2014-15 リクエスト | 香雪蘭・4

 

 

翌日の朝まだ早く、俺は一人で皇宮の大門を出た。
目指すは開京の城下。市井の店を虱潰しに探るつもりだった。

問題は翁主のお屋敷、あのキョンヒ様のお屋敷の前を通らねば城下へ出ていけんという事だ。
昨日のような時間にあそこを通り、万一にでもキョンヒ様と顔を合わせれば、また絶対にややこしい事になる。

そう思い刻をずらして、足早に長い塀の脇を通り過ぎる時。

「ぷじゃーん」

小さく聞こえた声に、ぎょっとして足を止める。

春空に浮かぶ太陽が、ようやく暖かくなり始めた刻。
大路にまだほとんど人通りはない。店が開くには早い。

「ここだ、副隊長」

その声に天を仰ぐ。
お屋敷の塀より大路に向かい張り出た太い木の枝、芽生えはじめた柔らかく鮮やかな新緑の葉影越し、明るい色のチマが揺れている。

「・・・キョンヒ様」

木の下から掛けた声に、緑の葉影からひょっこりと白く丸い頬の嬉し気な笑顔が覗いた。
「逢いに来てくれたのか?」
さすがに昨日の大騒ぎを省みられたか、顰めた声でキョンヒ様がおっしゃる。
俺は直ちにしっかりと首を振った。
「いえ、通りかかっただけです。別の役目にて」
「供の者たちはどうした?」

こちらの声は届いたのか。
それには返答されぬままキョンヒ様の丸い目が、周囲をくるりと見渡した。
「本日は自分一人です。それでは」
「待て!!」

勘違いだった。大きな勘違いだ。

昨日の大騒ぎで懲りて下さったなど、淡い期待をした己が甘かった。

木の上から大声で叫んでこの背を呼び留めたキョンヒ様が
「妾も連れて行って」
そう言って枝を揺らし、今にも飛び降りそうに身を捩らせる。

どうしろというのだ。飛び降りるキョンヒ様を無視するわけにもいかん。
かといって、連れて行くなどとんでもないことだ。

「副隊長、降りられぬ」
キョンヒ様が枝の上で困ったように訴える。
まるで仔猫のようだ。木に登っておいて降りられんとは。

眉を下げて木の上から丸い目で俺を見つめるキョンヒ様のお声に息を吐き、木の枝の下へと戻る。

「何故、降りられぬのに登るのですか」
木の下から思わず問うと、キョンヒ様が誇らしそうに言う。
「遠くまで見えるから」
「ご覧になってどうするのですか」
「副隊長が見えるかもと思っていたのだ」
こんな時というのに、キョンヒ様は笑った。

「そうしたら本当に見えた。あーっちから」
そう言って、皇宮の大門へと首を向けて
「歩いてくるのが、ずっと見えた」
「来ねばどうするつもりだったのですか」
呆れて僅かに叱責するようなこの声に首を傾げると、
「来るまで待った。皇宮にまだいると、昨日知ったからな」

この御姫様には困ったものだ。
これこそ大護軍に、王様に、一言お伝えした方が良いかもしれん。

そう思いながら枝の上に向かい、思い切り両腕を伸ばす。

しかし思ったより高い木の枝の上、伸ばした腕はキョンヒ様には届かない。
仕方ない。
「キョンヒ様、飛んでください」

俺の声に初めて戸惑うよう、キョンヒ様が首を振る。
「怖い」
「お支えします」
「本当か?」
少し震える声に、俺は頷いた。
「大丈夫です。必ず受け止めますから」

キョンヒ様は頷き目を閉じて、枝の若葉を揺らしながら、白く柔らかそうな手を離す。

そして伸ばした俺の両腕の中へと、真っ直ぐ落ちた。

次の瞬間、昨日のように無様に尻餅をつくことなく、この腕はふわふわとした体をしっかり受け止める。

「門までお送りいたします」
腕を放しお立ち頂いた後に一歩下がって頭を下げると
「嫌だ。さあ行こう」
当然のように言って、キョンヒ様は率先して大路を歩きだす。

そんな訳に行くか。
「キョンヒ様、それは困ります」
声に振り返ったキョンヒ様は首を傾げる。
「何故」
「自分は役目で出掛けるのです。どうぞお戻りください」
「嫌だ」
「キョンヒ様」
「嫌だ、嫌だ、絶対に嫌」

