2014-15 リクエスト | 昼咲月見草・1

 

 

【 昼咲月見草 】

 

 

窓の外に蒼い月が浮かんでいる。
男が昼の間纏めている髪を解き、その影を目許に落とす刻。
その男の秘密の顔を自分だけ見たのかと、己惚れさせる刻。

海へと続く川は流れ、その音だけが闇を縫って届く。
ようやく訪れた閨の静寂の、見事な引き立て役になる。
男の長い手足は邪魔にはならず、優雅なほどによく動く。
全てを食べたくなった私が男の体の何処に 口をつけても噛み跡を残しても、苦笑いでやり過ごす。

なのに振り向いた私が、口づけすることだけは許さない。
何度そうして試しても、偶然を装ってただ避ける。
「何故口づけだけ」
「それだけじゃ、満足できない」
そう言って、男が苦く笑う。
解いた髪が、窓からの月明かりでその目許に影を落とす。

「全ての始まりはそこでしょう」
「始まってるものに、また始まりはいらないだろう」

そういうものかと思いつき、その契機を思い出してみる。
気付いた時は共寝していた気がする。ふざけるみたいに口説かれて。
そして着物を脱がされて。厚い胸板に組み敷かれて。あの優雅な長い手足に絡みつかれて。

思い返して気が付いた。口づけだけはしていない。
そんな風に閨の寝台の中、過ぎた刻を振り返る私の胸に、男は顔を摺り寄せ鼻を埋める。
「お前はあったかくて柔らかいな」
「口づけは」
「だから」
「他の女と?」

男は困ったように眉を下げて切なく笑う。
そして立ち上がり、窓の枠へと腰を下ろした。
月を見るかと思ったら、何故かそこから下を見た。
そこに群れ咲く薄い花弁の、透き通るような面影の花を。

私も腰を上げて男の横へ進み、その足元にもう一度座り込む。

「そういうのはやめよう」
「誰かいるの」
「そんなんじゃない」
「構わない、私も見つけるから」

そんな私の髪を撫で、男は心から安堵したようにそれはそれは優しく笑んで、満足そうに頷いた。
「お前ならきっと見つかる、良い男を見つけろよ」
胸に染み入るその笑顔で、平然と残酷な言葉を吐くのだ。

そして撫でていた髪を一筋摘まんで首を傾げ、目許の髪の影を濃くしながら、優しく尋ねる。

「結ってやろうか、テンギを貸してみな」

 

******

 

「ここまで登っておいで!」
木の下から枝を見上げる。木漏れ日が目に刺さる。
逆光の中の小さな黒い影になったヌナ。
チマの裾からひょんと覗く、棒切れみたいに細い脛。
ひと握りで、指が回りそうな足首。小石みたいな踝。
手が届きそうでうんと背伸びして、でもどうしても指先が届かない。

俺は地面で、地団太を踏んだ。
「ヌナずるいぞ、下りて来い!」
ヌナはそこに上ったまま、足をぶらぶらさせて笑う。
木の下で飛び跳ねる無様な俺に向かって、手に持ってる干し柿をわざと見せびらかしてきた。

「いやだよ、欲しければここまで来なよ」
「下りて来いよ!」
「欲しければあたしのとこまで来ればいい」
そう言って、大きな声で笑った。

五つだった俺に二つ年上のヌナが急にできた時は、 あんなに嬉しかったのに。

 

「今日からソルリがお前のヌナだぞ」
父上にそう言われて目の前に立つ女の子は、父上の役目仲間、槍の同好の士の一人娘だったはずだ。
この家にも今まで何度も遊びに来た。
父上同士が槍の稽古をしている間、俺たちは裏の林で、何度も一緒に駆けまわって遊んだ事がある。
「なんで」
俺の問いに父上は困ったように口を閉じた。
その直前、ヌナの父君が戦に出て亡くなったと知ったのはしばらく後のことだった。

ヌナはすぐに、我が家に馴染んだ。 いや、少なくとも馴染んだふりをした。
一人息子の俺の良き姉として、女の子を欲しがっていた母上の娘として。
そしてもっと娘を欲しがっていた父上の、目に入れても痛くない愛娘として。

俺も、母上も、ヌナを愛した。父上も、勿論愛した。
大事だったからこそ、あの時にあの男を連れてきたんだろう。
それなりの家柄の部下の次男坊だか三男を、大切な一人娘のヌナの許嫁として。

ヌナと俺は、会ったその日から毎日裏山で遊んだ。
時間がある時は、父上が槍の稽古をつけてくれた。
ヌナは母上と共に、買い物に行ったりもしていた。
でもその間に、必ず俺たち二人は、裏山で遊んだ。

