2014-15 リクエスト | 蓮華・4

 

 

目の前のこの人は言葉を切って、深く深く溜息をついた。
私はプロフェッショナルであるこの人の領域に土足で踏み込んで、蹂躙したんだ。
自己満足のためにこの人の部下も、この人自身も今、危険に晒しているんだ。

キム先生が行かないなら自分が行く。それしか思わなかった。
戦場でこの人が怪我をしたらどうしよう。それしか考えなかった。

 

*****

 

この人の出た直後に迂達赤兵舎に行くと、留守番なのか、トクマン君が不思議そうな顔で入り口で私を出迎えた。

「医仙、どうしましたか」
首を傾げる彼に
「久しぶり」
そう言って笑うと、彼もにっこり笑って頭を下げた。
「もう大護軍たちは出立しましたよ」
「うん、知ってる」
「今回は、キム御医も災難でしたね」
「そうなのよ、軽いとはいえ捻挫だから。それで今回の戦場は北?南?」
「北です。それほど大きな戦にはならないでしょう」

私を安心させるようにそう言うと、トクマン君は首を振った。
「また紅巾族が、少々騒がしいだけです」
「だからトクマン君はお留守番なのね」
「王様が皇宮にいらっしゃる限り、迂達赤全員が雁首揃えて戦に出る訳には行きませんから」
そう言って頷くトクマン君に
「そうよね。じゃあ、北のあの基地にみんないるのね?」
私がカマを掛けると、彼は素直にまた首を振った。

「今回はもう少し東寄りなので、野外に陣を建てます」
「そうなの?」
それを聞いて少し安心する。それならこっそり忍び込めるかも。
もしあの基地に入られたら、忍び込む隙間なんてないもの。

「ですから医仙は心配なさらず、待っていてください。きっと大護軍も戦勝旗を立てて、すぐに帰って来ます」
そう言うトクマン君にうんと頷き、私は兵舎を出た。

街道で馬を手に入れて、戦地まで駆けた。もう慣れているって思っていた。
あの人と一緒に何度も駆けた、開京からの道。あの人がくれた赤い小刀を持って。

途中からの道を探り探り、街道沿いの民家を見つけてはそこからの道を尋ねて。
村落を見つけては食料を買い込んでやっとたどり着けた、大きなこの陣営。

周囲には丸太の塀がしっかりと建ち、入れる隙間は見つからない。
そうよね、私が入れるくらいなら敵だって入れる。
じゃあ、どうする?ここまで来て、逃げ帰れない。

そのまま一番近くの村まで戻る。
背負っていた荷物を解いて、中から医官用の白い帽子を取り出した。
そしてポケットに入れていたマスク代わりの大きな布を。
布で鼻から下を覆い、医官帽を被ると薬房へ入る。

店の中にいた薬房主のおじさんに
「すみません。阿芙蓉と楠、延胡索、あと槐花ありますか」
早口で伝える私の注文に、おじさんが頷く。
「御座います」
「あるだけ下さい、あともう一つお願いがあるんです」

おじさんは、そう言い出した私を不思議そうに眺めた。
「その荷を持って一緒に高麗軍の陣まで来て頂きたいんです、駄目ですか」
私はおじさんを見つめて、ぺこりとお辞儀してみた。

 

荷物を持った薬房主のおじさんと共に、陣の門の前に立つ。
見上げるほど大きな扉。
その上に弓避けなのか侵入者避けか、反り返ったような庇が、高々と空に伸びている。
兵が門前に6人立って守るその扉の前で、門番の兵の一人に
「典医寺から、薬草を届けに来ました」

伝えるとその兵士は不審げに、マスクの覆面と医官帽を身に着けたままの私の姿をじっと見る。
「そんな遣いは聞いていない」
「では典医寺から随行している医員か、薬員を呼んで下さい」

そう言い伝えると兵は僅かに頷き、大扉横の小さい扉から中へ入っていった。
ほとんど待たずに小さい扉がもう一度開いて、中からさっきの人と、典医寺で見慣れた薬員、ミンさんが出てきた。
「ミンさん」
私がそう小声で叫んでマスクをずらすと、ミンさんは私を見て
「ウン・・・!」
そう小さく叫び返して、慌てて自分の口を押さえた。
私がその声に頷くとミンさんは
「確かにこの方は、皇宮の典医寺からのお使いです」
そう門番の兵の人に伝えてくれた。

塀も内部の人間の確約にようやく納得したのか
「分かった。入れ」
そう言ってメインの門横、小さい扉を開けてくれる。

私は薬房主のおじさんから薬草を袋を受け取ると、
「あの馬は差し上げます。そのまま乗って帰って下さい」
そう言って頭を下げて、ミンさんと一緒に開いた扉をくぐった。

開いた扉をくぐると、ミンさんがまだ驚いたように
「治療場所はこちらです」
そう言いながら門から歩いてすぐのテントを示す。

そうか。負傷者を運びこんですぐ治療できるようにこの出入口の横に診療室を作ったのね。
私は思い切って、そのテントの入り口から顔を突っ込んだ。
「こんにちは」

そう言って帽子とマスクを外すと、診察の準備をしていた医官や薬草の確認をしていたらしき薬員の皆が、驚いたようにこっちをじっと見つめた。
次の瞬間、
「ウンス様、何故ここに!」
そう大きな声で問いかけられて私は慌てて手を振ると、人差し指を唇の前に立てた。
「秘密で来たの。あの人にばれると面倒だから。あの人ケガしてない?大丈夫?」

