2014-15 リクエスト | 香雪蘭・14

 

 

キョンヒ様の寝室の外。
後をこっそり尾けたチュンソク隊長が部屋に入った頃合いを見計らってから、私はそっとその棟へ入る。

部屋の中では小さな物音が聞こえるだけ。何を話しているかまでは聞こえない。
どうしよう、もうちょっと近寄っていいかな?寝室の扉を睨んで考えていた時。

「イムジャ」
背後からかかった小声に思わず振り向き、慌てて人差し指を立てる。
「しっ」

私が首を振るとあなたはすぐに分かったのか、頷いたその目でキョンヒ様の部屋を示す。
「来ておりますか」
うんうんと首だけ頷くと、ふ、と息を小さく吐いたあなたが
「初めからそうすれば良いものを」
そう言ってから私へと、黒い瞳を戻す。

このままここで話してたら、さすがに声が聞こえちゃうかも。
「出ましょ」
頷いて先に立ち私を振り返るあなたと一緒に、私たちは庭へ出た。

その横にテマンが寄って来る。
「怪しい者は近寄ってません」
「目を離すな」
「はい」
テマンはこの人に頷くと、続いて私に笑いかけた。
「医仙」
「テマン、いてくれたの?全然知らなかった」
「あなたに露見するようでは、見張りの役に立ちません」
私の横でこの人が首を振る

「念の為です。何かあればテマンを呼んで下さい」
その声にテマンも大きく頷く。
「ありがとう」

大丈夫、きっと大丈夫。胸の中で繰り返す。
私たちは、皆チュンソク隊長を知ってる。

だから驚いた。だから疑ってる。
ハナさんが言ったことが本当なら、何か理由があるって思う。
「嫌いって言ったのは、絶対理由があるはずなの」

私が思わず呟くと、あなたが静かに頷いた。
「恐らく」

 

******

 

「キョンヒ様」
朝の回診のため扉をノックして声を掛けると、部屋の中から
「どうぞ」
と、だいぶ張りの戻った声がする。

「おはようございます」
ごあいさつしながら部屋に入ると、寝台の上のキョンヒ様が
「ウンス」
そう言ってにこりと笑う。

「退屈じゃないですか?」
典医寺に来て4日が経っていた。顔色もだいぶ良くなった。
キョンヒ様は今は夜には眠り、昼には食事を取れるくらいに回復している。
寝台横の椅子に座りながら窓からの自然光の中でお顔の色を確かめても、血色が良くなってきている。

「そんな事、全くないぞ」
私の質問に笑いながら、キョンヒ様が首を振る。
「そうか、チュンソク隊長が毎日来ますからね」
「・・・うん」
何故か浮かない顔で、キョンヒ様が頷いた。
「どうしました?」
「ウンス、妾は」

私に手首を預けたまま、キョンヒ様がこっちをじっと見る。
もの言いたげなキョンヒ様の視線に、目で問い返すと
「翁主の娘ではなくて、それにもっと早く生まれたかった」

そう言った後、きゅっと唇を噛んで
「ハナや乳母には言えぬ。ずっと共に居てくれたんだから。
こんな風に考えていると知れば、きっと傷つく。でも」
そしてふうっと息を吐いて。

「でも、やはり考えるのだ。チュンソクに言われた言葉を」
「・・・お倒れになる前ですか」
チュンソク隊長は嫌いだと言っただけだと思ってた。違うの?
「何と言われたか、伺っていいですか?」
「妾は武人と気軽に会う身分ではないと。自分の妹より若いと」

思い出したのか、唇を震わせて
「でも町で会った時は、役に立ったと言ってくれた。忘れないと、会いにくるとも」

こぼれそうになる涙を懸命にこらえるように、キョンヒ様は大きく目を見開いて私を見つめた。
「ずっと想っていた。逢わなくてもずっと。そのままで幸せだと思っていた。
だけど駄目だな、一度逢ったら欲が出る」

泣き笑いで顔をしかめた目の前の姫様は、ゆっくり首を振る。
「年はどうにもならない、けれど・・・」

そこまで言って引き結んだ唇が、開かれることはなかった。
私はキョンヒ様の手首からそっと指を離し
「脈は落ち着いていますよ。もう少しです」
そうお伝えし、その白い手を握ってそっと振った。

