「捻挫か」
典医寺の卓。
向かい合う俺の声に、キム侍医は申し訳なさ気に眉を顰め頭を下げた。
「こんな時に本当に申し訳ありません、大護軍」
「それは構わん、仕方ない」
そう言って首を振る。
此度の戦の随行の為、典医寺に打ち合わせに出向いた俺を迎えた侍医が、杖をついた大仰な姿で出て来た時はさすがに少々驚いたが。
「玉体を拝診する分には問題はないんだな」
「それは勿論」
「ならば良い。新たな従医の選出は任せる」
「畏まりました。大護軍、念のためですが」
少し落とされた侍医の声に眸で問う。
「ウンス殿では・・・」
その言葉に喉の奥で唸る。
「あの方を連れて行くなら、捻挫のお前を連れて行く」
「やはりそうですか」
「戦場だ。遊び場ではない」
「分かりました。早急に選びます」
深々と頭を下げる侍医に頷き席を立つ。
腰を上げかけた侍医を手で制し、扉に向かうこの背に侍医の声が追いかけて来た。
「御武運を、大護軍」
「任せろ」
振り向かぬまま片手を上げて応え、そのまま扉を抜ける。
春浅い典医寺の庭には、気の早い若葉を伸ばした薬木。
足許に開き始めた小さな花々が明るい彩を添えている。
爛漫の春だ。
それはあの方との別れが増える事も意味している。
戦に出る。北へ南へ、動けぬ程の雪の積もるまで。
選んだ道だ。苦ではない。
ただ。
足を止め、息を吐き淡い色の春の天を仰ぐ。
それをあの方が得心するか、それは別の問題だ。
温んだ風が髪を揺らし、頬を撫でて過ぎていく。
立ち止る暇はない。眸を前に戻し頭を振り、歩を踏み出す。
今は行くのみ。
日々暖かく陽が長くなり、若葉が伸び花が開くほど。
出立の日が近付くほどに、こなす役目が増えていく。
軍議の朝が過ぎ、鍛錬の昼が過ぎ、王様との拝謁と報告の夕が過ぎ。
それが終われば迂達赤兵舎へ戻りチュンソクや他軍との軍議が続く。
帰宅の刻は段々と遅くなる。
兵舎を飛び出し馬を駆る頃には陽はとうに西へ落ち、辺りはとっぷり闇に飲まれているばかり。
篝火を焚いた門前へ帰りつけばあの方が玄関から走り出で、心配げに馬上の俺へと目を当てる。
「ヨンアお帰り、大丈夫?どこか痛いところは?」
鞍を滑り降り手綱を歩哨へと渡す背に声がかかる。
「問題ありません」
降りた途端、歩哨の目の前というのに、温かな指がすかさずこの頬へ伸びてくる。
僅かに首を振って避け視線で周囲の歩哨の奴らを示せば、渋々といった様子で息を吐いたこの方は、それでも思い止まりその手をどうにか引いて下さる。
「ほんとに大丈夫?」
胸に詰まるような声音に、何と返してやれば良い。
精一杯微笑んで、頷くしか。
「本当に」
そう伝え、宅の玄関へとゆっくり歩む。
この方は顔を仰向け、俺の横顔から目を離さずに言い募る。
「嘘じゃなく?やせ我慢してない?」
そこで首を振れば、それ以上の言葉は呑んでいた。
しかしキム侍医の捻挫が判った今宵、この方も一歩も引かぬ。
宅へと入り、ようやくこの方が満足するまで診脈のためにこの身を預け。
急いで湯浴みし着替えに寝屋へと入ると、その両足を踏ん張り待ち構えていた。
着替える俺に手を貸し、着物を着せ掛け、この胸元の袷の紐を細い指で結び合わせながら、その口は止まることを知らぬ。
「キム先生が行けないって」
「ええ、捻挫では戦場での診察や治療は無理です」
「じゃあどうするの!」
胸元から見上げる瞳に涙が揺れるのを見つめ、高くなった声を聞きながら首を振る。
「イムジャ」
「あなたが怪我したら!」
「典医寺の従医は、信用できぬのですか」
「してるわよ、腕の良い先生が行くのも知ってる。だけど」
「イムジャ」
声を僅かに上げ、その先を制す。
だけど、ではない。
「戦場での状況は猫の目のように変わる。その時出来る事をするしかないのです。お判りか」
その声に目の前のこの方は口を噤む。
「良いですか。もし戦場で斃れればそれも時の運。
俺は生きる。何故ならあなたがいるからだ。
あなたを残しては、絶対に死なぬ」
腕を伸ばし、胸元の白い頬へとこの指を添える。
「信じろ」
そう伝えると、この方は目を閉じた。
頷くこともない代わりに首も振らぬ。
寝屋の油灯が、手を置いたままの影を落とした白い頬を照らす。
やがてその睫毛が、静かに上がる。
もう一度開いた瞳の奥が、静かな決意に満ちるのを見て
「判ってくれますか」
問うた声に、頬がそっと緩んだ。
「その時出来ること」
無言で頷き返すと顔はこくんと、この掌の中で縦に動いた。
「分かった。今出来る、最良のことをする」
そう囁くこの方を胸元に抱き寄せ、俺は息を吐いた。
得心してくれたのだな、と。
「ご飯にしよう」
そう笑むこの方に頷いて、俺達は寝屋を出た。
俺は戦に出で、この方は此処で待つ。
それで全てが収まるはずだった。
互いの役目を各々の場所で成し、またすぐに逢える。そう信じていた。

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「その時出来ること」
もう ウンス覚悟しちゃってるし…
いや~ ヨンたら
甘かったかも
引き下がる方じゃございませんでした。
( ̄Д ̄;; 頭痛いね~
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さらんさん❤︎ 今日もお話を更新して頂き、ありがとうございます。
さすが!
