
気をつけてな。
そんなマンボと師叔たちの声に送られ、皇宮へ戻る夜更けの路をあなたと共に辿る。
酔ったあなたはいつもよりもなおふらつきながら、右へ左へ体を揺らして路を歩く。
「本当に冷たい、信じられない。私がこんなに言ってるのに全然気づいてない。
どんだけ鈍いの、それともわざとなのかしら」
揺れるその声も歩みと共に、遠くへ行ったり近くへ寄ったり。
「・・・医仙」
そろそろ腕を掴むか、そう案じその背に声を掛ける。
「ほらまたそんな風に呼んで、ほんとやだ。鈍いにも程があるわ。もうここまで来たら博物館級よね、歴史的遺物だわ。
あ、そうだほんとに歴史上の人物じゃない!!そうだそうだ~~」
酒楼を出て以来、またしても不機嫌になっていたあなたがひとしきりぶつぶつと何かを呟いた後、急に笑い出す。
あはははは、その大きな声が春宵の闇に溶け込んで行く。
恐らく俺のことで何か不機嫌になっている。
そして俺のことでこうして明るく笑っている。
今宵この方と会った後に、何を話した。
花の話、星の話、月の話。それだけだ。
月に連れて行け、星の春を見せろ。
そうおっしゃってはいたが、まさか本気か。
それを叶えろと言うくらいなら天門へお連れする方が、まだ少しは希望の光があるというものだ。
たとえそれが、今生の別れになろうとも。
痛む胸を宥め、太く息を吐き、左右へ揺れながら前を行く小さな背を見つめる。
じきにこの小さな姿も、揺れる長い髪もたどたどしい歩みも。
振り返るその瞳も明るい声も、この目の前から消えるだろう。
そしてその姿は消えても心の中の蝋燭の紅い焔は消えぬまま、いつまでもこの胸を照らすだろう。
焔はあなたの姿が消えた後の、二度と溶けぬ雪に閉ざされた永遠の冬の中、俺の心を温めるだろう。
どの空の下にいようと見上げた天に光る七星を目にするたび、血を吐くほどあなたを求めるだろう。
それでも帰してやらねばならん。
「おんぶしてよ」
酔払いのあなたが、背中越しにそう声を上げる。
「は」
「酔っ払いをおんぶするのは、万国共通男の役目でしょ」
「お伝えしたでしょう」
ああまたかと、苦く笑って首を振る。
手にした鬼剣を僅かに上げれば、かちゃりと小さな音が鳴る。
「背に負えば、剣が振るえぬ」
そう伝えるとあなたは大きく息をつく。
「じゃあ、歌ってよ」
「・・・は?」
ここまで続けて、さすがにその言葉に首を捻る。
確かに突拍子もない方だ。ただしこれ程辻褄の合わぬ事は今までおっしゃったことがない。
「何か歌って。私が一緒に歌いたくなるような歌」
「何を急に」
「あなたは全然わかってない」
「医仙」
「私はねえ!」
ふらつく体で俺に向かって振り返り、勢いで倒れ込んできたその体に思わず両腕が伸びる。
腕に受け止めると春の花の香の髪で、斗星の輝きの瞳で、あなたが俺の胸を小さな拳で叩く。
「私はねえ!!」
そう言って腕の中で暴れるその体に腕を回す。
少しだけきつく囲い込むとようやく細い肩で息をつき、振り回したその腕が、俺の背に回る。
「ねえ、月に連れてってよ」
呟いて此方を見上げるその瞳から、ほろほろと涙が落ちる。
「酔っているのか」
静かに尋ねるとあなたは腕の中で首を振る。
「あの星の、春を見せてよ」
「酔っているだろう」
「歌を歌って聞かせてほしいの、一緒に歌わせて」
「イムジャ」
囲い込んだ腕の中、堪え切れずに強く抱き寄せ、その髪に鼻先を埋める。
「そんなに帰したいの?」
幼子のようにしゃくりあげながら、細く切れ切れのその声が問いかける。
泣きたいのは俺の方だ、永遠に失うと思うただけで。
それでも二度と苦しめたくない、だから帰してやりたい。
あなたは帰って幸せに笑っていてほしい、光輝く天界で。
それが俺があなたに出来る、この名を懸けた最後の約束だ。
「此処にいれば、そうして泣かせる」
「分かってくれないからじゃないの!」
「言葉にせねば分からん」
見上げれば黒絹の滑らかな天は色を深め、空の鏡は輝きを増し、撒いた銀粉は瞬きを繰り返す。
「私を、月に連れてって」
腕の中であなたが囁き、小さな温かい指がこの固い手を握る。
突然の事に驚いて、その淡い色の瞳を覗き込む。
「あの星の、春を見せて」
そう言って握るこの掌を、あなたがそっと白い頬へと導く。
柔らかく頬に押し当てられた掌で、小さな顔を包み込む。
「歌を聞かせて」
この掌に顔を預けたあなたはこの眸をじっと見つめた後に呟いて、この首に細い腕を回す。
「ずっと一緒に歌わせて」
首に回した腕をそっと引き寄せ、長い睫毛をゆっくり伏せていく。
この顔が近づくのと同じ緩やかさで。
そんな裏の意味があるなどと、誰が思う。
星に、月に、そして歌に。
今宵のあなたはまるで風流で我儘な謳い人、詠み人だ。
ありふれた花鳥風月にすら裏の声を読み取れと、無粋な武人に突きつけてくる。
「月に連れて行く」
瞬く銀粉のような星々の間で、お転婆なあなたはさぞやはしゃぎ、飛び回ることだろう。
「星の春を見せる」
春の風が穏やかに吹き渡る、そこに消えぬ蝋燭を立て、その焔を、見せて差しあげたい。
「そして、歌を」
どれ程あなたを想っているか告げれば、それはそのままこの世で他に誰も知らぬ、あなたへだけ捧げる歌になる。
空の鏡が、俺たちを映している。
その唯一の傍観者ですら邪魔だ。
武人には、武人のやり方がある。
音を立てず気配を消して忍び寄るのが嬉しいと初めて思いながら、俺は我儘な詠み人の愛おしい唇へ、静かに寄って行った。
【 空の鏡 ~ Fin ~ 】

