兵舎が寝静まり、窓外に歩哨の影だけが動く夜半。
病室で椅子に腰掛け、寝台の横で眸を閉じていた。
チャン侍医は奥の間で仮眠を取っている。
華侘は兵舎内に設えた客室に引き上げておいでのはず。
そんな夜半の闇を抜け、病室の扉の外に気配を感じる。
危険なものではない。
しかし俺は凭れた椅子の上、胸に鬼剣を静かに抱え直した。
誰だ。
ウンスの目に障らぬよう柔らかく落とした部屋の灯の中。
扉の外から影がひとつ、足音を忍ばせ室内へ入って来る。
その薄灯りに照らされた横顔を確かめ、俺は息を詰める。
ソンジン。
何故お前がこんな夜半に、この部屋に立ち入る。
先生の静かな寝息を確認しつつ、俺は部屋の寝台の上で目を開けたまま時を待っていた。
寝息が深く安定したのを確かめ、寝台から滑り降りる。
寝台の横に掛けた上衣を羽織り直し、脇に立てた刀を握り直し、足音を忍ばせ部屋を出る。
既に勝手知ったる兵舎の廊下を、足は的確に進んで行く。
部屋に入れば奴が居る。扉の前、もう一度剣柄を握り直す。
儘よ。
ウンスの邪魔にならぬよう、扉を静かに開け部屋へ滑り込む。
椅子の背に凭れて目を閉じるチェ・ヨンは、胸に自身の剣を抱いたままの姿勢だ。
チェ・ヨン。そうして護っているのに何故こいつは怪我をした。
俺は座る奴を気にすることなくウンスの枕元へと進む。
床に腰を下ろし、肩の高さになった寝台へ頭を預ける。
奴が起きて居ろうと、眠って居ろうと。
「ウンス」
俺の口は、ようやくその言葉を紡ぐ。
「お前に逢いたい」
口にして初めて、大きな息が漏れる。
「頼むから、目を覚ましてくれ」
それだけ伝えると、痛む瞼を閉じる。
「逢いたい」
眠る肩を掴み、そっと揺らした瞬間。
かたりと小さく響いた音に、寝台へ預けた頭を起こす。
ウンスの体越し、俺の喉元に当たった刃先が月に光る。
薄灯りの部屋の中、寝台の向こう脇の椅子の前。
立ち上がったチェ・ヨンの影が、ウンスの体にかかる。
「出ろ」
呟くと奴は顎で扉を示し、足音も気配も殺したまま先に立ち部屋の扉前まで進み、此方を振り返った。
俺は寝台の枕元で立ち上がり、そこへ進む。
こうなることは分かっていた。そして望んでいた。
正面より正々堂々と渡り合うことを。
ウンスが目覚めてからならば、尚良かったが。
******
夜半の月明かりの庭まで進む。
思った以上に、気持ちは波立たん。
ただ許せぬとだけ思う。
俺に喧嘩を売ったことではなく、居ると知りつつ深夜の部屋に立ち入ったことでもなく。
あの方の眠りの邪魔をした、華侘の、侍医の許しなくあの体を揺すった事が許せぬ。
「俺が居らねば、どうした」
庭の中央まで進んで振り返り、正面よりソンジンに問う。
「お前が居ろうと居るまいと変わらぬ」
ソンジンはそう言って、真直ぐに此方を見返す。
「ただウンスに頼みたいだけだ。起きてくれと。俺を見て聞いて、そして心で決めろと。
俺を選べば連れて行く。二度と離しはせぬ」
月明かりの下、奴の目が光る。
「あんな怪我をさせるお前に、ウンスは任せられぬ」
その声に俺は頷く。
「お前の言う通り。あの怪我は全て俺の所為だ」
奴は底光りする目に深い怒りを込めたまま、俺を睨んで唸った。
「分かっているならその座、俺に渡せ。俺なら決してあいつに怪我などさせぬ」
俺は奴に向け首を振る。
「それでもウンスは俺を選ぶ。
俺でなくて良かったと言った。
帰って来ると約束した。故に渡せぬ」
ソンジン、お前はあの方を知らぬ。
あの方が示す、明るい道を知らぬ。
血を流しても明るい道のみ示す方。
悔いるな、笑え、待っていろ、共に前へ進めと。
だから俺は渡すわけには行かぬ。
自分が悪いと、逃げれば楽でも。
同じ過ちを繰り返さぬと刻み、あの方と共に。
奴は無言で半歩寄り、そのまま腰の刀を抜いた。
「言いたいことはそれだけか」
抜き身を手に下げ、そう呟く。
俺が頷くと、奴はそのまま刀を構えた。
力みのない自然体の構え。恐らく相当に出来る。
黙って鬼剣を抜く。鞘からの抜刀音が月の庭に響く。
何れこうなると思っていた。こうなるしかないと。
最初に睨みあった時より。相容れるわけがないと。
二本の刃が、蒼い月明かりを受ける。
来る。
ソンジンが無言で放つ一打目の刃先を、半歩で避け胸を反らす。
胸前を、目にも止まらぬ速さで白い残像が通り過ぎる。
思った以上だ。様子を見ている場合ではないと判じ、俺は鬼剣を構え直す。
俺の一打目は、そのまま踏み込み屈んだ奴の頭上を通り過ぎる。
普通の者は下がって避ける。こいつは踏み込みつつ屈んだ。
まだ動きが読めん。このまま懐に入られれば面倒だ。
返す刃で、奴の二打目が飛んでくる。
普通の相手であれば躱されるわけがない。
