【 龍の咆哮 】
「医仙、まずは皆さんに話を」
「分かってる」
康安殿で王様にお会いしたキム先生と、坤成殿から出た私は回廊で合流する。
2人で大急ぎで、そのまま典医寺へ戻る。
回廊ですれ違う武閣氏のお姉さんたちが慌てて脇へ寄り、驚いたように私たちを見る。
その皆に中途半端に手を振って、私はキム先生と回廊を駆ける。
典医寺の私の部屋の中。
キム先生と私が椅子に腰掛けるか腰掛けないかのタイミングで、あの人がチュンソク隊長と一緒に大股で入って来る。
「イ・・・医仙」
珍しく緊張したあなたの声に頷く。
トギが驚いたみたいに皆にお茶を持ってくる。
テマンが扉の外から、慌てたあなたの様子を心配そうに見てる。
出ていこうとしたトギの背に私は声を掛ける。
「待って、トギ」
トギがぴたりと止まってこっちを振り向く。
「テマナ、入って。トギにもいてほしいの。そしてこれからする話は、誰にもまだ言わないで」
テマンが驚いたように頷くと、心配そうなトギと並んで2人で部屋の隅に立つ。
その時扉の外から、叔母様が滑り込んでくる。
鋭い目で部屋中を見渡すと、最後に私とキム先生に小さくはっきりと頷いた。
私は息を吸って、吐いて。吸って、吐いて。
最後に私の向かいの椅子に座ったあなたが、心配そうに見詰めるその目をしっかり見て頷いてから、部屋の中の皆に言った。
「媽媽が、ご懐妊されました」
******
部屋中の目が私に集まる。
まずあなたの目が驚いたように見開かれて。
チュンソク隊長が幾度も瞬いて。
テマンが横のトギに目で尋ねて、トギが首を振って。
キム先生は目を閉じ溜息をついて。
最後に叔母様が、私から目を逸らさずに訊いた。
「これからどうなるのですか」
「媽媽は今、妊娠10週目。これからのことが全て周産期通りに進めば、あと30週・・・210日後にご出産の予定です」
210日と言う具体的な言葉で、室内に動揺が広がる。
「十月十日と昔より言いますが、早くはないですか」
これは絶対言われると思ってた。私は叔母様の声に頷いた。
「十月十日っていうのは、単純に最終月経日から数えての事です。それから、ひと月は28日で計算するので」
叔母様は曖昧に頷いて、なおも尋ねる。
「今現在、最も気をつけるべきは何でしょう」
「妊娠初期ですから、走らない、転ばない、体を温める。胎盤の成長期なので、肝臓に血を集める為に横になる。
長時間の起立姿勢だけじゃなく、椅子に座りすぎるのも 出来れば避けて下さい。精神的な緊張も良くないです。
あとはお食事。これは水刺房に直接お伝えしますが、葉酸とビタミンE・・・んー、と、緑黄色野菜、豆、海苔、レバー類、ゴマ、くるみ、雲丹、卵黄?
