2014-15 リクエスト | 香雪蘭・1

 

【 香雪蘭 】

 

 

空から降ってきた女人は腕の中にすっぽりと収まり目を瞠り、こちらの目を覗き込んだ。

目を逸らすことも叶わず、俺はその目を見返した。
この目、この面差し。お会いしたことがある。
それが何処かが思い出せず、俺は首を捻った。

彼女は地に投げ出された俺の腕の中、目を見つめたまま、しばらくじっと考えるように黙り込んだ後、にこりと大きく笑った。

そして明るく言ったのだ。

「・・・ようやく見つけた」

 

******

 

「何ゆえ市井の見回りを、俺達が」
皇宮を出ながら、トクマンがぶつぶつと呟いた。
「言ったろう、何度も言わすな」
俺は奴の先を歩きながら首から後ろを振り返り、その姿をひと睨みした。

市井に流れているらしき贋金。
隠密での調べの命が、王様より直々に大護軍に伝えられたのは、一昨日の事だった。

「俺は出張る訳に行かん。城下で顔を知られ過ぎている。
お前とトクマニが手裏房と共に動け。能うならば現物の没収を」
迂達赤の私室で言った大護軍は腕を組み、大きく息を吐いた。
「あの元の皇后は、何故こう面倒ばかり起こすのか」
「血筋でしょう、奇轍もそうでしたから」

俺の声に大護軍が喉の奥、く、と笑うような音を立てる。
「言うようになった」
「あのご兄妹には、何度煮え湯を飲まされたことか」
こちらが頷くと、大護軍は表情を改めて呟いた。

「どちらにしても現物確保と流通経路。放置すれば貨幣価値が下がる。
贋金にどんどん入って来られたのではな。物価が上がれば困るは市井の民だ」
「は」
「今は他言無用だ、お前だけで収めろ。何処に間者が居るか分からん」
「は」
「明日から頼む」

そう残し椅子を立つ大護軍に、俺は頭を下げた。
「分かりました」
大護軍は最後に頷くと背を向け、大股で部屋を抜けて行った。

「市井の商売の確認なら他の者でもできませんか、隊長」
俺の嘘を信じ込んだトクマンは愚痴を零しながら、横を歩く若い手裏房、シウルとチホを見遣る。
「おまけに手裏房まで、わざわざ借り出して」

手裏房の若衆たちは何某か事情を聞いているのだろう、探るような目でこちらをちらりと見遣る。
俺が黙って頷くと首を振りながら若衆の一人が槍を片手に、残る片手をトクマンの肩へと掛けた。
「仕方ねえよ、お前が一番のぺえぺえなんだからよ」
「チホお前、本気で腹が立つな」

肩に乗った手を払いながら、トクマンが怒りの篭った声でチホという若衆に突っかかっていく。
まあ、ぺえぺえは言い過ぎか。じきにこいつも組頭を経て副隊長となる。

その時は俺の補佐か。
そこまで考えどんよりと心配の雲がかかりそうな心を、頭を振って奮い立たせる。
俺たちは皇宮を出たところの大路を、市井へと真直ぐに入った。

 

******

 

「姫様」
お付きの乳母が、おろおろと木の下で妾の名前を呼ぶ。
庭の塀の内に植えられ大きく伸びた木の枝は塀上を超え、路の方へ張り出している。

そこに腰掛け塀の内側、木の根元で小さく叫ぶ乳母を見下ろした。
「キョンヒ様」
「嫌だと申した、下がれ」
「姫様、危のうございます、なにとぞこちらへお戻りを」
乳姉妹のハナが、乳母の隣から声を上げる。

「ふん、昔は一緒に登ったくせに。ハナも怖がりになったものだ」
木の枝の上で笑うと、ハナは些かむっとした様子で
「そこから動かずに。失礼して、お迎えに参ります」
そう言ってチマの裾を上げると、木の幹のへこみへと足を掛けた。