毎日は、目を見張るほどに早く過ぎて行った。
朝起きて、寝ぼけ眼を擦るヌナを見て笑って。
朝餉で、飯粒をほっぺに付けたヌナに笑って。
稽古で、長い槍に尻もちをつくヌナに笑って。
昼餉を持って、こっそり二人で裏山に上って、
丘の上で風に吹かれて、二人で一緒に食って。

昼餉時になるとヌナの長い黒髪を結っているテンギは、必ずと言っていい程ほどけかけていた。
「ヌナ、またほどけてるぞ」
俺がそう言って指差すと、決まって
「いいよ、だって結べないもん」
どうしようもなく不器用なヌナは、そう言って髪をほどいてしまう。

ほどいた髪に、鬱陶しそうに首を振るヌナ。
その黒髪がヌナの顔周りでさらさら揺れる。
それで木登りの時、長い髪が枝に絡まって大声で痛がって泣くくせに。
俺は木登りが下手だから、そうなったって助けに上ってやれないだろ。

「貸してみろよ」
ある日その手から、握ったテンギを取りあげて、俺はヌナの後ろに回った。
「何すんのよ」
「木に登れないから、先に結っとく」

俺はヌナの髪を掬い取り持ち上げて、項から毛先へ編み込んで行く。
槍の太刀打ちの革紐を編むのと同じ要領だ。
きつすぎず緩すぎず。槍よりずっと良い、痛かったら言ってくれる。

こんなに器用にできるなんてすごいね。
いつだってヌナは、そう褒めてくれた。
いつだって編んでやるよ。俺は言った。

本当は掬い上げた時だけ見えるか細い項に、胸が痛くなったのに。
隠した弱いところを見た、十二の俺はそんな気持ちがしてたのに。

なのにそれを見たくて、テンギがほどければいいと思うようになったのは、俺が十六の頃だった。

 

 

 

 

新リク話、始まりました。
94. さらに
ウダルチトルベ恋におちる (愛知のひとみさま)

恋かーうーん、と思いました。
いろいろ想いはあります。短く行きます(爆)
もう二度と【為虎添翼】の二の舞にならぬよう、
ひたすら自戒中です・・・謹慎も辞さず。

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10 件のコメント

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    さらんさんこんばんは♪
    ふふ(*≧艸≦) 嬉しいです。
    幼馴染み&ヌナ、そう来ましたかぁ(*^^*)
    長編でも良かったのにな♪(* ̄∇ ̄)ノ
    でもさらんさんがしんどいわね( ・∇・)
    このあと幾つリクあったかしら?
    考えちゃダメダメかな?
    もう読み手は楽しくて
    しかたないです。(*≧∀≦*)
    短く書くのも大変ですね。 
    さらんワールド全開でお願いします<(_ _*)>
    素敵なお話楽しみです。(*^^*)
    これがプレッシャーになってしまったら
    すみませぬ(*_*)

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ふふふ、いきなり艶話より開始ですが。
    これはもうUP済ですが、ああ…と最後、溜息です。
    だからあの時、トルベは笑ったのかと、このパラワールドではそう思いました。

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    私の中で実はチュソクとトルベは鏡です。
    頑固一徹、浮いた話もなく只管に頑強に忠誠を誓ったチュソクと
    ふわふわ遊ぶようなところを見せつつ、根は人一倍忠誠を捧げたトルベ。
    優しいですね、トルベ。そして短気さは隊長といい勝負w

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    >愛知のひとみさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    はい、ひとみさまリク、お待たせいたしました❤
    始まりましたよー❤❤
    これは、かなりな勢いでさらん解釈ぶちかましですw
    楽しんで頂けることのみ祈りつつ。
    リク話はカウントしたところ残り60%ほどΣ(・ω・ノ)ノ!
    まだまだ息を切らすわけには参りません・・・

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    トルべの恋の物語。
    何だか切なさが伝わってくる感じがします。
    情を交わす仲なのに、決して口づけだけはしない。口づけは本当に心を通わせた女人とだけなのかな。
    ソルりは大切な幼馴染であり、ヌナであり、きっと思いも寄せていましたよね。なのに許嫁が決まってた。その思いがどうなっていくのか楽しみです。

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    >トマトさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ありがとうございます。
    そう言って頂けると嬉しいですが、さすがに
    今回は、余りに長すぎました・・・ヽ(;´ω`)ノ
    実はリク話、まだ1/3しか終わってないので
    ちょっと急がないと、冗談抜きで【三乃巻】も
    【紅蓮】も終わらず、二人の婚儀が・・・(-"-;A

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    いやあ、これはもうリアルに私の体験談
    (奴側)なので、判るよ!判るよ~!と
    途中出川っぽく叫びながら書きましたw
    キスしない男は、信用なりません。これも勉強しました(爆
    すぐする奴は、もっと信用なりませんが(爆・爆

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