2014-15 リクエスト | 香雪蘭・2

 

 

「副隊長だ、そうだな?副隊長であろう」

俺の腕の中で嬉しそうに笑うくるくると丸い目、そして丸い頬、ふわふわとした体。
「・・・・・・は?」

確かに俺は以前、迂達赤副隊長ではあったが、今そう呼ぶ者はいない。
「あな、たは」
「妾を覚えておらぬのか?もうずっと前に、王様のところで逢うたであろう」

そう言って柔らかく小さな、まだ靨のありそうな掌で、俺の上衣の袖をぎゅっと掴んで。
それを振りながら腕の中の若い女人が驚いたように尋ねる。

俺は地面に座り込み、空から落ちてきた方を抱いたまま、懸命に思い出そうと記憶を辿る。

「王様に尼になるとお伝えした時、そなた笑うたではないか。
キョンヒだ、王様の姪の。本当に覚えておらぬのか?」

丸い目の上の眉を下げてそこまで聞かされ、ようやく思い出した。
「・・・キョンヒ様」
そう言えば一度だけ王様の御前でお会いしたことがある。
あの幼い姫様か。

「そうだ副隊長、思い出したか?妾は忘れたことなどなかったのに」
白かった丸い頬を紅くして、拗ねたようにキョンヒさまが仰った。

その瞬間。どれ程貴い方を腕の中に抱えているのかと血の気が引く。
慌てて姫様を支えてお立ち頂き、一歩下がって頭を深く下げる。

「存じ上げぬとはいえ、失礼致しました。お怪我はございませんか」
頭を下げた俺に、キョンヒ様は不満げに口を尖らせる。
「怪我はない。何故急に離れるのだ」
「・・・・・・は?」
「妾はようやく副隊長にまた逢えて、これほど嬉しいのに。何故急にそのような」

お声に驚き下げていた頭を上げると、一歩下がっていたはずのキョンヒ様が目の前に立ち、じっとこちらを睨んでいた。
「あの」
「何だ」
「キョンヒ様、は、何故」
「何ゆえ、何だ」
「いえ・・・」

それ以上お伝えできずに口籠る。何ゆえそれほど近くに寄っていらっしゃるのか。
しかしお訊ねすることすら、不敬な気がする。

救いを求めるように目を上げ周囲を見渡すが、トクマンも手裏房の若衆も目の前の事の成り行きに驚いておるのだろう。
目も口も開いたまま、呆気に取られてこちらを見つめている。

その視線に気付いたか、キョンヒ様もこの目を追うように周囲を見渡し、再びこちらを見てにっこりと笑った。
「この者たちは、誰だ。初めて見る顔ばかりだな」
「し、失礼致しました。こちらは迂達赤隊員と、連れの者です」
「そうか」

キョンヒ様はその説明だけで納得したのか、大きく頷くと
「いつも副隊長が世話になっておる」
そんな風に鷹揚に奴らへと声を掛けた。

その場の三人は顔を見合わせた後、キョンヒ様のお言葉に
「・・・はあ」
「いえ、こちらこそ・・・」
ぼそぼそと口の中で呟き、辛うじて頭を下げた。

「ところでキョンヒ様、こちらで何を」
気を取り直しキョンヒ様より再度一歩下がり、姿勢を正して伺った時。

「キョンヒ様!!」
「姫様、御無事でいらっしゃいますか!!」

長く続く脇の塀の曲がり角より、女人の甲高い叫び声が二つ聞こえた。
その場にいた皆が、その声の方を向く。
曲がり角から飛び出して来た二つの影が一目散にこちらへと駆け寄る。
「姫様!!」

そう言って、俺よりやや年嵩の女人がキョンヒ様の手を握る。
「騒々しい、一体なんだ」
「何だでは御座いません!ご無事ですか、お怪我は」

真っ青な顔でキョンヒ様の着物の上から体を確かめるように、頭の先より爪先まで何度も眺め、ようやくキョンヒ様の無事を認めた女人が大きく深く息を吐く。
その間脇に控えていたもう一人の若い女人も、息を弾ませて姫様の様子を見守っている。
「乳母もハナも、ご挨拶せよ」

