紅蓮・勢 | 2

 

 

「雷功を、撃ったとな」
「・・・は」

開京に帰京し、戦果の報告にと王様の御前に伺った途端。
王様の口から早々に出た御言葉に、眸を下げたまま短くそれだけ返す。

戦勝報告とは思えぬ静かな室内に、窓からの春の陽が差し込む。
迂達赤すらも人払いした康安殿、王様の私室。
目の前の王様と筆頭内官以外、部屋の中には誰の気配もない。

「此度は一発で、簡単に退きました」
小さくこの頭を下げると
「簡単と申すか」
王様が大袈裟に、驚いた顔をお作りになる。

「二万が退くには早い時間でした。簡単と申して良いかと」
「時間か。確かにな。しかしそなたにしてみれば」
「もとより策の内でした」

王様がかすかに御目を眇め、目前の俺をご覧になる。此度は本心より驚かれたらしい。
その御目を受け、懐に仕舞い込んだままの密偵からの一通目の密書を取り出した。

卓の上で内官へと滑らせる。
壁際に立っていた筆頭内官が卓へと歩み寄り、それを恭しく取り上げる。

渡った小さな紙切れを御指で開き、王様は文字を目で追われた後で息を吐いた。
そして御顔を上げ改めてゆっくりと此方をご覧になる。。
「なるほど。これほどまでに寄せ集めの者どもだったか」
「はい」
「して、戦果は」
「先の早馬での報告通り。今回敵二万。
残った敵方の約五千は敢えて深追いせず逃がしました」

その声に王様が頷く。
「策に窮してではなく、敢えて逃がしたのだな」
「は」
「それが作戦だったと」
「生き残った口より雷功の噂が元国内に広まれば上々。密偵を未だ潜らせております。
状況は逐一その者たちより入る手筈となっております」
「抜け目がないな」
「敵方は元の朝臣よりの支持は受けておらぬと踏みました。
今回の負け戦で迷っていた朝臣の心も恐らく完全に離れたかと。
武器も馬も持たず、戦術に関しても見識なく、数頼みだけの単なる反乱者です。
今後唯一警戒すべきはその数」
「増える可能性は」
「十分に。それ故此度の戦の目的は、相手の手の内の見極め。
考え得る最良の戦果は兵と武器の温存。
そして兵を鍛える刻稼ぎでございました」

王様はその言葉の後、俺にじっと御目を当てた。
「紅巾族、また来ると踏んでいるのだな、大護軍」
「必ずや。それも此度よりも大人数にて」

そして俺は息を吸い、胸裡の最も大きな懸案事を口にした。
「王様。徳興君は、生きております」
その忌まわしい名に、王様の眉間が寄る。

「急にどうした。生きている証拠は」
「死んでいる証拠がなき事」
「そなたらしいな」
そうおっしゃった王様に
「虎は死して皮を残すと申します。徳興君であれば、死ねば恐らく何かしら痕跡を残します」
「虎だからか」

王様の問いかけに首を振る。
「いえ。鼠故、巣の後始末が下手かと」
王様は暫し黙られた後、ははは、と珍しく御声を立てて笑われた。

「大護軍、仮にも寡人を除けば、高麗王室の唯一の王位継承者ぞ。それを鼠と呼ぶか」
「御気分を害せばお詫びします」
「いや、愉快愉快。害すなどとんでもない」

そう言った後王様はこちらに目を合わせ、少し御声を低くした。
「徳興君の話も出て丁度良い。大護軍に折入って相談したき儀がある」
「は」
「近々元に勅旨を送る」
「事は」
「元との断交の発布」

その御言葉を聞き、正面の王様を真直ぐに見る。
王様はこの眸を見返し、黙ったままで頷かれた。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    さらんさん、今宵もお話を拝読させて頂き、ありがとうございます。
    ヨンの強さは、単に刀や槍が使えるから…とか、雷功を操れるから…とかではなく、先の先を読む頭脳と冷静沈着かつ柔軟な判断力から来るものだったのですね。
    無駄な闘いを避けるところも、決して油断せずに策を練り続け、細部にわたって目を届かせるところも、「できる男」という感じです。
    さらんさん、台風が近づいているようですね。
    気圧の変化に、体調を崩されませんように。

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    ヨンお疲れ様~。
    早くウンスに会って、抱きしめてあげてね!
    それだけで、全部解っちゃうんだろうな、二人には。
    素敵な二人、大好きです。

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    >せーらさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    この二人はもう、言葉が不要になりがちなので、尚更ちゃんと
    会話をさせてあげたいなあ、とも思うのですが。
    やはりヨンパートを書く時は「」が少ない!(爆
    心で呟くだけじゃ伝わりませぬ、大護軍!とw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    実際胆力と指導力には優れた智将だったようですね、
    彼の国の史実書ですので、何ともですがw
    それでも李氏朝鮮に書かれた書なので、殺した相手を
    そこまで褒める事はまずないので、ある程度史実かと思いたいです。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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