやけに詳しい。
天竺まで医術修行の旅に出ていたにしては、詳しすぎる」
「出身は」
「判らん」
「そうかい。少し時間はかかるよ」
観念したか、全く捻くれた奴だ。
「そう言えば」
マンボが思い出したように、顔を上げる。
「ヨンアんとこの若いのが、日参してるよ」
「トクマンか。シウルと共に槍を修練していると聞いたが」
「あのひょろっこいのかい。違うよ。ヨンの弟分の身軽な猿の方だ」
「・・・何の事だ」
「テマンってのが、毎日のようにヒドんとこへ来てんのさ」
「珍しい取り合わせだな」
「そうだろう」
「理由は何なのだ」
「それが判らないから不思議なんだよ」
そう言って、マンボが首を捻る。
「ヒドは言いやしないよ、元来無口だからね。チホやシウルにも聞いてはみたが、奴らも知らないとさ」
思い当たる節は全くない。ヨンも何も言ってはおらん。
という事は、ヨンにも内密に何か動いておるのか。ヨンの兄代わりの風功遣いと共に。
何をしておるのか、そのうち探りを入れねばならんな。どいつもこいつも身勝手に動きおって。
苦笑いして息を吐き、ぶっきら棒にマンボへ告げる。
「あいつについては確認しておく。まずは調べてほしい。皇宮典医寺のキム侍医について」
その声に、マンボが僅かに身を乗り出した。
*****
「よう、テマナ」
ヒドの部屋を出たところで不機嫌そうな声がする。
俺は足を止め辺りを見回して、東屋の階段に姿を見つける。
弓を背負ったチホが仏頂面で腰かけて立て膝に顎を乗せて、こっちをじっと見ていた。
横には脇に槍を突っ立て、無言で腰掛けるシウルがいる。
「チホ、シウル」
俺が呼ぶとチホは人差し指を立て俺を指さした後
「ちょっと来い」
その人差し指をちょいちょいと曲げ俺を呼んだ。
何だよ、機嫌の悪い面だな。
そう思いながら東屋へ近付いて行く。
「訊きてえことがいろいろあんぞ」
寄った途端シウルが飛びかかり、俺の頭を長い腕でがっちりと押さえつけた。
「痛いだろ、何だよ!」
体を捻ってその腕を振り切り、一歩飛んで奴から離れる。
そこから奴らを睨むと、二人が睨み返した。
「お前、ヒドヒョンと何やってんだよ」
シウルが俺に、そう訊いた。
「え」
「俺らに隠れてこそこそ何やってんだ」
「何、って別に」
「何だよ、言えって」
「ちょっと教えてもらってんだよ。お前だってトクマニと槍、続けてるだろ」
「それとこれとは違う、俺はヨンの旦那から言われてんだ。お前ヨンの旦那に言われたのか、ヒドヒョンに教われって」
「大護軍に余計なことは言うなよ!」
「やっぱりな」
シウルがそう言って、チホに目配せをする。
「旦那には秘密か」
チホがそう言い、俺を真っ直ぐ睨む。
「ひ、みつとかそういう事じゃない」
「お前が言わないなら、旦那に聞くか」
「別に悪いことなんかしてない、余計なこと言うな」
「だったら聞いても構わないよな」
俺はがりがりと頭を掻いた。これじゃ繰り返しだ。
「いいよ、分かったよ。大護軍には秘密だ、俺が今教わってるのは、息の仕方だよ。これでいいか」
「息の仕方だぁ?」
シウルがそう言ってチホを見る。 チホが肩を竦めるとシウルはもう一度俺に向き直った。
「何で教えてもらってんだよ、そんな事。いや、教わんなくたって出来るだろ」
「いいだろ、いろいろだよ。それより何でそんな事で怒るんだよ」
その俺の声に、脹れっ面でチホが応えた。
「ヒドヒョンはなあ、俺たちが何を言っても、今まで何も教えてくれたことがないんだよ。
面倒だとか、教える事はないとか言ってな」
シウルがそれに頷いて
「それがいきなりお前に何か教えてるっていうから面白くねえんだよ。仲間外れじゃねえか、俺達」
その言葉に思わず笑いそうになる。
「仲間外れってなんだよ。餓鬼じゃあるまいし」
「いや、ほんとのとこさ、俺たちになんか隠してんだろ。お前じゃなくて、ヨンの旦那」
「隠してはいないだろ」
「でかい戦をやらかすんじゃねえのか」
「・・・え」
言葉に詰まった俺に、チホが畳みかける。
「あのな、俺たちは情報屋だぞ。手裏房を甘く見るなよ」
双城への攻撃のことを言ってるのか。
「それ、は」
「お前のヒドヒョンとの鍛錬も、その戦に関係あんのか」
