2014-15 リクエスト | 蓮華・9

 

 

あの人のテントに帰りつき、入り口脇に立つ警備の人が一斉に頭を下げる前を通り、中へ入った。
その瞬間、あの人が私を抱き上げる。
「・・・!」
予想外の動きに慌ててその首に手を回す。
「碌に足腰の立たぬ方が、どうしてそう意地を張るのやら」
そう言いながらテントの中、私を抱いたまま椅子へと進み、あなたはどかっとそこへ腰掛ける。
「だって、陣の中じゃない。あなたが女を支えて歩いてたなんてそんな事、あとで誰かが言ったら・・・」
膝に乗せられ、首に手を回したまま、私はその目を覗き込む。
「もう下ろしていいわよ?」
「暫し下ろすつもりはありません」

膝に私を抱いたままのあの人が、腕を巻いて私を囲い込む。
「チュンソク隊長が来るんでしょ?」
「でしょうね、呼んだ故」
「じゃあ、それまでこうしてて」

その肩に頭をもたれる。
頬に手を触れ、額に触れ、目を覗き込むと、その目が嬉しそうに微笑んだ。
頸に、そして私を抱く腕の手首に指を当てる。
今日も動いているあなたの心臓。力強い脈。私を抱く胸の、静かな上下。
こうしていてくれるだけで何もいらない。息をしててくれるだけでこれほど嬉しい。
「ありがとう」

私たちは毎日出逢う。あなたが戻って来てくれた時。
そして私は、その出逢いの幸運に心から感謝する。
こうして逢える、一緒にいられる、その幸運に。
命がつながっていく限り。

肩に凭れたままの私の頬にあなたの指先が触れる。
首を傾けたあなたの顔が、その息が、ふと近くなる。
優しい目がそっと伏せられる。私は微笑んで瞼を閉じる。
「大護軍!」
テントの外から入ってきたその声に、触れあいそうなほど近くに寄ってた私たちの息が止まる。
私は慌てて膝から降りる。あなたは射殺しそうな眼差しで、その声の主を睨み付けた。

 

やってしまった、またしても。
テマンから呼び出しを伝えられ、駆け込んだ大護軍の天幕。
走って踏み入った途端、俺は固まる。
目の前の光景は、以前よりもなお気まずい。
何しろ医仙をその膝に抱えた大護軍を、見てしまったのだ。

慌てて医仙が膝より降りたものの、大護軍の顔をまともに直視できるはずもない。
俯いたまま
「出直し、ますか」
痞えながら間の抜けた問いを投げてみる。
大護軍は太い息を吐きながら
「良い」
そう言って目の前の椅子を顎で示す。
恐る恐るそこへ腰掛け、大護軍の次の言葉を待つ。

「明日からの陣の配置だ。アン・ジェが抜ける」
「・・・はい」
直視できん。
「お前に迂達赤を任せる」
「・・・は」
声が上ずる。
「俺は鷹揚隊の方に回る」
「・・・は・・・」
目線が泳ぐ。

そこまで言うと大護軍は、がりがりと頭を掻いた。
「普通にしていろ、やりにくい!!」
「は!」
背を正し声を返すと、横で立っていらした医仙が堪え切れずに噴きだした。

 

******

 

「神医、実は、指を斬ってしまって」
そう言って典医寺のテントの入り口から顔を覗かせる人。
「どこ、見せて」

そう言うと鎧姿がぞろぞろと3人、テントに入って来る。
示した傷口を見る。ああ、切れてる。
「うん、麻酔しようか?」
「いえ」
「じゃあ二針だから我慢してね」
「はい」

傷口を猪蹄湯で消毒する私の手元を、周りの人がじっと見る。
すぐに傷口を縫い終えた私を見ながら、2人目の人が言う。
「神医、実は自分もここを打ってしまって」
そう言って鎧の腰の部分を示す。
「ちょっと鎧を外してみて?」
「はい」
下袴をずらして触診すると、確かに内出血でかなり腫れてる。骨折はない事に安心しながら
「冷湿布しよう。今晩は熱持つと思うから、湯浴みは駄目。
2、3日は腫れたままだから、陣に戻ったら鎧を脱げる時に湿布を当てておいてね」
そう言って薄荷で作った塗り薬を伸ばした布を当て、
「腰だから、ちょっとごめんね。包帯じゃなくさらしで巻く」
断りながら幅広のさらしで湿布を固定する。