チェ・ヨン。この男には、全く隙が無い。
俺が左右に打ち分ける刃先を、全て際どく躱している。
最初は偶然だと思った。下手の偶然だと。
そうではない。
こ奴は最小限の動きで体力を温存しながらわざと際どく、こちらの刃を躱している。
全て読まれている。焦りで刃の動きが大きくなる。
俺の繰り出す次手を、チェ・ヨンの刀ががちりと受ける。
未だ受けのみ。一打目以降、打って出ることはない。
打たれる時は、斬られる時か。
二本の剣が烈しく当たり、鞘の真上で交叉する。
互いに退かぬまま、力で押し合う。
剣を当てたまま、互いの鼻が触れ合うほどに寄る。
月を頭上に、互いの眼を覗きあう程近く。
互いの顔の間にあるのは、二つの剣の峰だけだ。
奴の眸が俺を睨む。俺の眸が奴を睨み返す。
次の瞬間睨みあったまま、俺たちは左右へと飛び退った。
斬れと、何処かで声がする。その声に鬼剣を構えた刹那。
「大護軍!!」
月の庭に、声が響き渡る。
駆けてきたテマンの姿に俺達は同時に目を遣る。
テマンは俺の処まで駆け其処で足を止めると、ソンジンをひと睨みした後に俺へ目を戻す。
そして俺にだけ向かい、はっきりと言った。
「医仙が、起きました!」

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あああー…やっちゃうの? やってしまうのーー?!
と、思った瞬間、Good jobウンス!
絶妙のタイミング♪
とりあえず、ホッ…。。しかし、これからが本番ー^_^;
ドキドキ…ドキドキ…。。
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なんだか、キ・チョルの時みたいにウンスが飛び込んでくるんじゃないかと思ってしまいました!
でも、良かった良かった、目覚めてくれて(T^T)
いよいよですね~~ ウンスは驚くのかしらん~? いやいやきっと判ってますよね♪
ヨン、ファイティン!! ありがとうございました♪
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ありがとう、ウンス。
今こそ、あなたの目覚めが必要でした。
どちらにもケガを負わせたくありません(>_<)
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さらんさんこんばんは。
もの凄く早いアップですが
お体大丈夫ですか?
読者としては嬉しいですが心配になります。
ヨンとソンジンの直接対決
ウンスの目覚めにて一旦オアズケに…
それともここから激しくなるのか?
結局続きが気になります(/。\)
ご自愛くださいね。
私の気持ちもせめぎあいです。( ・∇・)
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あ~ん 眠り姫お目覚め
2人の男が 猛ダッシュ!!
姫の 第一声が…
気になる~ 気になる~
ねむれない。
ドキドキです。
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やっとウンス目覚めましたね。
ヨンとソンジンのガチ対決、画が浮かびます。
きっとこのままでは二人ともケガをしてしまう!!
…さすが、ウンスです。
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い、息しないで読んでた!
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この二人には争って欲しくないですね。
ウンスもそれは望んでいないと思います。
ウンス 早く二人を止めて下され!!
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とうとう我慢できなかったのですね。二人ともウンスが目覚めないことへのストレスが溜まっていたのでしょうか。
傷をつけあって欲しくないのに止められる人は目覚めない。
この二人はこうなる運命だったのでしょうか。
同じ二人なのですから仕方ないのですね。
そしてとうとうウンスが!
次回を楽しみにしております。
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さらんさん、今宵も臨場感あふれる、手に汗握るような素敵なお話をありがとうございます!
1時間半も遅れて台北を離陸した飛行機で、ふらふらになりながら帰宅し、真っ先にさらんさんのサイトに飛び付きました。
日本は寒いですね~。
でも、ヨンとソンジンの間には、もっと寒い風が吹き荒れてます!