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リク話【 空の鏡 】 終了です。
くるくるしなもんさまmamachanさま、
共同作業での素敵なリクありがとうございました。
そしてヨンで頂いた皆さまにも、心より御礼を。
本当にありがとうございました。
次リク話、またしてもさらんが高麗にて暴れます。
それもひとりじゃないんですヨン❤
お楽しみ頂ければ嬉しいです( ´艸`)
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私を月まで連れてって
星空で遊ばせて
手を繋いで‥‥kissして‥‥
愛しているの!
素敵な歌詞ですよね‥Fly me to the moon
聴いて見たくなりました
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何とも雅な月の夜ですね。
ヨンはウンスの心の内を読みとるのにてこずったようですが、それも歩みの遅い二人らしいかと。
切なさから甘さに変わる二人の事を黙って見ていたのはお月さま。それすら邪魔に思うヨンが何だか可愛いです。
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ありがとうございました。うるうるしながら
にやけています。
ヨンにこんなセリフ言われたい!
キャー ウンス〰 うらやましいわぁ
あまあまに包まれる ふたり…
ありがとうございました(///∇///)
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初めてコメントします
大好きです
ウンスの意図に気づいたヨンちゃま、きっとあのいつもの、片方の唇の端を上げてふっと笑ったんだろうな
全ての画が見えるようでした
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さらんちゃん!
初めて文章よりこの絵をじっと
しばらく・・・・顔も手も動かせず
魅入ってしまいました。
いやいや反則だよ!
目が離せないじゃない!
さらんちゃんの桜が舞うような言葉が
渦を巻いているので
今日はこの絵の鑑賞会にします( ´艸`)
それにしても読んでてなんだか
お能の舞台にいるような不思議な錯覚?
飛んでしまった?私・・・(//・_・//)
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もう
すてき ステキ 素敵ー!!
素敵すぎるー!
画像に酔っ払いに鈍感に
月に星に歌にそして超男前に!!
キュン死ー♡
「蓮華」で男の世界に感動して泣きました
アン・ジェの心意気、そして髭のあの方までもが男前でした(トクマンは?…)
さらんさま、あなたさまって一体…
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素敵でした‼ありがとう(T_T)
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さらんさん、美容院で照る照る坊主になりながら拝読させて頂いています。
はああ~❤ なんとも春らしい、素敵なお話をありがとうございます。
言葉の裏に隠された思い…、ストレートに告げるよりもずっとじれったいけれど、深みがあり、風情があり。
ドキドキします。
男性と花鳥風月を話題にすること自体、そこに愛や恋焦がれる思いがあるということですからね。
それに、さらんさんオリジナルの画像がまた、本当に艶めかしくて綺麗で、風流で雰囲気があって、いいですねえ(#^.^#)
今シリーズは短かったですが、イメージを膨らませる素敵なお話でした。
ありがとうございます。
各地では桜の開花も聞かれ始めました。
さらんさんのお近くはどうですか?
桜は昼間眺めるよりも、夕闇とともに愛でるのが良いですよね。
今年、さらんさんも素敵なお花見をなさってくださいね❤
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さらん 様
こんばんは。
駆け足の週末が怒濤のごとく過ぎて、やっと一息f(^_^;
素敵なお話、甘~いお話を今夜はゆっくり読み返したいと思います。
少しもどかしい、でもほんのり暖かい、ヨンとウンスに疲れを癒してもらいました。
さらん様。
いつもありがとうございます(〃∇〃)
本当にあのリクエストを懸命にしていた頃を懐かしく思い出しています。
キリ番までの穴埋めをしたり、皆様で声を掛け合ったり。
リク話も残り僅かとなってきましたね。
毎日お忙しいと思いますが、どうぞお身体に気を付けて、私達シンイ廃人乙女をいつまでも楽しませて下さいませ(*^ー^)ノ♪
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なんて素敵な詠み人ウンス! 詠み手のヨンは、ちょっとだけ時間がかかりましたね(*^_^*)
ハッキリ言葉にするのも良いけど、このお話の様に心を伝えるのもステキです。 もどかしい想いに胸がギュッとなりました(*^_^*)
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空の鏡シリーズは二人の心が通い合う
春の花や朧月などを思わせる美しいお話で
耳元で語りかけられているような
感じがしました。
またこのシリーズが読みたいと言ったら
贅沢でしょうか?