 

******

 

「チュンソク隊長」
キョンヒ様の寝室の棟を訪れると部屋の外、椅子に掛けていた医仙が腰を上げた。

「はい」
「キョンヒ様に会う前に、ちょっとだけ付き合って」
「・・・は?」
「まあまあ、ちょっと外に」
「はあ」

そうおっしゃる医仙に続き、もう一度外へ出る。
「あのね」
棟の前の大きな木の下で、医仙は俺を見ながら口を開く。
「一つだけ。聞きたいことがあるの」
その真剣な口調に、思わず目の前の医仙を見つめる。

「チュンソク隊長、一言でいいから。でも、とか、だけど、は駄目。いい?」
「分かりました」
「キョンヒ様の事、好き?」

真っ直ぐな問いに思わず目が泳ぐ。そんな俺を見つめると、続いて医仙は訊いた。
「じゃあ、嫌い?」
「医仙」
「ねえ。ふさわしい人って、どうやって決めるの?」
「・・・は?」
「チュンソク隊長にとって、キョンヒ様にふさわしい人って誰?」
「それは」

俺以外なら誰でも良い。
あの方に相応しい地位と年齢の、あの方を倖せにしてくれる男であれば。

「チュンソク隊長、知ってるでしょ。目の前で見てたよね、私が最初にあの人を刺したの」
「医仙、それは」
仕方がなかったのだろう、最初に医仙を天界から攫ったのは大護軍だ。

「今、私たちは一緒にいる。だけど最初に刺した。そのせいであの人は死にかけた。
私は、あの人にふさわしい?そう思える?」
「そんな昔のことを。医仙も刺した後、懸命に看病されたでしょう」
「じゃあ、チュンソク隊長は?何故駄目なの?」
「俺とキョンヒ様とは違います」
「どこが?」

医仙は、真っ直ぐ俺に目を向けた。
「キョンヒ様は、あなたの事本気で好きよ。年齢なんて関係ない。
第一今の時代、18過ぎれば十分大人でしょ?それとも子供は、本気で恋ができないと思ってる?」
「しかし」
「そうね、身分が違う。年齢も違う。だから?私とあの人なんて身分や年齢どころじゃない。
生きてた世界まで違うわ。だけど一緒にいられて倖せよ、あの人以外考えられない。
チュンソク隊長の気持ちは分からない。だけどキョンヒ様は、あなた以外は考えられないと思ってる」
「医仙、自分では駄目です」

頑強に言い張る俺に、医仙は頷いた。
「ああそう、じゃあ逃がしていいのね?二度とあなたの元に戻って来なくても。もう二度と会えなくても、後悔しないのよね?」

二度と戻らなくても。
木の上で困ったようにこちらを見る姿も。名を呼ぶ声も。

「臆病だと思う、チュンソク隊長は」

温かい春の光の中、投げかけられた医仙の厳しい言葉に背筋が伸びる。

「医仙」
「始める前から諦めてる」
「しかし」
「私は離れてる間、もう一度会おうと思って本当に必死だった。隊長だって、あの人がどんな風に待ってたか見てたはずなのに」

あの丘の木の下で、大護軍がどれほど待ったか。
どれ程強く、深い想いで待ち続けていたか。
そうだ。俺は、俺たちは全て見ていたではないか。
大護軍がどれ程、医仙のお帰りを待っていたかを。

皆が知っていた。分かっていた。
医仙が戻るまで、大護軍はあの場から動かず待ち続けるだろうと。
俺は、俺たちは見届けたではないか。そんな奇跡が起こることはないと思っていたのに。
このお二人が、その奇跡を起こすのを見たはずだ。

「こうして会えるだけでどんなに幸せか、全然分かってない。キョンヒ様は分かってるのにチュンソク隊長は分かってない。
欲しいものを我慢するのが大人だなんて大間違い。彼女の方が何が大切か知ってる分、よっぽど大人よ」

泣きだしそうに顔を歪め、その顔を恥じるように俯いた医仙へ俺は黙って頭を下げた。
そして踵を返し、キョンヒ様の寝室へと足早に向かった。

 

 

 

 

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