紅蓮・勢 | 53

 

 

「おはようございます!」
「おう」
「おはよう!朝ごはんしっかり食べた?」
「大護軍、軍医殿、おはようございます」
「おう」
「おはよう、よく眠れた?」
「大護軍、医仙、休めましたか」
「・・・おう」
「ぐっすりよ!疲れてない?」
「大護軍、軍医様、おはようございます」
「・・・・・・おう」
「おはよう、寝覚めはどう?ちょっと脈診ていい?」
「・・・イムジャ」
「ん?」
にこにこ笑い、横からこの顔を見上げるその瞳。

判っている。他意はない。この方は根っからの医者だ。
兵らの体に気を配り、顔色を診、状況を判じているのだ。
それでも一々足を止め様子を判じ、時には手首に触れて脈を取り、頬に触れ、口を、目の中を覗き込む。

「不調な者がいれば声が掛かります。先に見つけ出そうとせずとも」
「自覚症状がない人だっているでしょ?早く手当できればそれに越したことないじゃない」
「何千人いるとお思いか。一人ずつ声を掛ければ朝餉どころか、昼も過ぎて夕になります」
「じゃあキム・・・えっと、片手で持って食べれるようにしてもらう。合間に食べながら診るわ」
「イムジャ」
「だってまだ皆の体質も体調も知らないの。迂達赤の皆はどうにか分かるけど、それだけだもの。
電子カルテで管理できないし、直接診るしかない」

懸命過ぎるのは時に無謀へと繋がる。
この方はまだ力の抜き加減を知らぬ。
張りすぎた弓の弦は時に呆気なく切れる。
それも覚えて頂かねば、その首を絞める。

どうやって伝えれば黙って聞いて下さるか。
間違った事をされておらぬ故に、伝えようがない。
あなたが心配だ、体が心配だから止めろ。
そう言えば止めるか。止めるなら叫ぶ価値もある。
どれほどに気恥ずかしい言葉だとしても。

しかし叫んで止めねば、これは恥の上塗りか。
この方が面目や体面に拘りがないのは知っている。
しかし七千近くの兵のど真中で、それを叫ぶのは。
ましてこれから率いるかどうか判じねばならん兵がいる。
そいつらの前で失態は晒せん。
いや、しかしこの方の事を考えれば。
「大護軍!」
「何だ!!」

即座に怒鳴り返した俺に、声を掛けたチュンソクがぎょっとしたように立ち止まる。
「で、出直してきましょうか」
「構わん」
「しかし」
「良いから言えよ、何だ」
「軍議の支度が、整ったので・・・朝餉は済みましたか」
「そんな刻か」
「は」

ついつい各兵に足止めを喰らううちにそんな時刻か。
「トクマニに声を掛けろ。この方の守りに付かせる。
双城総管府の医務室にいると伝えろ」
「は!」
「俺は徳興君の牢車を確認し、すぐに行く」
「判りました」

チュンソクが一礼し足早に去ると、この方が申し訳なさそうに肩を竦めた。
「ごめん、あなたにも時間を使わせちゃった」
「イムジャ」
「何?」
「天界では、具合の悪くない者も診ますか」
「え?」
「天界の医者は、健康な者も診ますか」
「ううん、診ないわ」
「ならば何故、何でもない兵まで診ようとするのです」
「それは・・・心配だから」
「何が心配なのです」
「だって、この時代は薬もないし、手遅れになったら手の施しようのない疾病もあるし」
「天界と同じで良くはないですか」

この方は気を張りすぎている。もしも、もしもと。
以前はなかった。もっとゆったりしていたはずだ。
そんなに気を張り詰めていればいつか疲れ果てる。

「具合の悪い者は己であなたに伝えるでしょう。
赤子ではない。その時診るだけで十分です」
「・・・そうね。そうする」
「はい」

 