あとはお茶の粉末が良いんです。ゴマと乾燥海苔とあわせて、常備菜でふりかけでも作ってもらおうかな」
半ば独り言交じりの私の声に、あなたが首を振った。
「・・・とにかく、あと二百と十日なのですね」
「うん」
「王様は既にその慶日をご存じですか」
私が答える前にキム先生が、あなたの声に首を振る。
「それについてもお話したく、お集まり頂きました。チェ・ヨン殿」
「何だ」
ただ事じゃないキム先生の声に、椅子の上のあなたが先生に体ごと向き直る。
「王様には、まだご懐妊をお伝えしておりません」
「待て」
あなたの厳しい声が飛ぶ。
「では典医寺は全員揃って、王様を謀っているということか」
その声に、私は慌てて首を振る。
「待って、ヨ・・・いえ、大護軍」
「はい」
「これは、媽媽のご希望なの」
「どういう事です」
これは話すと長いんだけどな・・・と思いながら、息を吐く。
「まず流産について。自然流産は妊娠12週までに全体の90%以上が起こるの。
そのうち75%は妊娠8週目までに。つまり目安としては1つ目が妊娠8週、2つ目が12週。
ここを超えると、流産の確率はかなり低くなるのよ」
「つまりご懐妊後に日が経てば経つほど御子は流れにくくなる。正しいですか」
賢いこの人の簡潔な纏めに、私はぱちんと手を合わせた。
「そうそう、そう言う事。今回10週目で皆に集まってもらったその理由はそこなの。
1つ目の山を越えたから次は12週、2週間後よ。
そこまで何もなければお子様も媽媽も最初の難関を越えた、とっても頑張ったってこと」
「医仙」
3週間前。妊娠7週の時点で媽媽ご自身はお気づきになっていた。
「・・・これは、もしやそうなのでしょうか」
「おそらく間違いないと思います。私だけじゃなくキム先生にも脈診をしてもらうつもりです」
私は頷いた。
月経の遅れ。熱っぽさ、怠さ、そして体調、体質の変化。
私が脈診する限りご懐妊を示す滑脈が神門辺りに出てる。
一度はご懐妊の経験もあり、待ち望んでいたおめでたい前兆に媽媽は敏感に反応された。
「では、お願いがございます」
人払いをした坤成殿。
叔母様すらもお部屋の外に出して媽媽は私と2人きりになり、うんと声を顰めて囁くように言った。
「王様には、今は内密にして頂けませんか」
縋るような眼差しに驚いて、私はその目を見返した。
「・・・媽媽?」
「御子が流れて悲しむお姿は、もう見たくないのです」
媽媽は首を振って、哀し気におっしゃった。
徳興君、あの男のせいで哀しい結果に終わった前回のご懐妊の事をおっしゃっているのだとすぐに判る。
「媽媽、あれはあの男の薬のせいです。媽媽のせいではないです。
今回も起こると決まったわけじゃないんですよ」
「分かっております」
「なら王様にはお伝えしないと」
「医仙」
媽媽は、しっかりと目を上げて私を呼んだ。
「はい」
「御子がしっかりと育ち始めるには、流れなくなるにはどれ程の時間が入用でしょう」
「・・・胎盤が出来上がるまでには15週程度と言われます。だいたい4か月です。
でも流産自体は12週までが一番危険と、そう勉強しました」
「今からどの程度が一番危険ですか」
「本当に確率が高いのは今から1週間、妊娠8週くらいまでです。
その後12週まで過ぎれば、危険性はかなり下がります」
「ではせめて今より一番危険な時まで。どうかお願いです。そこまで王様には伏せて頂けませんか」
「媽媽」
「お願いです、医仙」
訴えかけるように言われれば、頷くしかない。ストレスだって妊婦には立派な大敵だもの。
「分かりました。でも約束して下さい、悩まないって」
「はい」
「じゃあ」
私は小指を媽媽に差し出した。媽媽はその小指と私を交互に眺めて、首を傾げた。
「約束です。高麗の医仙の名に懸けて患者の守秘義務を守ります。だから媽媽も、悩まないって約束して下さい」
そう言いながら、私は媽媽の小指を自分の小指で掬い上げた。
きゅっと絡ませて、親指どおしで判を押す。
「先の世界の、約束の方法です」
驚いた目で私の顔と絡まった指を見比べた後、媽媽は笑って頷いた。

新リク話 【 龍の咆哮 】開始です。
164. 無題
叶うかどうかの運試しでコメント投入、いきます!気になるお話は、いっぱいあります。
①パラレルとして、王様と王妃媽媽の子どもができるお話。②チェ尚宮の恋話。③代々文官家系のチェ家で、なぜチェヨンは武官になったのか。
(⇨結果として、武官として大成してるから才能があったのは確かだと思いますが、、、。)④チェヨンの父の名言はどのように、チェヨンに伝えられたのか。