2014-15 リクエスト | 香雪蘭・5

 

 

足が棒になるほど、市井中を歩き回る。

これはと思う店に入り、品物を覗く振りをし、店主と客の銭の遣り取りを盗み見る。特に手元を。
怪し気な店では己で銭を支払い、釣銭をもらってもみる。
それでも収穫は全くない。偽銭の釣りが返るでもなく、箸にも棒にもかからん。

気付けば日は高くなり、ほぼ真上から射している。
仕方なく休憩を取ろうと踵を返し、路を歩き出す。

茶店で椅子へと腰を下ろし、店主に飯を頼むと卓に肘をつく。
俯いて両掌で額を支え、大きく息を吐く。
簡単に行くわけはない。焦ってはならん。
じっくり粘り腰で責めるのは、俺の得意技のはずではないか。

「ぷ、じゃんだ」

あの姫様とお会いして以来、どうにも調子が出ない。
慣れた歩調が乱されるのは俺にはどうにも好めない。

大護軍の補佐、迂達赤の役目、王様の守り、やるべきことは山積みだ。
ただでさえでかい判断を下す大護軍。隊長の頃から俺は人一倍冷静にその肚を読み、状況を判じ。

「副隊長だ!」

そうだ、だから俺はその補佐に付き、周囲との橋渡しを。
ただでさえ不愛想で、言葉ではなく先に手が出、足が飛ぶ恐ろしく口数の少ないあの人を読まねば。

「副隊長」

すとんと目の前に腰掛けた小さな気配。
甘く漂うのは、衣裳に焚きしめた香か。
ふわふわした高い声は、微かに息が切れている。

俺は恐る恐る額を支えていた掌を下ろし、目を上げた。

「・・・・・・何故、こちらに」
そう言って目を閉じ直す。この姫様は神出鬼没なのか。

「此度は妾の我儘のせいではないぞ。ハナもおる」
その声に慌てて目を上げると、椅子へ腰掛けるキョンヒ様の横、困り顔で頭を下げている、ハナと呼ばれた先日の女人がいる。

俺は慌てて礼を返した。ハナと呼ばれた女人が
「申し訳ございません、お休みのところを」
と、心から申し訳なさげに頭を下げた。
「いえ、それはもう」
諦めましたと告げたいのを堪え、ぐっと喉を鳴らし息を呑む。

「さあ姫様、迂達赤副隊長さまのご迷惑になります。もう参りましょう」
「え」
キョンヒ様は、丸い目を更に丸くした。

「副隊長、妾が迷惑か?」

参った。いや、もちろん迷惑でもあるのだが、俺は全く違う理由で戸惑っていた。
隠密に動いているのにこうも副隊長副隊長と連呼されれば、鼠に怪しまれ、巣に潜り込まれてしまうかもしれん。

「キョンヒ様、ハナ殿」
卓を挟んだキョンヒ様へ向かい、僅かに身を乗り出す。
その俺に顔を赤くしたキョンヒ様が、卓の上で白い拳を握り前のめりにこちらへ身を乗り出した。

「何だ、副隊長」
「申し訳ありませんが、お声を小さく。そして俺の事は副隊長ではなく、チュンソク、と」
「・・・チュンソク?」
「畏まりました。申し訳ございません」

キョンヒ様はきょとんとしただけだったが、ハナ殿の方はこちらの意を汲んだか、即座に頷いた。

「チュンソク」
「は」
キョンヒ殿の呼び声に目を下げ頷いたが、その後に声が返るでもない。
不審に思い目を上げると、キョンヒ様は紅い両頬を、ふわふわした両の掌で抑えていた。

「チュンソク。チュン、ソク・・・チュンソク」
まるで口の中で甘い飴玉を転がすように、何度も呟く。
「ハナ!」
「はい、姫様」
「チュンソクと呼んでも良いと」
「姫様、それは」

ハナ殿が困り顔で、キョンヒ様へそっと首を振る。
「さあ、では参りましょう。チュンソク様もお忙しいのです。私たちもまだ買い物がございます」
「・・・お買い物にいらしたのですか」
「うん、そうだ。母上から頼まれたお遣いものがいくつかあってな。
歩いていたらチュンソクが見えたから、急いで走ってきたのだぞ」

その声に俺は腰を上げる。食っている場合ではない。
手を付けぬままの飯を前に懐から掴みだした銭を、じゃらりと卓へ乗せる。

「お供しても宜しいですか」

立ち上がり頭を下げ尋ねる俺を、座ったままのキョンヒ様と、横に佇むハナ殿がきょとんと見返した。

「銭を改めさせていただきたいのです」
「は?」
「店で渡された釣銭を、見せて下さいませんか」
大路を歩きながらキョンヒ様ではなくハナ殿に言うと、それだけでお判り頂けたか、あれこれ訊くでもなくハナ殿は頷いた。
「畏まりました」

女人の衣裳屋、小物屋、化粧道具を扱う店。
俺が入れる訳もないそれらの店で、キョンヒ殿が顔を覗かせると店の奥から出てきた店主が相好を崩し、途端に品が運ばれる。

それらの品をハナ殿が検分し、店主へと金を渡す。
返された釣銭は、店を出るたびハナ殿が俺へ渡す。
その釣銭を確かめ、ハナ殿へと戻す。
こうして銭を動かし遣り取りしても、未だに贋金は出て来ない。