そう言って、キョンヒ様がぶんぶんと首を振る。
「また逢えるまで、木の上で待つつもりであったのだぞ。こうして逢えたのだから、絶対に戻ったりせぬ」
「キョンヒ様!」

僅かに声に力を込めて御名を呼ぶ。
声に驚くように、キョンヒ様がこの顔を見る。
「何だ」
「お戻りください」
「嫌だ」
堂々巡りだ。これでは埒が明かん。

「黙ってお屋敷を抜け出せば、大騒ぎです」
幼子を諭すよう腰を折り、膝に手をつきキョンヒ様の目を見る。
初めて己から真っ直ぐ目を合わせると、姫様の白い頬が赤らむ。
「・・・うん」
赤い頬でキョンヒ様が頷く。
「皆さまに心配をかけて、嬉しいですか」
「でも、副隊長が行ってしまう」
「役目故」
「共に居たいのだ」
「無理です」

首を振って目を見つめはっきりと伝えると、キョンヒ様の丸い目にみるみる涙が盛り上がり、俺はぎょっとして身を引いた。

「キョ、キョンヒ様」
「せっかく逢えたのに」
「あ、あの」
「副隊長は冷たい」
「そういう事では」
「冷たいのだ!だから四年ぶりでも、そうして」

キョンヒ様の目から、ぼろぼろと涙が零れだす。
「そうして昨日のように妾を忘れられるし、今日とてそうして、妾を置いて平気で行けるのであろう?そうであろう?」
「それは、その」

確かにすっかり忘れていた己は、頷くしかない。
たとえ王様の政敵になるかもしれんと言う理由でも、覚えていらした大護軍の方がまだましなのだろう。

「四年間忘れておったろう、そうであろう」
「・・・はい」
正直に頷くと、桃色の唇が歪んだ。
「やっぱりそうだ!」

地団太を踏む足。ああん、と上がる大声。どうしろと言うのだ。
「分かりました、もう忘れません。忘れませんからどうか」
髪を掻きむしりたい思いで伝えると、泣き声がぴたりと止んだ。

そして、もう一度目が合う。
涙に濡れた頬のままで、キョンヒ様がこの目を覗き込む。
「本当か?」
「はい」
「本当に、もう忘れぬか?」
「・・・忘れません」

忘れられるか、こんなに人騒がせな姫を。
泣くは喚くは木から落ちるは待ち伏せするは、お陰でこちらの計画は台無しだ。

「ではまた逢いに来てくれるか?逢いに行っても良いか?」
「そ、それは」
「逢えねば忘れるのと変わりないではないか!」
ふぅぅ、とまた泣きそうに歪んだべそかき顔を見て、俺は慌てて頷いた。
「参ります」
嘘も方便だ。お帰り頂かねばならん。背に腹は代えられん。
「っ・・・本当か?」
「・・・はい」
「いつ?今日か?今日の帰りか?」
「は?」
「今日の帰りに来るか?皇宮への帰り途であろう?」
「そ、それはそうですが」
「今日だな?本当だな?待っているから、必ずだぞ?」
「いえ、あの」
「大丈夫だ、待っているから」

キョンヒ様は朝の太陽で乾き始めた涙の跡の残る頬を輝かせ、俺を見てにっこりと笑った。

「来ると信じて、待っているから」

 

 

 

 

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14 件のコメント

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    うわ~ かわいい 二人とも…
    ぽっぽの困り眉が見える…
    そして 困った姫様…だけど
    しぐさが オジサンには かわいく見えてくる~
    どうやら 魔法にかかったかしら?
    素敵な勘違いも 恋のうち。

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    こんなに、おなごに慕われたら 男冥利に尽きるぞ…
    隊長。
    キョンヒ姫様に 副隊長でなく
    隊長になったと、教えてあげたい(笑)

