2014-15 リクエスト | 蓮華・5

 

 

当然だけど、戦地の兵の手術は基本全て外科手術。
あの時は陣に潜り込む口実のつもりだったけど、麻酔薬と止血剤の薬草をありったけ買い込んで来ておいて良かった。
足りなくなることは暫くなさそうだと言ってくれた薬員のみんなの言葉を信じて、手術を黙々とこなす。
兵のみんなの我慢強さを見ては、さすがあの人が鍛えてるだけあると、少しおかしくなるくらいだった。

夕方になると、小さな傷を負って陣に戻って来る兵が増える。
小さな傷と言っても未来なら2~3針は縫うレベルの傷。
腕に、頬に、指先にそんな傷を負った彼らは、治療室のテントの前を平気な顔で素通りしていく。
この時代、破傷風の注射も受けいない。少しの傷でも化膿する。
それが怖くてテントの前で張り込んでは、少しでも目立つ傷を負った兵のみんなに声を掛ける。
「その傷。治療しておいてください」

急に聞こえる私の、というか女性の声に驚いたようにギョっとして、ほとんどはそこで足を止める。
そして首を振る。
「いえ、これくらいは何時もの事ですから」
私は首を振って、その声の主を軽く睨む。
「明日は良くても1週間後、熱が出て戦場に立てなくなれば皆が困ります。今すぐ」

そう言って、後ろの治療室のテントを指差す。
「消毒と治療、受けてください。早くね?」
にこっと笑って付け足すとほとんどはつられたように笑って、素直にテントの中へ入ってくれる。

ここに来た最初の日の夕方。
そんな風にテントの前で張っているところで、すぐ脇にあるあの大きな扉の辺りで、ざわざわと声が起きた。
「大護軍たちが戻られるぞ!」
「大門を開け!!急げ!!」
そんな大声と共に兵が6人がかりで、あの大きな扉を押し開く姿が見える。
大きく鈍い、軋むような音で扉が開く。

すぐにそこから、馬に乗った兵士たちが駆け込んできた。
私は慌ててテントの影に隠れる。

先頭を走っているのは、この距離からでもすぐ分かる。
少し離れてただけなのに心が痛くなるくらい懐かしい、馬に跨る姿を見るだけで涙が出るくらい嬉しいあの人の鎧姿がちゃんと見えた。

無事だった。今日も無事で、ああして戻ってきた。
あの人は門まで駆けるとそこへ止まって、後続のみんなが全員門の中に入るまで鬼剣を手に下げている。

最後の兵の馬が駆け込むと同時に門番の兵に頷いて自分も馬の首を戻して、陣の中へ入って来る。
その後ろで、あの大門の扉が軋む音を立てて閉められていく。

駆けて行きたい。行って様子を見たい。
きちんと脈診して今日も大丈夫だって、心も体もいつもみたいに元気だってきちんと知りたい。でも。

でもそれは、許されないはずだから。
ここにいないはずの私が、そんな事しちゃ駄目だから。
ぎゅっと拳を握って、テントの中に戻る。
「見てきたの、多分このテント裏で寝られるはず。筵と毛布があれば大丈夫。余分の用意あるかな?」
その声に、他の皆がぎょっとしたように振り向く。
「それは駄目です、ウ・・・医官殿!」
治療中の兵がいるせいかミンさんが遠慮して、名前は呼ばずにそう言ってくれた。

「医官殿が外で寝るくらいなら、私たちが外で寝ます!」
皆が口々に、そうだそうだと言い募る。
「ん~じゃあ、仕切りを作ろう!」
私がそう言ってポンと手を打つと、皆がその提案に目を瞠る。
「仕切、ですか」
「うん、カー・・・えっと、布と衝立で。どう?」
「私たちは構いませんがウ・・・医官殿は、それで良いのですか」
その言葉に私は頷いた。
「屋根のあるところで眠れるだけでいいの。戦場だもん。贅沢なんて言わないわ」
そう言った私に、皆が笑って頷く。
「なるべく時間が被らぬよう、就寝時間を調節します」
ミンさんの配慮の言葉に、
「ありがとう」
私は笑って頭を下げた。

休憩、手術、テント外の見張り、そしてあの人の姿を見て1日を終えて。
そんな風に3日が過ぎた。

鎧の上から矢が刺さった人。
鎧から剥き出しになった腕に刀傷を負った人。
槍で突かれたような、浅いけれど広範囲の創部の人。

そんな人たちを視診し脈診し、治療して3日目の夕方。
皆が帰って、最後にあの人が大門を入るのを確かめて、私はほっとしながら陣の塀沿いの隅っこを歩いていた。
傷を負った人。容態が急変している人。そんな人を見逃していないか、篝火の光に紛れて周囲を確認しながら。

