2014-15 リクエスト | 香雪蘭・10

 

 

「どういう事」

回廊を足早に抜ける俺に追いつき、置いていかれぬようにと懸命な駆け足でこの方が小さく問うた。

「何か」
「何でさっき、チュンソク隊長の事をあんなに怒ったの?」
「勘違いでした」
その声に横のこの方の足がぴたりと止まる。
「ヨンア」
来た。
こうなればこの足はもう動かぬ。刻がないのに。

「わかってよ。好奇心じゃないの。病人を診るのに大切なのよ。科学的データが取れない以上、どんな小さな情報でもね。
姫様って誰?ヨンアは何を知ってるの?チュンソク隊長はその姫様の病気に、どんな風に絡んでるの?」
真直ぐな瞳に
「ですから勘違いで」
そう伝えてはみるが
「じゃあ勘違いでも、憶測でもいい。何であんなに怒ったの」

追及の声に、思わず深い息を吐く。
この方の前でうっかりチュンソクを叱責した判断誤り。
こうなった以上、お伝えするより他ない。

「チュンソクが、姫に婿入りすると噂がありました」
「・・・はぁ?」
間の抜けたこの方の合いの手に顎で頷く。

「私、全然知らなかったけど。そんな話があったの?」
「ええ。勘違いでしたが」
「そうだったんだ。じゃあその姫様はチュンソク隊長の恋・・・思い人?」
「いえ。そうした間柄では」
「なのに、婿入りの話があったの?」
「ええ」
「うーん。でもあなたがチュンソク隊長の胸ぐらを掴む?噂話だけで、恋人でもないのに?」

髪を揺らしながら首を傾げるこの方の、妙に鋭い指摘に肝を冷やす。
ご自身の色事には全く鈍い癖に、何故に人の事はこうも見えるのか。

「それは」
「ねえ、もしかして」
この方は、此方の眸を瞬きもせず覗き込んだ。
「そのお姫様は、チュンソク隊長に本気?そしてチュンソク隊長も?」
「・・・何故そのように」
「彼女を傷つけて病気にさせたって思って、あなた怒ったんじゃない?」

この鋭さは一体何なのだ。その勘をご自分に利かせて欲しい。
「・・・はい」
「分かった」
そう言って、この方は勢い良く歩きだした。
「しかし、勘違いで」
「ヨンアに勘違いをさせるような何かはあったのよね?」
「それは」
「もういい、あとは」

俺の前を走るように回廊を大門へと向かいつつ、この方は視線だけを此方に投げて言った。
「今から会って、お姫様に直接聞くから」

 

*****

 

門前の衛士へと訪問を告げる。
既に待ち侘びていたのだろう、門奥から飛び出して来た女人が
「医官さまでいらっしゃいますね」
すぐに息を弾ませ頷くこの方と俺を邸内へと招き入れた。

「ウンスと言います」
早足で庭を横切りながら、この方が名乗る。
「ハナと申します」
女人が案内の足を一瞬だけ止め、深く頭を下げた。そしてすぐにまた歩を速める。

「お姫様のお名前は」
歩きつつ、この方がハナと名乗った案内の女人へ問う。
「キョンヒ様です」
「キョンヒ様」
「はい」
「ハナさん」
「はい」
「誤解だといけないから先に聞いておきます。 キョンヒ様はもしかして、チュンソク隊長をお好きでは?何か知ってる?」
「え」

ハナと名乗った女人はぴたりと足を止め、目を丸くしてこの方をじっと見つめた。
「チュンソク様を、ご存じですか」
「もちろん」
この方が深く頷く。
「そしてこの人は」
そう言って、この方は斜め後ろの俺を振り向いて
「チュンソク隊長の上官よ。私も隊長の事は、副隊長の頃から知ってる」
「お、お待ちください」
女人が泡を食ったように目を瞠る。
「チュンソク様は、迂達赤副隊長ではないのですか」
「昔はね、今は隊長よ」
「え」
女人二人の会話の切れ目に俺は静かに入った。
そうでなくば、話が関係の無い官職へとずれて行きそうだ。

「御前にて敬姫様とお会いした折は某が迂達赤隊長、チュンソクは副隊長でした」
「そうだったのですか、私たちは知らずに」
その声に首を振る。
「この際、官位が問題とは思えませぬ」
「はい」
気を取り直したよう女人が頷く。切り替えは早いようだ。

「でね、さっきこの人、チュンソク隊長に掴みかかってた」
「イムジャ」
俺の制止も聞かず、この方は話し続ける。
正に立て板に水、滔々と流れる言葉は留まる処を知らずに溢れ続ける。

「多分、チュンソク隊長がキョンヒ様を傷つけたって。だからキョンヒ様が病気になったんじゃないかって」
この方の声に女人は首を振った。
「それは真でもあり、嘘でもあるかと思います」
「どういう事ですか?」
この方の問いかける声に、女人は冷静に返した。

「確かにチュンソク様は、姫様におっしゃいました。姫様が深く傷つくことを。
でもおっしゃったチュンソク様の方がそれを口にされ、姫様より深く傷ついたと思います」

女人の返答に此方を振り返るこの方に目を合わせ、俺は静かに頭を振った。
一体何を考えていたのだ、チュンソク。何を言ったのだ、あの姫に。

「なんて言ったの、チュンソク隊長は?」
その真っ直ぐなこの方の問いに女人は僅かに言い淀み、唇を数回開いては閉じる。
そして最後に決意するようそれを引き結ぶと
「嫌いです、と」

俺は驚きを隠せず、思わず息を呑む。
この方が心から驚いたように
「・・・あのチュンソク隊長が?女性に?嘘でしょ?」
小さく叫ぶように言った。

あのチュンソクが、己を慕う女人に嫌いだと告げた。
トクマンたちの前で婿にすると公言した姫に対して。
共に贋金を探し出した姫に対して。
優しいあの男では余程の理由がなくば有り得ぬ事だ。
それよりはましな断りの言葉を、知らぬわけがない。

このハナという女人の読みは、恐らく的を射ている。
それは真実であり、嘘でもある。
あの男は、諦めさせるために嫌われ役を買って出た。
それが元で今、姫は病床に臥せている。
それが故に姫は傷ついておられるが、奴はより深く。

しかし贋金を見つけた御前報告の後のあの態度。
そして俺が回廊で胸座を掴み上げた時のあの目。

選りによって翁主様の娘姫。己よりはるかに若いあの姫に。
思わず上げたこの指先で、眉間をきつく抑えつける。

どうするつもりだ、馬鹿が。

 

 

 

 

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