2014-15 リクエスト | 蓮華・8

 

 

テントの入り口には多分、アン・ジェ隊長を運んで来てくれたあの皆が待っていると思った。
もう大丈夫、そう伝えてあげたかった。
彼らは、確かにテントの目の前で立ったまま待ってた。
焚かれた篝火が揺れる、その光の輪の中で。

だけどそれどころじゃない。何人いるの?
見渡す限り、人、人、人の波。
私は驚いて、きょろきょろあたりを見渡した。
こんなにいっぱい人がいるなんて知らなかった。
手術中、こんな大勢が集まっているような物音には全然気づかなかった。

そんな私にテントの入り口の篝火の真横、立っていた鎧姿のあなたが静かに近寄ってきた。
「イムジャ」
そう呼ばれて力が抜ける。でもここでへたり込めない。
意識して足を踏ん張って、私はその声ににっこり笑う。
そして目の前のあなたと、待っていたみんなに告げる。
「まだ隊長は中で眠っています。でも大丈夫。じき目が覚めます。手術はうまく行きました」
その場に、大きな歓喜の声が上がる。
緊張感の解けた空気にほっとして、私はテント裏へと回る。
少し離れて、その後ろをあなたが付いてくる。

テント裏の大きな石にぺたんと座り込むと、あなたは私の横に少し離れて腰を下ろす。
私はしばらく黙ったままで、暮れた空をぼおっと見上げた。
良かった、助けられた。良かった、助けられた。
その言葉だけが、頭の中をくるくる回る。
あなたの友達を助けられた。あなたのパートナーの1人を失わないで済んだ。

大きく息を吐くと、あなたが少しだけ私に近づいた。
そして私の手に、あなたの大きな手が乗った。
「ありがとうございました」
そう言って、その手がそっと握られる。私が目を戻すと、あなたはじっと私を見ていた。
「廿の頃から見知っています。共に戦場で戦うようになり、五年です」
独り言みたいに低く囁くあなたの声を、静かに聞く。

「イムジャのおかげで失わず済んだ。あなたが居てくれねば。
もしも行き違いで、すでにここを出立していれば」
その声に、首を振る。
「それなら、他の医官が手術してくれた」
「それではここまで信用できたか、自信はない」
「帰ってないのに、怒らないの?」
あなたは首を振って、静かに笑った。

「あ奴が斬られた時思うた。あそこへ運べばあなたが居る。
辿り着きさえすれば大丈夫だと。だから即刻運べと指示が飛ばせた」
その声に、私は頷いた。
「それにはすごく助かった。出血量もすぐ分かったしね。あなたの大切な友達を失わないで済んで、ほんとに嬉しい」
「・・・いて下さい」
「え?」

あなたは、じっと私を見て言った。
「アンジェの容態が、もう大丈夫と判じられるまで」
「いいの?」
「もう大方の兵が先刻あなたを見た。あなたの事ですから今更アン・ジェを此処に放って帰れと言っても辛いだけでしょう」
「・・・ありがとう」
こうして迷惑かけてるのに、それでも私の事しか考えないで。
いつだってそう。自分のことなんてどうでもいい人。保身も、嘘も、考えつきもしない人。
「どうにかします。奴らにだけは咎が及ばぬよう」

その声に、私は頷いた。もうしない。
そして私の今回の行動のせいであなたに何が起きても、いつだってずっと一緒にいるから。
私で背負える罰なら、全部私だけが受けるから。
その時さわさわと聞こえ始めたテントの中の人声に気付く。
「アン・ジェ隊長、起きたかも。一緒に来る?」
私がそう尋ねると
「良いのですか」

その遠慮がちな声に、少し笑う。
「うん、少しだけなら。さっきの8人も、顔だけ見てもらおうか」
そう言って腰を上げる。立ちっぱなしの6時間以上の手術。思ったよりも疲れてる。
「行こう、ヨンア」
そう言うと、あの人が私の横でゆっくりと頷き立ち上がった。

テントの表に戻って、さっき戸板を運んだみんなに
「起きたと思う、少しだけ顔を見せてあげて?」
そう言うと、彼らは本当に嬉しそうに笑う。
「会えるのですか」
「うん、あまり話せないけど、顔は見えるわ」
「ありがとうございます!」
彼らが嬉しそうに笑うから、ああ、アン・ジェ隊長もこの人と同じだとふと思う。
皆が心配してる。皆が支えてくれてる。
良かった、助かって嬉しく思ってくれる人がアン・ジェ隊長の周りにもこんなにたくさんいる。

