2014-15 リクエスト | 輪廻・13

 

 

家に帰りつき、玄関ドアを開け、彼女を隠すよう招き入れる。
周囲に目を配ってドアを閉め、ようやくリビングに落ち着いて。

「まず、聞かなきゃいけない事がある」

そう口火を切った。
しかしあまりに突飛なその仮説に、立てた自分自身が半信半疑だ。

「あの日防犯ビデオに映っていた、ガラスをぶち破って刀を振り回したあの鎧の男が、まさかチェ・ヨンなのか」
ウンスはその問いに、黙って頷いた。
「つまり、誘拐の容疑者は高麗から来たってわけか」

この目で見た防犯ビデオなのに、まさかあの背の高い鎧姿の男が、過去から来た歴史上の人間だとは。
画像解析官は確かに言っていた。これは人間だ、 トリックの類ではないと。
そして身に着けている鎧や刀は、どれだけ細かく画像分析しても分かる限り、模造ではない。
つまり撮影用の衣装ではないと。

それを受けて美術館や古物商の盗難事件まで確認した、当時の自分が馬鹿みたいだ。

混乱し熱くなった頭を冷まそうと、俺は首を振った。

そうだ、だからあの事件は解けなかったんだ。
容疑者が時空を超えて逃亡するなど、仮説すら立てなかった。
しかしあの混沌とした点と点が、その一本の線でつながれば。

そこからウンスに語られた到底信じられない話を、 どう考えれば良いのか。
全くのファンタジーとしか思えない。

恭愍王の王妃、魯国大長公主が重症を負った傷害事件。
恭愍王の王命を受けたチェ・ヨンは、天門と呼ばれるその時空との接点から、現代へと時空移動。
現場のCOEXで美容外科国際会議に参加中だった被害者ユ・ウンスは、犯行現場の会場で偶然容疑者チェ・ヨンと遭遇。

更にチェ・ヨンは偶然現場に居合わせた医療セールスマンに魯国大長公主の負った傷と同等程度の怪我を負わせた。
被害者ユ・ウンスの医療技術を確認の上、治療行為の強要を目的に誘拐。
そして被害者ユ・ウンスは、現代社会へ帰る手立てのないままに過去の時間軸に抑留。
約一年後に偶発的に再発生した天門を使い、その時空から現代へ戻った。

「・・・要約すれば、こう言う事だよな?」

リビングのカウチに座ったウンスに向かい、オットマンに腰掛けた俺は、前屈みで確認する。
「全くその通りよ」

彼女が頷く。被害者の証言なら、そう信じるしかない。
当時彼女が証言しなかった理由も良く分かった。
こんな作り話ができるのだろうか。
第一犯罪被害者が、こんな作り話をする必要があるだろうか。
心理的逃避でなく、事件から4年も経過してから。

「そして最後に。
ウンスは少なくとも一度、チェ・ヨンが1355年、または56年が没年と書かれたネット記事を見ている。
屋上で俺が突き飛ばした日、あの直前に。間違いないな?」
ウンスは、みたび黙って頷く。

ネット記事を改竄した?それこそ不可能だ。
不特定多数の人間がいつどこで閲覧するか判らない記事内容を、一時的に全て変更するなんて。

全く分からない。どこから手を付けるべきかすら。
分かっている事実だけで、対策を練るしかない。

「お前には今、尾行が付いている」
「どうして?何で知ってるの?」
「誘拐の件だ、それしか考えられない。そして恐らく容疑者とお前の足取りが奉恩寺で消えたから」

詳細は分からない。ヒントは同僚の言っていた神隠し、失踪。
だから奴はあの話をしながら、暗号のようにウンスの件を伝えた。
奉恩寺付近で原因不明の失踪事件が過去に発生した。
または進行形で発生している。
もしくは今後発生する可能性がある。いずれかだ。
それでウンスが捜査対象になっている。