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とてもロマンチックなお話でした^^
お互いに好きなのに行動出来ない(特にヨンの方が)このジレジレ感。
攫ってきた負い目があるから特になんでしょうけど。
ハッキリ言わないと分かって貰えないですよね。(男性は特に)
二人の画像素敵ですね~♪
さらんさんが作られたんですよね(≡^∇^≡)
ところで,ミンホ君彼女報道,お年頃だから当たり前の事だけど,ちょっとショックかも~(>_<)
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>えみりんさん
おはようございます❤コメありがとうございます
これは、いろんなヴァージョンがある曲なので
お好きなものをお探しいただけたら嬉しいです❤
多分それを聞いた後だと、見える景色も変わるやも・・・
ヨンで頂き、ありがとうございました(*v.v)。
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>ままちゃんさん
おはようございます❤コメありがとうございます
月さえ邪魔だ、そう思える恋もまた。
そこまで一途に想っていれば、願いも叶うのでしょう。
Someday, somehowというところでしょうか。
ヨンで頂き、ありがとうございました(*v.v)。
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>くるくるしなもんさん
おはようございます❤コメありがとうございます
もうこの辺りは、実ってこその(・・・ミノってこその?)
恋心ですから・・・(〃∇〃)
ヨンで頂き、ありがとうございました(*v.v)。
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>19yuka-ame-46さん
おはようございます❤初コメありがとうございます
笑ったでしょうね、片頬で。あの瞳で。
画が浮かぶようなお話だったとすれば光栄です。
ヨンで頂き、ありがとうございました(*v.v)。
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>victoryさん
おはようございます❤コメありがとうございます
お能ですか!そんな雅な世界を感じて頂けるとは光栄です❤
Picはもう、いろんなバージョンを作りましたが
・・・
楽しんで頂けたなら、作った甲斐があります。
あの後ろの仰天おじさんの顔が連想できないような
出来栄えだと、良いのですが(爆
ヨンで頂き、ありがとうございました(*v.v)。
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>わいやーさん
おはようございます❤コメありがとうございます
キュン死ですか!嬉しいです❤
私ですか?もう私はほらわいやーさま、ただの廃人ですから(爆
トクマンくんにはもう、声を揃えてあいごー!とww
ヨンで頂き、ありがとうございました(*v.v)。
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>taiyukakouさん
おはようございます❤コメありがとうございます
こちらこそ、ヨンで頂きありがとうございました(*v.v)。
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>muuさん
おはようございます❤コメありがとうございます
おお、Picへのお褒め、ありがとうございます。
一つのお話に、イメ画を一つ以上は作るのですが
なかなか上げる機会もなく・・・
そのうち、纏めギャラリーでも。いつの日かw
夜桜には、夜桜の、昼桜には昼の美しさ。
私の夢は、いつか又兵衛桜を見に行くことです❤
奈良(*v.v)。・・・頑張ろうw
ヨンで頂き、ありがとうございました
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>mamachanさん
おはようございます❤コメありがとうございます
いえいえ、こちらこそ素敵なリクありがとうございましたm(_ _ )m
私もあの頃を、懐かしく思い出します。
まだ3か月前なのですが、もう昔のよう。
今は気持ちの落ちているミノペンさまも多いと思います。
どうにかできないかなーと、ペンの力(いえ、うぃんぱちの力)を
信じつつ。
ヨンで頂き、ありがとうございました(*v.v)。
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>みかん3さん
おはようございます❤コメありがとうございます
歩みの遅い二人ゆえ、こんな世界もありかと。
さすがに現代っ子ウンスは、若干フライングでした( ´艸`)
そうでもしなければ、伝わらなかったかもしれません。
ヨンで頂き、ありがとうございました(*v.v)。
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PASS:
>pivoine22さん
おはようございます❤コメありがとうございます
見も下であの声御医が聞こえれば、もうそれは至福の贅沢❤
このシリーズとは厳密には言えませんが【甘い夜】辺りは近いかと思います。
ヨンで頂き、ありがとうございました(*v.v)。
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PASS:
>すんすんさん
おはようございます❤コメありがとうございます
ああ、これは絶対コメ来ると思っていました・・・
ミノペンとは言い難い私ですら、うーん、と思いましたから。
ぺんの皆さまの心中、察して余りあります・・・
こんな時こそ、この私の妄想力とペンの力
(うぃんぱちの力)を信じつつ。
まずは、お話の中のヨンで癒されることを祈りつつ・・・(´・ω・`)