「そうじゃない」
それは本当に違うから、俺はすぐに首を振った。
そんな短い事は考えてない。
俺はもっとずっと長く、大護軍を護りたいんだ。
俺が一緒にいる限りずっと。
チホとシウルはその勢いに、驚いたみたいに目を丸くした。
「そ、そうなのか」
「ああ、関係ない」
「でも旦那は隠してるだろ、俺たちに声も掛けてくんねえで」
「それは・・・」
大護軍が言わない限り、俺には言えない。難しい事は俺には分からない。
大護軍がついて来いと言えばどこまでも行く。
何かしろと言われたら必ずやる。それだけだ。
シウルたちを呼ばないならそれが大護軍の考えだし、呼ぶのだってそうだ。
来るなら一緒にやるし、来ないなら詳しく話す気はない。
「俺からは言えない。大護軍から話がないならそういう事だ」
「何なんだよ、また仲間外れかよ」
シウルが舌打ちをする。
「そんなんじゃない。大護軍が決める事だ。呼ぶ時も呼ばない時も、絶対何か意味がある」
「そりゃそうだけどよ」
「だったら黙って待ってればいい」
「・・・分かったよ」
黙り込んで眉の間を掻くシウルの代わりに、チホが言った。
「余計な事は訊かない。俺らだって旦那を煩わせたくない」
「そうしてくれるか」
「ああ。俺たちも嘘はつかない」
そしてようやく機嫌を直したシウルが俺を真っ直ぐに見た。
「そうだよ。旦那を信じてんのはお前らだけじゃねぇぞ」
その声に、俺は頷いた。

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テマナ~、成長してますね~‼
チホもシウルも自分たちで考えて、何とかヨンの力になろうとしていて。
彼らの男気が、気概が凄くステキです!
このシリーズも、くぅ~‼っと噛みしめながら楽しませていただいています。
ありがとうございます!
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さらんさん、今晩も素敵なお話をありがとうございます。
ジホもシウルも、そしてテマンも、しっかりと信頼関係ができているんですね。
だから、言葉の裏の意味など考えず、そのまま素直に尋ね、素直に理解しようとするのですよねえ。
ぐずぐずと粘って聞き出そうとしないところ、素敵です。
シンプルなのが一番。
ヨンも「面倒だから嘘はつかない」と言ってましたものね。
さらんさん、今日は暑い一日でした。
ノンアルコールビールが美味しいです。
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>muuさん
こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
私にとって、この二次創作物を書き始める前に【信義】とは何ぞや、という
非常に単純かつ本質を突かねばならない思案の時期がありました。
此処の軸がずれたら、何億文字書こうと、全てただの屑になる、と。
我が家の【信義】で、ヨンに歯向かったり楯突くのは、基本敵だけですw
たまーに王様と、ちょいとばかり揉めますがw
でもヨンが退きます。それはヨンが王様に【信義】を持って
側にいる、守ると決めたから。
「一度信じたんだから、何があっても信じる。
何言われても従う。間違ってたら真正面から教える。
それでも変わんないなら仕方ない、自分が人を見る目がなかった」
長くなりましたが、私にとり【信義】とは結局それなのだな、と。
だからこそ、其処の心情に至るまでの話を細々書くわけで・・・w
それをヨンで下さるmuuさま、皆さまには、頭の下がる事ばかりです。
本当にいつもヨンで頂き、ありがとうございます❤
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>ぶんさん
長くなりましたが、私にとり【信義】とは結局
此処はもう、若手のホープたちのお話でした。
皆ヨンの力になりたくて一生懸命。全く仕方のない奴らです。
此度は連れて行ってもらえなかったチホ&シウル。
帰って来たヨンに向かい、さぞかしごねる事でしょうw
ヨンで頂き、ありがとうございました❤