2014-15 リクエスト | 迂達赤奇譚 -木春菊-・4

 

 

「医仙」
扉の外で、声がする。
「はい?」
返事をすると、テマン君がひょっこり顔を覗かせた。

「飯です、隊長が運べと」
そう言って包みを上げて見せる。
「嬉しい、お腹空いてたの!どうぞ入って」
私が手招きすると、テマン君は素直に部屋へ入って来た。
「ありがとう」
私が包みを受け取るとにこにこ笑いながら
「隊長は、康安殿に行きます。医仙は絶対に部屋から外へ出るなって、言ってました」

その言葉に鼻に皺を寄せると、テマン君は首を振った。
「今は辛抱して下さい」
「だって、子供じゃないのよ?部屋から出るなって・・・」
「少しの辛抱です」

確かに、危ないからってここへ来た。
国医大使の席を提案して下さった王様のお声を蹴って。
あの人の傍が一番安心だから、一番安全だから。
私が他のどこよりも、一番いたいところだから。
絶対に生きて、生き抜いて一緒にいたい人だから。

今一番やらなきゃいけないのは解毒薬の培養。それだって判ってる。
だけどそれに必要なのは時間なんだから、その間は何をやったっていいと思うんだけどな。
うーん、と思わず声が出る。

「勝手に出たら、怒られるよね」
「で、出られません」
「何で?」
「俺が見張るから」
テマン君は自信満々に、そう言って笑う。

「そうかあ。でもね、テマン君?」
「はい」
「もしお手洗いを使いたくなったら、どうしよう」
「・・・え・・・」

私の一言にテマン君が耳も顔も赤くする。いつもなら真っ直ぐな目が、珍しくうろうろ泳いでる。
「そ、それは」
「あの人が戻ってくるまで、我慢しなきゃ駄目?」
「で、ででも、あの」
「お手洗いを我慢するのは、とーっても体に悪いわ」
「ええ、え、とそれはででも」
「医者の私が言うんだもん、ほんとよ」
「う、うう、いそん、でも」
「それでも、出ちゃ駄目なのかなあ」
「そそれは、良いと」

やった。私はぱちんと両手を合わせた。
「ありがと、テマナ」
「でで、でも手洗いだけです、あとは」
「分かってる、ちゃんと部屋にいるわ」
そうよ、今のところはね。心配かけに来たわけじゃないもん。

 

康安殿より兵舎へ戻り、吹抜けへ踏み込んだ眸に映る光景。
呆気に取られ、思わず其処をじっと見た。
「隊長」
走り寄って来たテマンが、俺に向かい頭を下げる。
「すみません、お、俺止めたんですが」
「判ってる」

それだけ言って頷く。ああ、判っている。
こいつは絶対に止めたはずだ。
そしてあの方に押し切られ、仕方なく許したのだろう。

目の前で兵らを相手に、面白可笑しい話を大きな身振り手振りで楽し気に話し続けるあの方に。

「そんな勇気のある男が、天界にも居るのですか」
「いやあ凄い。隊長も顔負けの強さではないですか」
「もっともだ、一太刀で敵を四人も斬るなど」
「それで、そこでその武官が言うのよ、ここには王命を授かった者はいない、ここにいるのは」

其処で俺に気付いたあの方が、生木の段から腰を上げ此方に向かって駆けて来た。
それに気付いた奴らも、慌てたように続いて走り寄る。
「お帰りなさい、隊長」
「お疲れ様です!」

もう何も言う気になれん。
部屋にいろと伝え、それに従って下さると思うた己が甘かった。
そうだ。今までもこの手で何度肩透かしを喰らったか。
例えお命が危険だろうと、毒に侵されておろうと変わらない。この方はそういう方だ。

無言で階を上がり、上階へと向かう。
テマンがその背で
「医仙、医仙」
小声であの方を呼び、二人が慌てて後ろを上がって来るのを感じつつ、振り返らず真直ぐ私室へ戻る。

部屋に入り、黙ったまま鬼剣を壁の刀掛へ戻す。
すぐ後から入って来たこの方が、俺の手許を見ている。
「あのね、隊長」

それを無視して、ばさりと音を立て上衣を脱ぐ。
翻った長い上着の影に、小さい姿も声も消える。
「私がお手洗いに行くって言って、外に出たのよ」

返答すらせずに、脱いだ上衣を衣掛に掛ける。
この方は続く無言に痺れを切らしたか、前へ回り込んで来る。
「どうして無視するの?」

この方の声に首を振り、真直ぐその目を見つめ返す。
「俺の言葉を無視しているのは誰だ」
「だって、お手洗いの帰りに下にいた皆に声を掛けられて」
「声を掛けられれば誰とでも話すのですか」
「だって、迂達赤の皆じゃない」
「わざわざ下りて行って」
「じゃあ皆が上がってきて、ここで話した方が良かった?」

