2014-15 リクエスト final | 結・2

 

 

春が始まり、景色はあっという間に色を纏う。

梅の紅白、竹の緑、桃の淡赤、辛夷の白、連翹の黄。
そして山桜が紅い若葉と共に薄桃の彩を添える。
昼は日を追って長くなり、時に動けば汗ばむほど暖かい。

 

今日は朝からいい天気だ。
隊長の窓の外の木の上で起きたら、目が痛いくらいの朝日が上がっていた。
「テマナ」
急いで幹を滑り降り顔を洗って庭を歩いていると、トルベが駆けて来て俺に片手を上げる。

「テマナ、槍を持って来てくれるか」
「ぶ武器庫から」
「いや、衛尉府に届いた新品を運んでほしいんだ」
「分かった」
「行ってくれるか」
「はい」

兵舎の二階を振り向く。隊長の気配はまだ見えない。
ちょっとの間なら、兵舎を空けても平気だろう。
俺は頷いて走りだした。急いで帰って来ないと。

「悪いな、テマナ」
後ろで苦笑いしたトルベが庭を出る俺の背を拝んでたなんて、全然気付きもしないで。

 

「迂達赤の新しい槍、と」
「はい」
衛尉府に飛び込み入り口の衛尉卿に声を掛けると、手元の帳面を照らしながら衛尉卿が聞いた。
「一人で来ていますか」
「はい」
その声に心配そうに後ろの棚を眺めながら
「運べるかどうか」
衛尉卿はそう言って、眉を寄せた。

足腰ならそこらの奴に負けない自信がある。
それでも息を切らして、新しい槍を引きずらないように精一杯気をつけて、肩を揺らしてもう一度担ぎ上げる。

真新しい槍が二十本。十本ずつを束にして両肩に抱えて兵舎への帰りを急ぐ。

ようやく兵舎の門をくぐり、槍を担いで息を切らして、吹抜けにいたトルベを見つけて声を掛ける。
「も、持って、きた」
「おお、面倒かけたなテマナ!」
トルベは笑うと、周りの奴らに
「お前ら手分けして槍を立てとけ。膠が乾いてないかもしれんから、慎重にな」
そう声を掛け、鼻歌交じりにご機嫌で吹抜けを出て行く。

それと入れ替わるように、二階から隊長が降りてきた。
「隊長、おはようございます」
「おはようございます!」
代わる代わるあちこちで上がる皆の声に頷きながら、
「片付けたら朝の訓練だ。すぐに鍛錬場へ来い」

そして大きな声ではい、と頷く俺たちを残して、兵舎の扉を抜けて行った。

 

朝からどんどん暑くなる。こっちは朝一番に大荷物を運んだのに。
東の空の太陽はそんな気持ちも知らず、眩しく明るく鍛錬場へとさしてくる。

その中で槍と剣の鍛錬をこなした頃には、もう太陽は丸く青い空の真上近くから照っている。
鍛錬場の俺たちは、一人残らず汗だくだ。

そんな中涼しい顔をした隊長が最後の号令を掛けた後、振り抜いた鬼剣で腰横の空を切り
「昼飯を食ったら、午後の訓練だ」
そう言ってその剣先を、左手の鞘へと音高く戻して
「遅れるな」
微かに顎を上げて片頬で笑うと、訓練場を出て行った。

鍛錬を終えた皆がいっせいに兵舎の食堂へと詰めかける。
ごった返すそこへ踏み込むと今日の配膳当番のトクマニが、入った俺の腕を掴んで、厨の方へ呼び込んだ。
「何だよ」

俺は朝から働いて、そのすぐ後から訓練で、おまけに外はまるで夏みたいで、くたくたなんだ。
言ってやろうと口を開きかけると、声が咽喉から出る前に、目の前のトクマニがその鼻先、ばちんと音を立てて自分の両手を合わせた。
「テマナ、本当に、本当に済まん」
「な、なんだよ」
本当に済まなそうな声に、驚いてその目を見る。

「今日、当番が腹が痛くて一人休んでる。この混みっぷり、おまけに午後の訓練に誰も遅れたくないだろ。隊長から雷が落ちる」
俺だってもちろんそうだと頷くと
「だから手伝ってくれ」
「何だって」
「後生だ、お前にしか頼めない」

情けなく眉を下げてこっちの顔を見るトクマンに、
「早くやろう。お俺だって午後の鍛錬、遅れたくない」
仕方なくそう言って、厨の奥に進む。

並んだ皿に、料理を盛ればいいんだろ。
喰った後の卓を片付ければいいんだろ。

まずは盛り付けだ。料理の熱のこもった厨の奥に陣取り、鍋の中の料理を椀に盛り付けはじめる。

そして杓文字で掬った手元の汁に気を取られていた俺は、周りのトクマンや他の皆がちらちらこっちを盗み見ながら片手を上げて拝んでるのなんて、全然気づかなかったんだ。

 

やっと最後の膳を片付けると、額の汗を腕でぐいと拭う。
息を吐いて水を飲もうと、伏せた椀をいっこ取り、水の入った薬缶を持ち上げた時。

「まずいぞ、急がないと午後の鍛錬に遅れる!」
トクマンが慌てたように、そう大きな声を上げる。
その声に弾かれて俺たちは一人残らず食堂の扉から夏みたいな暑さの表へ飛び出した。

午後の鍛錬は、よりによって手縛だ。
副隊長が一組ずつ、みっちりと組み方を指導していく。
隊長は鍛錬場の前で腕を組み、全体をその虎の眸で見渡して、型の崩れてる奴らを一人ずつ細かく直していく。

夏みたいな日差しは、いつの間にか大きく西の空に傾く。
気付いたら俺たちは泥まみれ汗だらけで、地面に尻をつき肩で息をしていた。

兵舎の中に、歩哨の交代に備える笛が鳴り響く。
その音を聞きながら、隊長は額に浮いた汗を拭うと
「此処までだ。歩哨は交代に備えろ。水を飲んでおけ、死ぬぞ」

そう言って大股で鍛錬場を出て行った。
それに続く副隊長たちに、俺たちは大声ではいと言った。

「テマナ、テマナ」
井戸で体を洗う俺を呼んで、走ってきたトクマンとトルベが俺に皮水筒を差し出した。
「今日は本当に悪かったな」
トルベが上半身を諸肌脱いだ俺の裸の肩を、でかい手で叩く。
「昼も喰ってないだろ、手伝いのせいで。助かったよ」
トクマンがそう言って。皮水筒を俺の手に押し付ける。
「飲んでおけよ。隊長も言ってたろ。死んじまう」

俺は流し終わった頭にばさりと手拭いを被せると、トクマンの言葉に頷いて、皮水筒に口をつけて思い切り大きくごくり、乾ききったのどに流し込んだ。

 

 


 

 

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