2014-15 リクエスト | 輪廻・2

 

 

病院の下まで走る。
その私たちの後ろから、刑事さんたちが小走りに付いてくる。
私は構わず病院の正面玄関でタクシーを止めた。
「オンマ、本当にありがとう。アッパにもよろしくね」
そう言いながら、曇り空の下、オンマをタクシーに乗せる。
「私の自宅、売ってほしいの。もしこの後、話せなかったらどんどん売っちゃっていいからね」
そう言う私に
「ウンスヤ。お願いだから、少しゆっくりして。 一度アッパも一緒に皆でゆっくり話そう?ね?」

慌てたようにタクシーの中から私の手を握りそう言うオンマに頷いて、出来る限り静かにタクシーのドアを閉める。
走りだした車に、最後に大きく手を振って。
行かなきゃ、そう思って走りだそうとした時、さりげなく一歩出たその足に私の爪先は止められた。
「お急ぎですか?」

2人の刑事さんが、困ったみたいに私を見てる。
「はい急いでます。これ以上何か」
「いえ、あなたをCOEXで攫った男について、出来ればもう少し、何か情報を教えて頂ければと」
「知りません、初めてあそこで会った人だし」
私は思い切り首を振った。

そう、それは本当。あなたと初めて会ったのはあそこだった。
居合わせた医療品セールスの男性の首を斬りつけて、私にその場で緊急オペをさせて。
挙句の果てには荷物みたいに私を肩に担いで、あの世界に連れて行って。

何度も離れて、それでも逢いたくて。
今はこんなに大切で、こんなに愛しているあなたに、初めて逢えた。

「だからもういいでしょ。私は被害者です。部分健忘って、ドクターの説明もありましたよね?
疲れてるんです、帰らせてください」
帰らせて、早く行かせて。
泣きだしそうなこの曇り空が、真っ暗になる前に。
「・・・分かりました。状況から見ておっしゃる通りです。
ただこの後、またお話を伺いに行くかもしれません」

年嵩の刑事さんは人好きのする穏やかな笑顔を私に向けながら静かに言って、胸元から名刺を出した。
続いてもう一人の、全く話さない若い刑事さんが。
「分かりました。しばらくは休職すると思います。勤務先に今回の診断結果が届けば手術も出来ませんし。
いらっしゃる時は、勤務先の病院にご連絡ください」
その言葉に2人の刑事さんは頷いた。ああ、でも。
「お願いがあります」
私のその言葉に、年嵩の刑事さんが笑いながら頷いた。
「何ですか」
「図々しいお願いですけど・・・実はあの、攫われている間に荷物もなくしちゃったみたいで、お財布もないし」

ゴメンね、あなたを悪者に仕立てるつもりはないのよ。
でも嘘も方便って、教えてくれたのはあなたよね?
心の中で手を合わせながら、刑事さんに訴える。
「出来れば、奉恩寺まで送ってもらえませんか?」
「奉恩寺?」

若い刑事さんが、初めて一言だけ話した。
私はその低い声に、こくこくと頷いた。
「ご自宅ではなく、奉恩寺に?」
「・・・はい、そこまでの記憶はあるんです。だから行けば、何か思い出せるかも」
私の半分作り話のデタラメに、若い刑事さんが頷く。
「ユン先輩、後は自分が。先に戻って下さい」
若い刑事さんの言葉に、ユン先輩と呼ばれた年嵩の刑事さんが
「いいのか?大丈夫か?」
そう若い刑事さんに問いかけた。
「終わったらすぐに、署に戻ります」
「分かった、じゃあ任せるぞ」
「はい」
若い刑事さんは頷くと年嵩の刑事さんに頭を下げ、そのまま私に振り向いた。
「行きましょう」
そう言って歩きだす背中を、私は小走りに追った。

奉恩寺の前に停めてもらうと同時に車から飛び出て
「ありがとうございました!」
そう叫んで、助手席のドアを叩きつけるように閉めて。

駆け込んだ奉恩寺の境内を、真っ直ぐに走り抜ける。
もう辺りは暗くなって来てる。早く、早く、早く、早く。

そしてあの白い大仏様の足元まで走って。
ぐるりと、大理石の足台を回り込んで。

 

その光景に、私は息を呑んで固まった。

そんなの嘘。嘘に決まってる。嘘に決まってる。

天門が、閉まってる。

白い光も、強い風もない。

あの人に帰るはずの道が、今までいつだって開いてたはずの門が。
私はその場にぺたんと座り込む。

座り込んで、大理石を掌で叩く。
ぺちん。掌に感じるのは、冷たくて硬い石の感触だけ。

嘘よね。

だって、だって閉まったら、 閉まっちゃったら、次はいつ開くの?

ここからどうやって、あなたのところに帰ればいいの?

ぺちん、ぺちん。
ねえ、開けて。開けてよ、早く帰らせて。
「・・・ヨンア」
ぺちんぺちん。
「ヨンア」
ねえ、聞こえてるよね?
「ヨンア、ねえ・・・」

ぺちんぺちんと叩きながら、声を掛ける。
「ねえ、ヨンア・・・ヨンア、ねえ」

聞こえてるよね?そこにいるよね?ねえ、開けて。
1人で来ちゃってごめん。あなたも挨拶したがったのに私だけが来たから、ちょっと怒った?
帰るから。オンマにはちゃんと挨拶したから、開けてよ。

「開けて、ヨンア」
「ユさん」

聞き慣れない靴音が近づいてくる。

「ねえ、開けて、ヨンア」
握った拳で、叩いてみる。どん。
「ヨンア」
どん、どん。
「ヨンア、開けて」
どんどん、どんどん。

「ユ・ウンスさん」

ヨンア、ねえ誰かが久しぶりに私を呼んでる。
あなたの声じゃない誰かが、私を呼んでるの。
そんなことあり得ない。私が呼んでほしいのは、あなたの声にだけ。
「ヨンア、ヨンア、ねえ」

暗い空が泣きだした。

ぽつん。
初めての雨粒が、私の頬に落ちてくる。

─── 何が好きですか。
─── 雨が降りだす瞬間。雨粒がぽつんと当たって、あれ?って

「ヨンア、ヨンア、ねえ!ヨンア!」

こんなの嫌、こんなの嫌。
雨は、あなたが一緒じゃなきゃ。
一緒に頬に雨粒を感じて2人で空を見上げて、目を見交わして笑い合わなきゃ。

「ヨンア、ねえヨンア!!ヨンア!!」
狂ったみたいに大理石を叩いて、私は叫ぶ。
「ヨンア、ねえ、ねえヨンア!!ヨンア!!!」
「ユ・ウンス!!」

誰かが私を抱き締める、その腕はあなたの腕じゃない。
血だらけの私の拳を守るみたいに、纏めて手首を握る手が邪魔。
私はその手を振り解こうとしてもがく。触らないで。触らないで。

「ヨンア!!!」

声を限りに冷たい石にそう叫んでも、あの白い光も強い風も、あなたの笑顔も香りも声も、私には届かない。

次々に落ちてくる涙雨、冷たい雨に打たれながら、誰かに抱き締められながら、私は叫び続けた。

「ヨンア!!!」

 

 

 

 

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