ようやく安心した様子の二人の女人に、キョンヒ様がゆっくりおっしゃる。
「こちらは王様の近衛、迂達赤副隊長だ。大層お強い武人だぞ。
今も落ちた妾を受け止めて、守ってくれた」
既に副隊長ではないのだが。
訂正する暇さえ与えて頂けず、どうしたものかと溜息が零れる。
その声に二人の女人が慌ててこちらへ向かい、深々と頭を下げた。

「大変失礼いたしました」
「本当にありがとうございました」

繰り返す二人の女人に向け、キョンヒ様は高らかに宣言した。

「妾の夫君になられる方ゆえ、無礼は許さぬ。心いたせ」

キョンヒ様の嬉しそうな弾む声。
トクマンは仰天したように、その手から刀を取りこぼした。
取りこぼした刀が、がしゃりと音を立て地面に転がる。
手裏房の若衆は目を瞠り、互いの顔を覗き込みあった後、恐る恐るこちらに目を投げかけた。

二人の女人は呆気に取られ口を大きく開き、慌ててそれぞれの掌でその口に蓋をした。

そして何よりこの俺が。
この場にいる誰よりも驚いて目も口も開けたまま、嬉し気に紅潮したキョンヒ様のお顔を呆然と眺めた。

一体、この方は今、何をおっしゃったのだ。

「て、じゃん」
ようやく唾を飲み下し喉を大きく上下させた後、トクマンが声を絞り出す。
言うな。訊くな。誰より状況が飲み込めていないのは俺自身だ。
「これは、一体・・・」
その問いに、黙ったままで首を振る。

真昼の街道、長く続くこの塀の脇。
明るい陽の下だというのに、まるで狐に化かされてるとしか思えん。
思わず尻尾が生えてはいまいか、キョンヒ様の背中をじっと眺めるところだった。

キョンヒ様はそんな周囲の反応などまるで気にせず、にこにこと笑いこちらを振り返り、この顔をじっと覗き込んだ。

「あの十四の時、王様の御前で副隊長に逢えた時より決めていた。
妾の夫君になられるのは、副隊長しかおらぬと。
だからずっと、また会える日を待っておったのだ。
今日こうして逢えたのは、きっと天の定めに違いない」

ひと息におっしゃると、視線を目の前の女人へと当てた。
「だから申したであろう乳母、知らぬ男など婿に迎えるのは絶対に嫌と。
それを断った今日、こうして副隊長にまた逢えたのだから」
「ひ、姫様、それは」

乳母と呼ばれた女人は心底戸惑ったようにこちらとキョンヒ様を見比べ、返答のしようもない程に狼狽えている。
そしてハナと呼ばれた若い女人が気を取り直したよう唇を結ぶと、俺に体を向け、顔を下げたまま小さく尋ねる。
「迂達赤副隊長さま」
ああ、違うのにと首を振る。
そこからして、もう違うではないか。
「申し訳ありませんが、姫様のこれは、迂達赤副隊長さまも・・・その、同意されていらっしゃるのでしょうか・・・」

ようやく向けられたその問いに、俺ははっきり即答する。
「いえ、全く」
「さようでございますか」
「確かに一度王様の御前でお会いし、数年ぶりにこうして偶然」
「さようでございましたか」
そこまで聞いた若い女人は、首を振ってキョンヒ様へ向き直る。

「姫様、まずはお屋敷へ戻りましょう」
「何ゆえ。嫌じゃ」
キョンヒ様はこちらへ向かって後ずさり、激しく首を振る。
「四年ぶりに、副隊長にこうして逢えたのに」
「まずは私たちにゆっくりお話をお聞かせください」
「嫌じゃ!」
小さく叫んだキョンヒ様の手を、
「失礼いたします」
告げるが早いか、その女人は素早く握る。
そしてそのまま静かに、しかし確かな歩調で、キョンヒ様を連れてあの曲がり角へと進んで行く。
その横でキョンヒ様の肩をそっと抱くよう、乳母と呼ばれた女人が従う。

半ば引き摺られるように曲がり角へ近づきながら、キョンヒ様が首だけ此方へ向け
「副隊長!」
大きな声で俺を呼ぶ。
「また逢いに行く、必ず逢いに行くから、待っていて!」

いえ、出来ればもう本当に。

俺は曲がり角へ近づく三人の女人の背に頭を下げつつ息を吐く。

二度と、お会いしたく御座いません。
胸の中で、人知れず呟きながら。

 

 


 

 

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