そんな時、反対側から周囲をきょろきょろ見渡す影に出くわした。
私もその影もよそ見していて、お互いに軽くぶつかり
「あ、ごめんなさい」
「済まん」

ほぼ同時に声を掛けあい、そして顔を見合わせた。あまりに聞き慣れたその声に。

落ちそうに目をカッと見開いたその顔を確かめて。
チュンソク隊長。ああ、見つかった。
いつかはそうなるかもと覚悟はしてたけど。

大きな声で諭されその場に足止めされて、チュンソク隊長の吹いた合図の笛であの人とテマンが駆けつけた。
あの人の目は篝火の灯の中で怖い程真っ直ぐ私を見てた。

背を押され、あの人のテントに移動して。

二人きりで向かい合って、あの人は静かに、でもだからこそ本当に怒ってると分かる声で。
もしかしたら私に絶望したかもしれない口調で私を諭し、現状を伝えた。

私はプロフェッショナルであるこの人の領域に土足で踏み込んで蹂躙したんだ。
自己満足のためにこの人の部下も、この人自身も今、危険に晒してるんだ。

それでも今ここにいる限りは。
「ヨンア」
「何だ」
「脈、見せて」
その声にこの人が唖然とした表情でこっちを見る。
「ここまで言うても判らんか」
「今ここにいるんだもの。やらなきゃいけない事をやる」

そう言って私は席を立ち、テーブルの向こうのこの人の脇、その床に膝をつく。
目の高さを合わせて、頬に手を伸ばす。
変わらない暖かさ。額に手を当てる。目を覗き込む。
黒い瞳を真っ直ぐ見つめたまま、私は心から告げる。

「本当にごめんなさい」

不意を突かれたように、この人の瞳の奥が揺れる。

そのまま手首に、首に指を当てて、脈を見る。
大丈夫。浮きも沈みもせず、早くも遅くもなく。
いつものこの人の、温かい肌の下の優しい脈動。
愛するこの人の心臓が動いている、生きてる証。

滑らかな浅黒い肌には、見る限りどこにも傷はない。あの大切な、眉毛の傷以外には。
そこまで確認し、安心して息を吐く。

良かった、ほんとに良かった。
こうやってずっと触れていたいけど、許されないから。
「大丈夫、いつもと変わらない。安心した。診せてくれてありがとう」
私がそっと脈診した指を離そうとした瞬間に。

その手首が掴まれて、次の瞬間ガツンと衝撃が来る。
鎧の胸に強く引き寄せられて、バランスを失って、顎のどこか変な場所が鎧の固いところに当たった。

「怒っているんだ、判っているか」

力一杯抱き締められて、床についた膝が痛い。鎧の固い胸板に当たっている頬も痛い。
大きな掌で強く抑えられたうなじも痛い。どうにか身動きしようにも、全然動けない。

ただその鎧の背に腕を回すだけで精いっぱい。
「分かってる」
どうにかそうして声を出すだけで精いっぱい。

「食べていたか」
「うん」
「何処で寝ていた」
「典医寺の、治療室のテントで」
「・・・男医官たちとか!」
「ううん、皆が就寝時間をずらしてくれた。私が寝てる時は、皆は診察してくれてた」
その声にこの人は大きく息を吐く。
「本当に勘弁してくれ」
「ごめん」
「ごめんで済むか!」
「うん」

この人が震えてる。思い切り抱き締められたその鎧の胸が小さく震えているのに気付く。
今になってうなじを押さえ込んだその掌が、びっしょりと冷汗をかいているのに気付く。

「ヨンア」
「・・・何だ」
「愛してる」

そう伝えると私の体を抱き締める腕に、なおさら力が篭る。

「ならばもう、二度とするな」
「・・・うん」
私がどうにか言って頷くと、ようやくその腕は少し緩む。

少し動けるようになって、腕の中から顔を上げる。
この人の黒い瞳が降って来る。
その目許が、ようやく緩むのを見る。
次の瞬間真顔に戻ると、この人は床に膝をついたままの私の両脇に手を入れて軽々と立ち上がらせ、自分も椅子を立つ。

「テマナ」
そう呼ぶ声と同時に、テントの入り口からテマンが滑り込む。
「はい大護軍!」
「チュンソクとアン・ジェを呼べ」
「はい!」

次の瞬間、テマンはテントの入り口から、まるで魔法みたいに素早く外へと消えて行った。

 

 

 

 

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