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    チュンソン,すっかりお姫様のペースに巻き込まれていますね( ´艸`)
    これだけ真っ直ぐに向かって来られると,避ける事も出来ないし。
    誠実な性格だから,無理やりの約束も守っちゃうよね(〃∇〃)
    お姫様が冗談じゃなく,本当に自分に一目惚れしていた事に気が付くのかな。
    帰り道どうなるのか楽しみにしています♪
    さらんさんは同世代が良いんですね(*^-^*)
    うちは1歳年下なんですが,主人は早生まれなのでほぼ2歳差なんです。
    学年は一つしか変わらないでしょ,と言っても,大人になったら学年じゃ無く実年齢だ!と子供じみた事を言う主人です(;^_^A
    (まっ,確かにそうかもしれないけど(笑))

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    さらんさん、こんにちは❤︎
    久々にスポーツジムに来て、身体を動かしながら拝読させて頂いています。
    宴席続きの今時期…なのでヽ(´o`;
    天真爛漫、まっすぐに育った姫君なのですね。
    人のいいチュンソクなら、まんまと彼女の我が儘に乗ってしまうのも、仕方の無いことでしょう。
    自分に無いものに惹かれるのが世の常ならば、今は姫君の言動に困惑しているチュンソクも、やがては彼女の明るさや素直さに魅力され、護りたくもなるはず!
    この後の、チュンソクの心の動きが気になります♪( ´θ`)ノ
    さらんさん、ご友人のこと、心配ですね。
    駆けつけたいお気持ち、よくわかります。
    ご友人の全快祝いに渡米できるよう、どうか、さらんさんもたくさん栄養をとられ、貧血からの脱却を!ヽ(´o`;

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    さらん 様
    こんにちは。
    もう、説明抜き。
    楽し過ぎる。
    チュンソクの眉が八の字に下がったままなのが、想像できて可笑しいよ~
    でも、姫を受けとめる辺りの話し方は大護軍かと思わせる格好良さ(^-^)/
    ふふ
    帰路、姫のお家に寄るのかしら
    そろそろウンスさんにもお会いたいわ(^w^)
    姫と気が合いそうよね♪
    キョンヒ姫のモデルはどなたかしら?
    馬医の淑徽公主をイメージしてみましたヨン(*^^*)
    カウルちゃんね

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    これね、ドタバタで可愛く始まり可愛く終わる予定だったのです。
    少なくとも最初はそう言う骨子でした(爆
    途中で心乱れ、どえらい方向へ走りだしましたが。
    ここから、何となーくキナくささ漂ってます・・・
    もう暫し、お付き合い頂けると嬉しいです❤

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    >パイナップルセージさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのですよー!
    未だに副隊長、副隊長と呼ばれるチュンソクw
    やはり鉄板の立ち位置。
    本当に、こんなに思われたら、倖せじゃあん!と思います( ´艸`)

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    >kumiさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ここまでは可愛いんですけどね…
    ここからしばらく、きな臭い感じが。
    しかし、ウンス登場の必要なプロセスという事でww
    もう暫しお付き合い頂けると嬉しいです(*v.v)。

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    >すんすんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    いやいや、もう1~2歳差なら同年代です。
    私の場合8歳上10歳上とか、逆に4つ下とか、一貫性がない事この上なく。
    今の相方は6歳上ですが、もう好きだったお菓子とか
    よく聴いた音楽とか見たTV、掠りもしねー‼という感じです(爆
    チュンソクはもう、ああ、鉄板なのねこの男は、という感じです。
    ここからしばし、リハビリを兼ねてシリアスもありつつ。
    お付き合い頂けると嬉しいです( ´艸`)

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    >muuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ここからしばし、チュンソクの揺れ。
    書いてたらああああーこっち方向に行くんだ!
    そうなんだチュンソク!さすがヨンの肚を読み続けた漢!と
    ある意味、褒めたいほど同じ轍を踏んづけております。
    いえ、もうオンニ登場のためには仕方ないのですが(ノ_-。)
    もう暫しこの鬱陶しくなって来たお話、お付き合い頂ければ嬉しいです( ´艸`)

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    >mamachanさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ああ、モデル!そうだ、今回は考えてもおらず・・・
    何となーく思っていたのは「太陽を抱く月」のナム・ボラちゃん(ミナ公主)
    のスーパー元気版wミナ公主も元気でしたがw
    淑徽公主も可愛いですね❤

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    >せーらさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    何となく想像していたのは「太陽を抱く月」の
    ミナ公主のスーパー元気版( ´艸`)です。
    イメージ伝わると、嬉しいなあ❤

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