紅蓮・勢 | 68

 

 

「イムジャ!!!」
紙のような顔色の徳興君を抱えたまま治療室へ駈け込み叫ぶと、奥の間から小さい体が転げるように飛び出して来た。
「ヨンア?どうしたの?」
その横に控えていたテマンが漂うこの男の血の匂いに
「大護軍!!」
そう言って俺へと猛然と駆けてくる。

抱えた徳興君に目を移し、気付いたこの方も小さく叫ぶ。
「何があったの、あなたは無事なの?!」
「俺は問題ない、こいつを救ってください」
「え」
「今死なせる訳にはいかぬ。頼むイムジャ」
「ま、待ってだってこれ」
「倭国の蛇毒を己に打った。俺が患部を斬り落とした」
「蛇、毒」

左肘から失った奴の腕の傷、そこから流れ続ける血にこの方の目が釘づけになる。
「テマナ、トギを呼んで来て、急いで!」
その声に頷いて、テマンが治療室を飛び出す。
この方は奥の間に戻り天界の道具を一纏めに再び飛び出し、茫然と此方を見る周囲の薬員や医官に指示を飛ばし始める。
「ます、ああ、麻佛散の準備を」
指された医官が頷き部屋の薬棚へ走る。
「猪蹄湯と、蟾蜍解毒湯をあるだけ用意して」
「はい!」
別の医官が部屋を飛び出して行った。
「お湯をあるだけ持ってきて。どんどん沸かし続けて」
「はい!」
薬員が慌てて外へと駆け出して行く。

この方はそこまで言って此方を振り向き、寝台の横の卓上に手にした包みを広げて手早く並べて行く。
「ヨンア、徳興君をここへ」
その声に抱えていたこの男を寝台へ寝かせる。
「ああもう!どうしてこんな時に、キム先生が」
「ウンス殿」
扉の影からそう言って診察室へ入って来たキム侍医に、この方の驚いた丸い目が当たる。
「いたの?一緒だったの?何でこんなことに」

キム侍医は慌てて叫ぶこの方をじっと見つめ返した。
「徳興君は毒を仕込んだ簪を誤って自分自身に打ちました。倭国の蛇毒は強烈です。
呼吸が止まり、傷口の肉が腐り落ち、体中から出血します。内腑からも、特に肝と腎から。
患部はすぐに落とした。血に入った毒は致死量ではないでしょう。ただしこの傷は代償です」
寝台に横たわる徳興君を見降ろして笑みを浮かべ
「代償です。今まで殺め、傷つけた全ての者の」
侍医は穏やかに声を張った。
この世で最も美しく晴れやかな出来事を、朗々と謳うがごとく。

「手当てせねば何れにしろ死ぬ。蛇毒か傷の出血かの違いです」
その声にこの方のきりりとした声が飛ぶ。
「じゃあ手当する。手伝って」
「嫌です」
侍医は笑いながら、幸せそうに首をゆっくりと横に振った。
「キム先生!」
「出来ません、ウンス殿」
「この人が斬ったんでしょう」

この方の声にキム侍医が何か言うより早く俺は頷いた。
「そうです。俺が斬りました」
「救えって最初に言った。死んだら駄目なのね?」
「今は」
「なら絶対助ける。死なせないわ。あなたがこんなクソ・・・失礼、下らない男を殺すなんてそんなのまっぴらよ」
この方はそう叫びながら広げた天界の治療道具の上に瓶の蓋を取ると、中身の水薬をぶちまけた。

「ウンス殿」
キム侍医が不思議そうに首を傾げる。
「この男に毒を盛られたのでしょう。何故助けるなど」
「そんな事は関係ないのよ。私は生きてるんだから。でも今ここで死なせたってなれば、関係大ありなの。
この馬鹿男のせいで、この人を悩ませるわけにいかないの。
私が全ての患者を博愛精神で救ってると思ったら大間違いよ。こいつが死のうが生きようが関係ない。死んだって構わない。
私はただこの人を守りたいだけ。分かる?!」

そう言うとこの方は、キム侍医の鼻先に立てた指を突き付けた。
「決めてちょうだい。手当するか、さもなきゃとっとと出てくか。
ボケっと見てるだけなら邪魔。見世物じゃないのよ。
でも医者として言うわ。出てったらあなた一生後悔する。
患者を見捨てた事、死ぬまで背負ってくのよ。それもこんなくそ下らない男の事をね。
私はそんなの絶対いや。だから救うの」

髪を掬いあげ紐で縛りながら、治療台の奴の頭の傍に立った医官へと顔を向けると
「麻佛散、効いた?」
確かめるこの方の声に、手を翳し息を見た医官が頷いた。
「はい、すっかり」
「わかった」
頷きながらご自身の鼻から下を大きな布で隠し、己の手にも薬を撒くと、その細い指が光る治療道具を握った。
その横に部屋へ飛び込んできたトギとテマンが駆けつける。
「トギ、手伝って」

この方の声にトギは頷くと部屋の隅の水桶へ向かい、柄杓で救った水を両肘から下にかけながら洗い流す。
そしてこの方の横へ戻り、目を見て確りと頷いた。
「さあ、行くわよ」

額に据えた天界の道具を目許に下ろし、この方が深く息を吸い込んだ。
俺に出来るのは周囲のありったけの蝋燭と油灯を集め、順に火を灯すくらいだ。

そうしながら横のこの方を見ると増えた灯に気付いたか、此方を見た瞳が三日月に笑んだ。

 

******

 

すっかり暮れた回廊に揺れる行灯の薄明りの中を走る。
「王様」
康安殿の扉前、名乗るを上げる前にお呼びすると中から直に
「入れ」
それだけの御声が扉の向こうより漏れる。

同時に目の前の扉が開く。
中へと踏み込むと王様は執務机の前、急いで階を降りていらっしゃる処だった。
「あの男の具合はどうだ」
「ただいま医仙が治療に当たっております」
「何よりだ」
「まだ少し刻がかかるかと」

血・・・の管を、縫うわ。
あの方が顔を覆う布越しに、おっしゃった言葉を繰り返す。
「血の管を縫える限り縫い、細い管は焼いた鍼で止血し、傷口は綺麗なので油紙を肌の代わりに張って傷を守ると。
また傷から毒の入るのを防ぐ為、暫しは典医寺にて厳重な治療と投薬が必要との事です」
「・・・そうか」
王様は大きく息を吐かれた。

「結局あの叔父は己の毒で己の腕を失った」
「は」
「そなたも医仙も能う限りの事をしてくれた」
その王様の御声に黙って頭を下げる。

「これで死んだとすればあの男の天命が尽きたという事だ」
「絶対に死にはしませぬ」
「医仙がそうおっしゃったか」
「は」
「よくも自分に毒を盛った男を助けるなどと」
「は」
「・・・いや」

王様はふと考えるよう御口を閉じられた。
そして暫しの沈黙の後で再びそれを開かれた。
「助けたいのはあの男ではなく、そなたか」
「某だけではないでしょう。王様を、そして王様を想われる王妃媽媽を」
その呟きに王様は頷いた。

「某は典医寺へ戻ります。何か異変あらばまたご報告に参ります」
「そうしてくれ」
「では」
頭を下げ踵を返したこの背に王様からの御声が掛かる。
「大護軍」
「は」
首から下で振り返ると、王様はゆっくり深く頷かれた。

「感謝する。そなたに、そして医仙に」

もう一度姿勢を正して一礼し部屋を大股で横切ると、扉から回廊へと俺はそのまま駆け出した。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です