あなたが頷いて少し笑う。安心したみたいに。
何故、何でもない兵まで診ようとするのです。あなたに聞かれた瞬間に思わず伝えそうになった。

医療体制も器具も薬品も、21世紀と比べ物にならないほど貧弱でお粗末で、心配だからよ。
だけどそれを言ったって環境がよくなるわけでも、最新鋭の器具や薬品が空から降ってくるわけでもない。

もしかしたら私、心のどこかで、ここの皆を見くびっていたのかもしれない。
器具が揃わないから、必要最低限の薬も手に入らないから、病気を予防してあげないと、って。
重篤化する前に救ってあげないと、って。

でもそれって、考えるほど失礼な上からの目線。
例えば、自分がそう思われたらどう思うだろう。
例え未来から来た医者がこうすれば良くなるって言っても、自分たちには自分たちのやり方がある。
そして結局のところ、そう言う民間療法のような医学的根拠に乏しいものが、効力があったりする。
病は気からって言うじゃない。

実際この時代だって疫病のパンデミックか、全土を巻き込む大規模な戦がない限り、人口は右肩上がりだし。
軍医だから兵の1人1人に気を遣うのは当然だけど、頼まれないことまで気を回すのは、お節介すぎかも。
それなら伝統茶でも用意して、あとは外科手術に備えてリラックスしてた方が、いい結果につながるのかも。
目の前で少し困ったみたいな顔してるあなたは、 もしかしてそれを言いたかったのかも。

どれもこれも「かも」でしかないけど。
それでも あなたの顔を見てたら、やっぱり正解みたいな気がするの。
「うん、少し力抜いてみる」
心配そうな顔を見て試しに言ってみたら、明らかにホッとした表情を浮かべるあなた。

いろんなことがあるけど、やっぱり一緒に来てよかった。
来なかったら今も、判らない事だらけだった。
「ありがとう、ヨンア」

無理を聞いて連れて来てくれたことも、こうやって心配してくれることも。
「今日も忙しそうだけど、頑張ってね」

そう言うとあなたは、小さく頷いた。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    朝にピッタリな出だしですっかり引き込まれました。
    歩きながら、話しかけられながらもどう言えばウンスに気持ちが伝わるか考えられるヨンの頭の良さに改めて惚れちゃいます。
    ヨンにとっては戦略をたてるイメージなのでしょうか。客観的に考えられる所さすがです。
    お話、ありがとうございます!

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    兵達に年に一度健康診断を受けて貰うのはどうかな~
    電子カルテじゃ無いから、管理が大変かもしれないけど。
    そうすれば、ウンスが心配している隠れた病等が発見出来たりするかもしれないし。
    兵に限らず、王宮で働く人々にも受診して貰うのも良いですね。
    診断ポイント等他の医員にも教えれば、ウンス一人で抱え込まなくても良いから、ヨンの心配も減るのでは無いかな。
    な~んて、色々考えてしまいました(o^-')
    でも、これなら実現出来そうな気がしますよね^^

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    さらんさんのお話毎日、
    楽しみに読ませていただいてます。
    1日何度も訪れでは、
    まだか、
    あった♪と…、
    これからも、お身体に気を付けてお話、
    まだまだたくさん書いてください。
    いつも、素敵なお話ありがとうございます。

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    さらんさん、ヨンの優しさを感じる素敵なお話を、今日もありがとうございます。
    良かれと思って突っ走ってしまうこと、誰にでもありますよね。
    でも、まずは自分がしっかりと余裕を持って立っていなければ、いざという時に誰でさえも救えないわけで…。
    賢いウンスは、きっとそのことも知っていたのでしょうけれど、時代の違いや、ヨン達への思いの強さから、先走ってしまったのでしょうね。
    それでも、ヨンのひと言で気持ちを改めたのは、ひとえにウンスの人柄と、ヨンの優しさに触れたからだと思います。
    ああ良かった…。
    ヨンの素晴らしいひと言と、大きな愛情を感じました。
    さらんさん、こんなに濃いお話を日々更新いただき、心から敬意を表します❤

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