こうと決めたら…のウンス!
ヨンの「その時出来ること」の一言をしっかり、自分の味方に付けてしまいましたね。
きっと、ヨンも後で苦々しく振り返るのでしょうが、たしかウンスは「私のお守りは大変よ」と釘も刺していましたしね~。
愛するヨンのために、その時出来る最大の役目を、自ら見つけ、決行するウンス…。
ああ、続きが待ちきれませんヽ(´o`;
さらんさん、曇り空の日曜日ですが、ストレスフリーな一日をお過ごしくださいね❤︎
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得心していなかったから密かについて行ったんでしょうね(>_<)
ウンスの気持ちもわかるけど、ヨンの気持ちもわかるし…続きがどうなるか^^;
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『互いの役目を各々の場所で成し、またすぐに逢える。』って、チェヨン!その通りの事をウンスはしたのじゃない(⌒‐⌒)♪
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こんにちは。
[信じろ。]のコトバニしびれました~!
ドキドキか止まりません♪
早く続きが読みたくてモゾモゾしております(笑)
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こんにちは~。
新しいお話、始まりましたね♪
またまた、楽しみです。
それにしても、ウンスさん、納得できなかったんでしょうけど、ヨンが心配するのに~。
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さらん 様
こんばんは。
成る程~~^_^;
お互いに思うところあり、納得するまで話し合いもしたはず……
なのに、出来ることが戦場に行っちゃうことだったとは( ・∇・)
これはマズイ展開です。
怒りのオーラを纏ったチェ・ヨン
読むのが怖いかも(T-T)
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ドキドキワクワクのお話が始まりましたね。
とても楽しみにしています。
今できる最良の事をする。その思いに違いはないけれど、ヨンとウンスの望む事は違っていたようで。
結果どうしたのかは分かっていても、次はどうなるの好奇心が止まりません。
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さらんさんこんばんは♪
ウンスさんやらかしましたね。
ヨンの言う通りに大人しくしてませんね。
まだまだ甘いチェヨンどの
ウンスがどのように回りを
巻き込んでいくのか楽しみですし
ヨンにしかられつつも
医者としてやりとげてほしいです。
製本の件は
さらんさんが時間と
気持ちに余裕ができた時に
いつかはあると信じて大人ですし
おとなしく待ってます!(* ̄∇ ̄*)
一冊に抑えるのは難しそうですので
10冊セット形式などいかがでしょうか?
あっおとしくおとしく( ・∇・)
さらんさんが小娘なら
わたしは妖怪クソババア
もしお会いできる機会があれば
お礼のハグしたいです。
←クソババアではおイヤでしょうが
そこは妖怪(* ̄∇ ̄)ノムリヤリイクデ コワイ
おほほほ
アウカクリツヘッタカ?(T^T)
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>くるくるしなもんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
確かに甘かったかもしれないです(゚ー゚;
ただ、子供でもあるまいし、現代の常識に照らして考えても
ウンスの行動は、常識外れだと思います。
本当に、頭痛いでしょうね・・・( ̄Д ̄;;
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>muuさん
こんばんは❤コメありがとうございます
うー、これはもうウンスが自分の聞きたいところしか聞かない
select listenerであるという証明ですね・・・
そしてそう言うタイプは、往々にして意思の疎通の経過
コミュニケーションに障害が発生しやすいのですが。
ヨンの苦労が偲ばれます・・・(°д°;)
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>まろんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
確かに、納得していなかったのか、言う事は分かったけれど
自分の感情が抑えられなかったか・・・
どちらにしても価値観やらコミュニケーションに
若干のズレがある事は否めず。困ったものです(-"-;A
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>マーベックさん
こんばんは❤コメありがとうございます
あはは、痺れて頂ければ嬉しいです。
続きもお楽しみ頂けるよう頑張ります❤
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>かよさん
こんばんは❤コメありがとうございます
はい、新リクです❤展開が早すぎ、全話の余韻に浸って頂けないのが
我が家の最大の悪いところの一つではありますが・・・ヽ(;´Д`)ノ
リク話が全てUP氏終わったら、少し長くお休みをすると思うので
そこまでは、ヨンで頂ければ嬉しいです❤
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>mamachanさん
こんばんは❤コメありがとうございます
今回は、本気で怒り心頭だったでしょう。
怒髪天を突く、という奴でしょうかね。
それだけ心配したのでしょう・・・(;^_^A
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>ままちゃんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうですね、根本的な価値観の違いか、もしくはコミュニケーション障害か。
どうしようもないところですれ違ってしまったようです・・・。(´д`lll)
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>愛知のひとみさん
こんばんは❤コメありがとうございます
やらかしましたね・・・まあ、仕方ないといえば仕方ないですがw
結局の処、根本にある価値観の違いが、危機感の違いが
浮き彫りになってしまったかと・・・
そして書籍化、そうですね、いつの日かベストな形で。
出来ればいいな、くらいの考えで、実現するかどうかすら全く不明ですがw