「妾もやりたい」

ハナ殿と俺の遣り取りを見ていたキョンヒ様が、数件目の店外で俺達の遣り取りを見ながらおっしゃった。

「ハナとばかり」

怒りだすか大声を上げるかと、ひやりと肝を冷やす。
しかしキョンヒ様は俯いたまま絹の沓の爪先で、大路の地面に小さな穴を掘っているだけだった。

こちらを見る事もない。その目はじっと爪先を見ている。
その声にハナ殿が静かに、キョンヒ様に寄る。

「姫様」
優しく笑うと、ハナ殿は懐から銀貨を出してキョンヒ様の白く柔らかそうな掌へと握らせた。
「次の店では姫様が、主にこれをお渡しください」
「良いのか?」
「勿論です。ただしそこまでの途で失くさぬよう、落とさぬよう」
「分かったぞ!」
「黙って、静かに主にお渡しくださいね」
「任せておけ、大丈夫だ」

そう言うと、キョンヒ様はぱあっと笑った。
「行くぞ!」
途端に元気良く歩き始めた小さな背に、息をついた俺と頷いたハナ殿が従った。

数歩進んで振り返りこちらの姿を認め、キョンヒ様は首を傾げてハナ殿を真っ直ぐ見つめた。
「ところで、店はどこだ」
「・・・ご案内いたしましょう」
困り顔で微笑んだハナ殿は、そう言ってキョンヒ様から半歩だけ前へと進んだ。

元よりの調度品を扱う小間物屋で、品の検分を済ませたハナ殿が小さくキョンヒ様へ頷いた。
キョンヒ様はその手から、店主へと銀貨を渡す。
店主は滅多に扱わぬ高額の銀貨を確かめた後、
「釣銭を出して参ります、少々お待ちを」
そう言い残し店の奥へと引き返す。

「初めて触れた」
キョンヒ様が嬉し気に、俺を見上げて仰った。
俺が目で問い返すと
「いつもハナが支払いをしていたから、銭に触れたのは初めて」
そう言ってハナ殿を振り返り
「もう妾も出来るな、次からは」
「そうですね、じきに全て姫様にお任せいたしましょう」
「そうすると良い、大丈夫だから」
「ええ」

姉のように頷いて、ハナ殿は静かに笑んだ。
「そうしたら、チュンソク」
キョンヒ様の目が、再びこちらへ向けられた。
「は」
「チュンソクの良き妻になれるか?」
「・・・は?」
「姫様」
「家の内向全般取り仕切るのが、妻の役目だろう?」
「・・・ええ、それは」

ここで騒ぎになるわけにはいかん。戸惑いながら俺は頷いた。
その声にキョンヒ様は心から嬉し気に頷き返す。
「だから、待っていてくれるか?」
「は?」
「いろいろ覚えるから」

ハナ殿が困り顔で俺とキョンヒ様を見比べ
「姫様、それは」
ようやくそう取り成すのを聞きながら、俺は蟀谷を押さえる。

 

*******

 

「チュンソク、これが渡されたものだぞ」

店を出て歩きながら、キョンヒ様がじゃらじゃらと音をさせ、この掌へと釣銭を渡す。
それをじっと確かめる。一枚ずつ裏と表を返しつつ。

初めて銭に触れたと嬉しそうにおっしゃったキョンヒ様も、いくつかご自分の掌に残した銭を見ながら
「面白いなぁ、チュンソク」

そう言って、満足そうな笑顔を白い頬に浮かべる。
「ほら、いろいろな形がある」
白く柔らかそうな指先に銭を抓んで空へと翳し、こちらを振り返ると得意げに
「見ろ、これは模様も少し違うぞ」
キョンヒ様のお声に、釣銭を改めるのに夢中になっていた顔を上げる。
「・・・模様?」
「うん、ほら」

白い指先が差し出され、そこに抓んでいた銭が目の前へ示された。

「あ、った」
思わずこの指でその指先を握り、それをじっくり確かめて俺は思わず呟いた。
これだ。これを探していた。

「うん?」
キョンヒ様が銭をつまむ指を握られたままで問い返す。
「ありました」
「何がだ」
「探し物が、ありました」

そう伝えキョンヒ様の顔を見る。
そして己の指先が何を握っていたかに気付き、慌てて白い指先を離す。
「し、失礼しました」
俺の只ならぬ声音にハナ殿もキョンヒ様の指先を覗き込み
「チュンソク様・・・」
そう言って俺を振り返る。

しまった、と舌打ちしたい気持ちで口を閉ざす。
初めて銭に触れたキョンヒ様と違い、恐らく翁主のお屋敷の内向きを任されているひとりであるハナ殿だ。
俺が一体何をしているか、これで判ってしまったかもしれん。
キョンヒ様の指先の銭が、見慣れた銭と少し違う事に。

「ハナ殿」
「私は見ておりません、チュンソク様」
ハナ殿はそう言って首を振った。そして
「姫様、それはチュンソク様の大切なものです。お渡しいたしましょう、宜しいですか」
ハナ殿の声にキョンヒ様が
「うん」
と素直に頷き、俺の掌の銭の山の一番上へとぽとりと落とす。
「さあ、好きなだけ持って行くと良いぞ、チュンソク。家にはもっとあるから、妾が探しておいてあげよう」
「いえ、まずはこれ一枚で良いのです」
「妾は、少し役に立ったか?」

こちらを見上げるキョンヒ様に、俺は笑って頷いた。
「大層良い目をお持ちです。本当に助けて頂きました」
心から言うと、キョンヒ様は鼻を空に向けて横目で俺を見
「当然だ、チュンソクを見つけるくらいの目だからな」

そう言ってにっこり笑った。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
ご協力頂けると嬉しいです❤

にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です