その声に3人並んだ医官はそれぞれに首を振った。
「今の処、お怪我をされて運ばれてくる方々も軽傷です。大きな怪我を負った方はいらっしゃいません」
それを聞いて、心から安心しながら頷く。
「それで、どうなさるおつもりですか」
そう尋ねる医官に
「このまま残って治療の手伝いをしたいの。もう馬も渡しちゃったから、帰りようもないしね。駄目?」
そう尋ねると、男性だけの治療室のメンバーは困惑したみたいにお互いの顔を見合わせた。
「私たちはもちろん大歓迎ですが、大護軍や軍の方々が、何とおっしゃるか」
「お休みになるところも碌にありません。私たちは男ですから交代でこの治療部屋の奥で寝ていますが。
ウンス殿はそんなわけにも行きませんし」
そんな風に相談してたまさにその時。

テント入り口の外でざわめきが聞こえ続いて大きな声がした。
「医官殿!急患だ、頼む」
その喧噪の中、私は急いでマスクと医官帽を身に着け、テントの入り口を見た。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    さらんさん、今朝もお話を更新いただきありがとうございます❤︎
    前話でヨンから捲し立てられた小言が、まだ胸の奥に残りつつ、業務前のデスクで続編を拝読させて頂きました。
    ウンス、うまいこと潜入したんですねえ。
    しかも、乗ってきた馬を手放し、退路も断って…。
    ウンスとて、ヨンに喜ばれるだろうとは、微塵も思っていないでしょうし、ヨンの言葉を信じていないわけでもないはずで。
    彼女が医術を持っていなければ、きっと静かにヨンの帰りを待っていたのでしょうね。
    ただ…、彼女は誰よりも優れた医官だったのですよねえ。
    とは言っても、ヨンにとってのウンスは、ともに戦場で互いの背を護り合うメヒとは…違うのですものね。
    愛するが故の選択、誤っているのかもしれませんが、この後の二人の無事と活躍と、絆の深まりを願うばかりです。
    さらんさん、次第に春めいてきましたね。
    相変わらずの激務が続きますが、合間に窓から外を眺め、さらんさんの「ご武運」をお祈りしています❤︎

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    ウンスの性格じゃ,皇宮でじっと待つだけなんて出来無かったんでしょうね。
    トクマン後で怒られちゃうかしら(;^_^A
    ウンスの技術を皆に教えて行けば,こんな無謀な事をしなくなりますよね。
    これを気に,育成を考えて行けば良いかも。
    でも,医療の歴史を変えちゃうかな。
    ところで,このお話婚姻後なのかと思ったら,まだ許婚の頃だったんですね~
    まだ未婚だった事,すっかり忘れてました(^▽^;)

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    さらん 様
    こんにちは。
    この戦場のリアリティ溢れる表現・・・
    もしかして、先日戦場にも遊びに行って来ましたか?
    | 壁 |д・)
    最近まで水滸伝(華流ドラマね)を視聴していましたが、雰囲気がそのまま伝わります。
    さて、無鉄砲とも直情径行とも云えるウンスさん。
    反省の後は無事に仲直りまで読めると嬉しいですが・・・

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    ウンスはただ他の医員が行くくらいなら、見えないところで心配するより自分が行こうという気持ちだけで動いてしまった。でもその事がどんなに周りに大きな影響を与えるかなんて想像もできなかったようですね。
    でも、来てしまった。これからどうなるんでしょう。とても気になります。
    ヨンの叱責には胸が詰まり、その事の重大さを感じました。

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    最近、創作キャラにしてやられっぱなしのチュンソク隊長、
    此度はきりりと!w
    そうしていれば、まことに良き男です。
    素敵すぎぽっぽ!

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    うーん、なまじ腕があるが故に、下手にヨンが乗馬や剣術を教えたが故に・・・
    本編でもありましたが。ヨンが
    「俺があの方に、馬の乗り方を教えちまった」
    という場面w
    後悔先に立たず…ヨン、残念!

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    >すんすんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ばれれば、大護軍の雷は避けられませんね、トクマン危うし(爆
    そうですね、婚姻後の話は、リクに関しては余程「婚姻後」と設定がない限り
    書くことはないですw
    本編二次で、まだ婚儀を上げていないので(;^_^A

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    >mamachanさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ええ、この週末で(嘘です嘘です
    この辺りの野外陣営のイメージは、私の場合
    太王四神記に、多分に影響を受けていますw
    は~ チョロ・・・素敵すぎ・・・
    華流は、一切視聴したことがないのですが、見た方によれば
    花男も、日・韓・台の中で、台湾版が一番!とおっしゃる方が多く。
    そう訊いて、ちょっと興味がわいてきているところです( ´艸`)

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    確かに、気持ちが先走りすぎたようです。
    確りと地に足をつけて頂かないと、医師としては不安なばかり。
    この先は、そんなしっかりしたウンスが診られることを祈りつつ・・・
    今暫しお付き合い頂けると嬉しいです(*v.v)。

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