私たちは入り口から中へ入る。室内を片付ける薬員が振り返り、笑って頷いた。
「目覚めていらっしゃいます。まだお話は少ないですが」
私はその声に笑い返した後、皆を振り向いた。
「じゃあみんな、手を洗って下さい」
猪蹄湯の器を指すと、皆が素直に手を洗いに行く。
鎧姿の大きな男性がぞろぞろと並ぶ姿に微笑んで、私も手を消毒した。
そして新しい布を部屋の隅から取りあげてマスクの代わりに巻くと、皆にも巻いてもらう。

準備を終えて寝台横にみんなが並ぶと、
「アン・ジェ隊長」
彼に静かにそう声を掛ける。

アン・ジェ隊長が、ゆっくり目を開ける。

「隊長!」
「隊長、大丈夫ですか」
みんなが次々に名前を呼ぶ。その顔をひとつひとつ見渡しながら、アン・ジェ隊長はゆっくり頷いた。
「ああ、大丈夫だ。お前ら誰も怪我はないか」
皆がそれにしっかり頷くのを見て、隊長が息を吐く。
「安心した」

その最後にあの人が、苦く微笑んで手を出す。
「アン・ジェ」
その手を腕相撲みたいに握り返して、アン・ジェ隊長が呟く。
「チェ・ヨン」
「肝が冷えた」
「ああ、この医の神のおかげだ」
その声にその場にいた兵が皆、それぞれに頷く。
「戻れるまで、鷹揚隊を頼んだ」
「心配せず休め」

2人の短い会話の終わりに、私はそっと入った。
「アン・ジェ隊長、もう少し寝てね。明日になればもっと元気になれる」
そう言うとアン・ジェ隊長は笑って頷いた。そして
「副長」
そう呼ばれた1人が、アン・ジェ隊長の顔を覗き込んだ。
「はい、隊長」
「大護軍の指示を聞け。良いな」
「お任せください」
「この医の神、神医を守れ」
「はい」

そこまで聞くとアン・ジェ隊長は、微笑んで目を閉じた。
「遠慮なく寝てやる。怪我の功名だ」
その声にみんなが少し笑った。
他の医官が静かに寄ってアン・ジェ隊長の寝台の横の私に頷く。私は頷き返してあなたに言った。
「じゃあ、外に出ようか」
あなたが頷き、副長と呼ばれた人に顎で静かに出入り口を示す。
副長さんが頷き返し、兵たちを連れて外へ出た。
「ウンス殿も今日はお帰りください。 後は私たちが拝見します」
ミンさんの声に頷くと
「お願いします。心拍と呼吸数と発熱に気をつけて」
「はい」
頷き返す顔を見てあの人に目を戻すと、あの人が微笑んで私の背にそっと手を当て、外へと押してくれる。
その手に支えられて、私は一歩踏み出した。

テントの外に出ると、人波は減る事なく私たちを待っていた。
そして副長と呼ばれたさっきの人が私たちに深く頭を下げた。
「大護軍」
「明日がある。お前らも戻れ」
「神医」
「・・・え」
「本当に、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
副長さんの声に人波が一斉に頭を下げる。
「礼なら乗り切ったアン・ジェに言え」
あの人が静かに告げる。
「はい!」
「明日負ければ、顔向けできん」
「はい!」
「勝つぞ、奴のためにも」
「はい!!」
「解散!」

あの人のその声に最後にもう一度深々と頭を下げた人波が、名残惜しそうにゆっくり散っていく。
はあっと溜息をついた途端に、足元がふらついた。
「イムジャ」
慌てて、私の腕を引き上げるように掴んだあの人が
「テマナ」
そう呼ぶと、テマンの影が走り寄る。
「はい大護軍」
「チュンソクに報告してくれ。アン・ジェは心配ない。明日の相談がある、天幕へ来いと」
「はい!」
頷いたテマンの影が、あっという間に陣の人波に紛れる。

「歩けますか」
腕を支えるあの人が、心配げに私を見遣る。
「うん、安心しただけ」
腕を支えるその手をそっと押さえてポンポンと叩き、静かに解く。
「大丈夫。1人で歩ける」

そう言って微笑んだ私に頷くと、その手がゆっくり離れる。
私たちは陣の中を、並んで歩き始めた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

  • やっばりウンスさんは素晴らしいです。
    あのまま帰っちゃうことになってたら、ウンスさんは単なる困ったちゃんですよ~。
    いやー、「ウンス応援隊」の私としてはほっと安心しました。
    彼女の素晴らしさを再発見してほしいです。

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