巻き終えると、3人目が私の前にやって来た。
その瞬間、ミンさんが見かねたように
「こちらで診ましょう、おいでください」
そう言って兵の前に進み出て、恭しく頭を下げる。
「え・・・自分も、神医が・・・」

その声と同時にテントに入って来た大きな影が
「神医が何だと」
その低くて無感情な声に、みんなが固まる。
「て、大護軍」
「いえ、実は怪我を」
「それを神医に・・・」
あの人は、そんなみんなに静かに目を当てて行く。
「見えるか」
「・・・は?」
「あちらにも三人、医官殿がおられる」

あなたは鎧の腕を上げ、部屋の中に立っている典医寺の皆を指で示す。
「・・・はい」
「判ったなら、そちらで診てもらえ」
最後にあなたが3人をひと睨みすると、3人は青い顔で背筋を伸ばしてこくこく頷いた。
「分かりました」
「善し」

そう言うとあなたはこっちを見て
「神医。アン・ジェの処へ行っても構いませんか」
そう私に尋ねる。
「うん、私も夜の診察に行きたかったの。一緒に行ってもらえる?」
私の声にあなたの目元が緩む。
「お送りします」
その様子を見ていた典医寺の皆が、微笑みながら頷いて
「神医、もう今日は私たちだけで大丈夫です。そのままお帰りください」
そう送りだしてくれる声に頷いて私は診察道具を包んだ包みを持ち、よいしょと椅子から腰を上げた。

薄闇の陣の中。
並んで歩くあなたが大きな溜息を吐く。
「どうしたの?」
「何でも」
「嘘つき」
「・・・こうなると、思っておりました」
「ん?」

アン・ジェ隊長の手術から4日。あと3日で予定通り抜糸が終われば、様子を見てこの後の治療プランが立つ。
術後の発熱も化膿もない事に安心しながら、私は毎日朝晩の2回、アン・ジェ隊長の部屋へと通っていた。
「全く何処から患者が湧くのか、次から次へわらわらと」
さっきのみんなの事だと、私は笑う。
「医者として嬉しいの、信用してもらえることは」
「医官ならば他に三名おるでしょう」
「私がきっかけで、典医寺の皆がもっと信用してもらえればいいな」
「・・・呑気な」
「そうじゃないわよ」
そう言いながら、アン・ジェ隊長のテントへと入る。

「おお、チェ・ヨン。相変らず一緒か」
ベッドレストのアン・ジェ隊長が、そう言って手を振った。
「元気そうだな」
入り口の猪蹄湯の器に手を浸し、洗いながらあなたがそう言う。
「暇で堪らんぞ。戦況はどうだ」
「ほぼ片付いた。お前が床を離れるが先か、奴らが全滅するが先か」
「チェ・ヨン。お前、わざとゆっくり攻めていないか」
「・・・さあな」
その声に、アン・ジェ隊長が笑いを浮かべる。

「神医を己で連れて帰りたいか」
「何の事だ」
「俺が床を離れる時は、神医がここを離れる時だろう。それに合わせて陣を引き払うように計算していないか」
「・・・アン・ジェ」
あなたが苦い顔で、アン・ジェ隊長を睨む。
「煩い男だな、相変わらず」
「おお、暇で暇で、考える時間がたっぷりあるからな」
「下らん事を考えるな」
「・・・チェ・ヨン」
「何だ」

表情と声を改めたアン・ジェ隊長に、あの人の目が当たる。
「帰ったら、面白い事が起きるかもしれん」
「何だ」
「約束は出来ん。あまり期待するな」
そう言って腕を枕に、アン・ジェ隊長は寝台からじっとテントの天井を見上げた。
「俺も、部下を信用している。お前が迂達赤をそうするようにな」

それだけ言って微笑むアン・ジェ隊長の寝台に、診察のためにそっと近寄りながら、私は首を傾げた。

 

 

 

 

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