ああ、何処まで行っても話が交わらん。
「兎も角もまずはやるべきことを。部屋から出ず」
「解毒薬はね、そんなにやること、今はないの。決まった時間に培養の状態を確認するくらいしか」
「では他の時間は、体を休めて下さい」
「そんなずうっと寝てたら体がなまっちゃう。少しは動かないと抵抗力だって体力だって落ちるわ」

此方の心配など全く意に関しておらん。
もうこういう方だとは判ってはいたが。

「判りました」
こうして根負けして、結局譲るのはいつでも俺だ。
「しかしこの兵舎の中だけです。兵の治療も不要。一切出ずに。
何かあればすぐに俺が、俺の不在時には見張りの兵が気づくよう」
頷くこの方を目の前に、扉へ歩を進め思い切り開く。

段々畑のように顔を並べ聞き耳を立てていた兵たちが慌てたように顔を逸らし、部屋の前から立ちあがる。

「ほら見ろ、トクマニ、こんなに埃が」
「な、何言ってるんだトルベ。ここの当番はテマナだろ」
「え、え、お俺は」
「全く仕方ないな、テマナは」
「お前が言うな」

口々にそんな戯言を吐きながら、そそくさと去る背を見詰める。
この方にしても、奴らにしても。

俺は息を吐き、扉から手を離した。

 

******

 

「ヨンア?」

乱暴に押し開いた扉外は、此度は無人のままだ。
俺は部屋内からかかる声に振り向いた。

三和土の縁に座り、不思議そうに俺を見ている姿。
「どうしたの?急に扉、開けたりして」
「・・・いえ」
答えつつ、閉まる扉から離れて首を振る。
いつも肝心な時に邪魔が入るのはよく知っている。

「ご不便をおかけし、申し訳ないと」
「そんな事ないわよ。懐かしいじゃない。2人でここにいるの」
この方は微笑みながら言って、本当に懐かし気に部屋を見回す。

「呼び出しは俺だけです。イムジャは宅へ戻っても」
「あなたは忙しそうね」
「軍議で慌ただしい故、一人にさせます。宅に」

三和土へと寄るとこの方は此方を見上げて首を振り
「ううん、今は皇宮にいたいの。媽媽のご体調が少し心配だから」
俺に気を遣っているのか、そんな風におっしゃる。

「深刻な御容体なのですか」
「それなら典医寺から出ないわ、大丈夫。季節の変わり目で少し風邪気味でいらっしゃるだけ」
そう教えられ、ほっと息を吐く。
王妃媽媽に大事あらば、王様のお心が乱れてしまわれる。
「薬湯を飲んで頂くだけ。私は万一のために待機してるの。
でもあなたがここにいるし、今は典医寺も患者が多いし。
出来れば典医寺じゃなくて、私もここから坤成殿に通いたいな。駄目?」

真直ぐなな目で見つめられ、そんな声で頼まれて断れる訳がない。
「それは」
「それは?」
「俺が、いるから」
懐かしさに問うてみる。覚えているだろうか。
「そう、あなたがいるから。だから」

あなたがこの眸を見つめて返す。
「ここにいてもいいですか、隊長?」

懐かしい呼び名に思わず目許が緩む。
「一番安心だから。剣はないけど、メスならあるし。ただで居させてもらおうなんて思わない。
皆の健康診断も治療もするわ。もともと椅子2つでもよく眠れるタイプだし」

そうだ。
あの時この方は小さな体に大きな鎧を着こみ、剣を下げてあの窓際、敬礼し同じ事をおっしゃった。

「此処に」
俺が一歩寄ると
「うん、ここに」
あの時は後ずさったあなたは此度は下がらずに、あの時よりもずっと優しげな瞳で微笑んだ。
「だからここで、一緒にいて。私だけ、家に帰そうとしないで」

あの夜に出逢えたことで今の全てが始まった。
そうだ。今は命の限り、誰よりも傍で護れる。
もうどこへも行かせない。この手を離さない。
小さなこの体が毒に侵されていることもない。
門が開く日を、焦って数えて待つこともない。

どれほど触れてもこの夢が醒めることはない。

「ヨンア、どうしたの」
小さな手が心配げにそっと頬に触れ、慌ててあなたから眸を逸らす。
「何でもありません」

ただ思い出しただけだ。
今、倖せ過ぎるだけだ。

 

 

 

 

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