刀を振り下ろす風音や、刃が交じり合う金属音が耳奥に聞こえてきて、気が気ではありません。
さらんさん、緊迫場面の連続ですから、肩こりにご注意下さいね!
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さらんちゃん もう、息をどこでしようかと
思うくらいの緊迫感でドキドキしたわよ。
やっぱりヨンアの方が強いのよね?
同じ人?なんだけど全然別人!
もう、なんかソンジンが憎らしいって思えるんだけど
人間小さいかな?(笑)
ウンスが起きたぁ~早くヨンアの心を救って欲しいです・・
でも、さらんちゃん何でこんな剣客商売みたいな
対決が書けるんだ?もう本当に凄い!の一言です。
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実家から帰宅してもなかなかPCにゆっくり向かう事が出来ず,昨晩からやっと読む事が出来ました♪
ハラハラドキドキの展開ですね!
手に汗握るとはこの事です。
前回のお話で,ペニシリンを作ったお話,
JINを思い出しました^^
ジン先生も歴史を変えるかもと最初作るのを躊躇っていましたが,
今自分が出来る事をしようと決心しましたよね。
ウンスもそう考えたのでは無いかと思いました。
では,また続きを読み進めます!!
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>★sachi★さん
おはようございます❤コメありがとうございます
本番、なのですが。
実際はもう既にエンディングへと向かっております。
うーん・・・ソンジン・・・
そして書いていても・・・です。あと残り3話。
お楽しみ頂けたら嬉しいです。
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>mimiさん
おはようございます❤コメありがとうございます
意外な目覚めより、すでにendingへと向かっておりますが。
書いてても、ウーン、です。
まあ、この三人の組み合わせではこれしかないですが。
あと残り3話です・・・
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>kumiさん
おはようございます❤コメありがとうございます
そうですね、そうなんですが。
お話自体はすでに練り上がり、あとはUPしていくだけですが・・・
残り3話。お楽しみ頂ければと願います
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>愛知のひとみさん
おはようございます❤コメありがとうございます
うーん、結構なきつさです。
これが終わったらいったんお休みします。
実際お話しUPが早すぎて、読み手さまにも
なかなか負担を強いているところがあるようなので・・・
週末まで、少しばかり。
まずはあと3話、お付き合い頂ければ嬉しいです。
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>くるくるしなもんさん
おはようございます❤コメありがとうございます
話は既にendingへ向かっております。
終わったら、いったんお休みいたします。
まずはあと3話、お楽しみ頂ければ・・・と思います。
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>kacotanさん
おはようございます❤コメありがとうございます
はい、起きて、あんな風でこんな風で、と・・・
お話はすでにending、残りは〆の後3話。
終わったらお休みします。
まずは、お楽しみ頂ければ嬉しいです。
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>ツマ吉さん
おはようございます❤コメありがとうございます
息は、忘れずにデス❤
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>海月さん
おはようございます❤コメありがとうございます
怪我を望んではいないのですが、こればかりは。
相対する男二人がアレではww
残りあと3話、お楽しみ頂ければ嬉しいです。
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PASS:
>あみいさん
おはようございます❤コメありがとうございます
こればかりは、もうこうなることは分かっていたので
いつ直接対決になるか、と言うカウントダウンでした。
話自体はendingに向かっています。あと3話。
終わったら、お休みします。
まずはお楽しみ頂ければ嬉しいです。
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>muuさん
おはようございます❤コメありがとうございます
お帰りなさい。お疲れさまでした❤
お風邪など召しておられませんか?
無理されずに、ゆっくりお休みくださいね❤
と言っても出張帰り、雑事に追い回されることは
経験上、身に染みて分かります。(´д`lll)
お話はすでにendingへ向かっております。
終わったらお休みいただきます❤
まずはあと3話、お楽しみ頂ければ・・・と願います
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>victoryさん
おはようございます❤コメありがとうございます
バトルはすっごく好きで、そもそも【或日、迂達赤】シリーズを
書きたい!と思った時、YouTubeで映画の戦闘場面を見て
キャラ名一切なしで、そのシーンのみ書き起こし
映画好きな友人に見せては、どの映画のどのシーンかを
当ててもらうという、物凄い遊びをw
良く付き合ってくれたものです、その友人もw
お話は既にendingへと。
あと3話、お付き合い頂けたら嬉しいです。
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PASS:
>すんすんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
本編であるんですよ、ちらっとですが
ウンスはチャン先生に「すごい、抗生物質まで作っちゃうなんて」
そのセリフを聞いて、でも高麗時代に作れる
抗生物質なんて、化学系は無理だろうし・・・
やっぱペニシリン?と。
JINは、大沢たかおさん以上に、あの花魁野風
(中谷さん)が素敵だった記憶が・・・❤