「だめだ、登って来るでない」
止めようと慌てて枝の上で手を振り回し、その瞬間に体がぐらりと揺れた。
「姫様!!」
「キョンヒ様!!」

乳母とハナの叫び声を塀向こうの遠くに聞きながら、枝から真っ逆さまに路へと落ちた。

痛い・・・く、ない。

目を瞑り、落下の痛みを覚悟していたものを。

何か固いものには当たっているが、体に痛みは全くない。不思議に思いながら目を開けた。

この男は誰だ。何故妾は、その腕に抱かれているのだ。
そして何故この男は、地に尻餅をついておるのだろう。

いや、そんな事などどうでも良い。
この姿を見たことがある。

今よりずっと幼いころだ。皇宮に王様にお会いしに伺った折。

 

「王様」
「敬姫、元気であったか」
「叔、いえ、王様もご健勝のご様子、幸甚に堪えませぬ」
「堅苦しい挨拶は良い」
「そうは参りません」
「姉上も息災でおられるか」
「王様のご聖恩のお蔭にて」

王様はその言葉に、はははと珍しく朗らかに笑い声を立てられた。
「そのような紋切の挨拶言葉を、何処で覚えるやら」
「私もいつまでも四つでは御座いませぬ」
「いくつになられた」
「十四にございます」
「そんなになるか」
「はい」
「では、そろそろ婿取りも考えねばな」
「嫌でございます」
「敬姫」
「私は、尼になりまする」
「何を突然」
「見えたことも事もない方を婿にするくらいなら、尼になりまする。
何とぞ王様より、母上にお話しください」

畏れ多くも御弟君であられる王様よりの玉音であれば、気位の高い母上とて無碍には扱えぬ。
その時、王様の横、妾の言葉にふ、と息のような声がした。
そちらを見遣ると、丈高い鎧姿で腰に剣を構えた近衛が一人。
窓の光を背負い、佇む姿が目に入った。

窓からの逆光の中、顔は見極められぬ。
目を細め妾がじっと顔を見遣ると、鎧姿の近衛は少し驚いた様子で、僅かに身じろいだ。
そして無礼を恥じるかのように、僅かにその面を下げた。

「敬姫、どうした」
「あ、いえ、その」
「ほう、副隊長に興味があるか」
「副隊長」
「然様。寡人を守る迂達赤の副隊長であるぞ。優秀な武人だ」

王様のお声に、副隊長と呼ばれた鎧姿の近衛がこちらへ頭を下げる。
「そうなのか」
妾が改めて尋ねると
「とんでもありません」
逆光の彼の影は、そう言って首を振る。
「謙遜するな、副隊長」
悪戯な王様のお声に直立不動のまま、副隊長と呼ばれた近衛が僅かに顔を横向け王様を見遣る。

動いたことで窓の光が遮られ、ようやくその横顔が見えた。
乱れなく上げ髷を結った髪、男らしい顎の線、優しい目。
その時逆横に立つ、この副隊長と呼ばれるひとよりも更に丈高い、静かな虎のような目をした近衛が動く。
そして静かな声で王様と副隊長の会話へ入って来た。
「王様」
「そうだな、このくらいにしておくか。敬姫、こちらが迂達赤隊長、チェ・ヨンだ」

無表情な虎の目を持つ隊長が、王様の声に続いて頭を下げる。
何方の近衛も、大層強そうだ。

それでも無表情な虎の目を持つ整いきった横顔の隊長よりも、優しく柔らかな目許の副隊長から己の目が離れぬ。
そんな自分に驚きながら、妾はもう一度副隊長の顔をじっと覗き込んだ。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
ご協力頂けると嬉しいです❤

にほんブログ村

新リク話【 香雪蘭 】始まりました。

254. >victoryさま
victoryさま

チュンソクがウンスに片想いというリクエストがあったの
ですが、私はウンスではなくチュンソクにひたすら片想いする
どこかの世間知らずなお転婆お姫様。結果は両想いになって
お姫様は平民になる。もちろんウンスがお節介を!
そのお節介にヨンが手を焼くってどうです(笑)
ずっとキリ番狙いで頑張って来ましたがタイミングがあわず、
とりあえず想いだけはと勇気を出して書き込みますね(笑)

連続投稿でキリ番踏めたかな( ´艸`)

(mamachanさま)

これはvictoryさまとmamachanさまの共同作業での
素敵なリクでした。
始まります。早速ですが。

お楽しみ頂けると嬉しいです❤

今日もクリックありがとうございます。
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です