4年の時間を経て、突然急激に慌ただしくなった捜査。
過去または現在の事件であれば情報を持ち、実際当時の捜査に参加した俺は、今回の捜査に加えられる可能性もあったはずだ。

関係者だから外された、と思っていた。
ウンスは事件への関与がないのに何故、と思っていた。
拭いきれなかった違和感がそこだ。

違和感の正体が、徐々に明らかになって来る。
それが意味するものとはつまり。

「明日から仕事、休めるか」
「え?」
突然の俺の言葉に、ウンスの目が丸くなる。
「信じられないかもしれない。俺も自信がない。
ただもしかしたら、お前が行きたい場所へのその入り口、天門が何らかの動きを起こすのかもしれない」

そうとしか考えられない。そして手掛かりらしきものといえば。
「言ってたな、ウォルフ黒点相対数に関係があるかもって」
「うん、でもあくまで仮説で」
「仮説で結構、上等だ」

俺はオットマンから立ち上がり、寝室へ入るとデスクの上のラップトップを持ち、リビングへと戻る。

「調べてみよう。寝室のデスクトップより処理能力は遅い。
まずはこっちで調べながら、詳細はあっちで確認していく」
そう告げて起動させたパソコンの画面を、目の前のウンスへと示す。

ここまで徹底マークされていれば、設定したセキュリティが既に当局に破られている可能性も否定はできない。
破られていれば、こちらの手の内は向こうに丸見えだ。
もしくは重要情報へのアクセス拒否をされるか。

だからこそ一挙手一投足が時間との勝負になる。

「ウンスヤ」
キーボードに伸びかけた彼女の指が、宙で止まる。

「俺はお前を愛してる」
今告げなければ、二度と告げる事はない。

俺はスーツの内ポケットから小さな箱を取り出した。
取り出して、開いて、ウンスに示した。

箱の中ではこの世界で最も硬い鉱物の一つ。
ダイアモンドが、光っていた。

その指輪を見て、ウンスが目を瞠った。
そして視線を上げ、正面の俺の顔に真っ直ぐ目を当てた。

「それでも、変わらないか?帰るか?」

お前がいつもそこにいるかと聞いていたのは俺にであり、そして俺の前世だとウンスが呼ぶチェ・ヨンにであり。

それでも、愛している、と呼んだのは、チェ・ヨンだった。

愛する人間と突然引き離される痛みを訴えたあの頃のウンスの目を、まざまざと思い出す。
共にいられるならば、俺もヒョナといたかった。
そしてウンス、お前に逢えたからこそ思い出せた。護ることを。護るとは何かを。

知らせず、聞かせず、見せずに。
そんな愛し方が正しいのかは分からない。
それでも二度と喪わないためには、そうするしかなかった。

「いろいろ黙ってて、ごめんな」
「テウ」

大きく見開いたその目から次々零れる滴が、リビングの灯の中きらきらと光る。
箱の中の指輪に飾られた石よりも、ずっと綺麗だ。
そうだ。だからお前に惹かれたんだ、俺はきっと。

「あなたが大好き。本当に大切よ。あの人の生まれ変わりだからってだけじゃなく。
こんなに私を判ってくれる人は、今までいなかった」
「同時代性ってやつだな。共通項が多いんだ。互いに頭脳労働者だし、相互理解度も深い。
でも親友と愛する男は違う。それは分かるだろ?」

俺は、頷くウンスをじっと見る。
彼女が泣き止み、顔を上げたところでもう一度聞く。

「それでも、行くんだな?」
「行く。行きたい。帰りたい」
ウンスは小さく、はっきりとそう告げた。
「安心した。それなら本物だ」

幸せに、なれ。 心からそう思うことは、今はできなくても。
それでも、お前の足を止める人間を、俺は許さない。

夢の中で俺に大切な事を告げたあの声が誰のものか、今の俺には分かる気がするから。
だからウンス、お前を護る。護って帰してやる。

夢の中の声は、手を離すべきではなかったと言った。
俺は手を離す理由を、こうして見つけたから。

 

 

 

 

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