2014 Xmas | 雪の日・3(終)

 

 

早朝よりの大雪が、ようやく止んだ宵闇の中。

どうやって捻ってやろうか、この男の足を。
いや、捻って悪化すればこの方がまた面倒を見る羽目になる。
考えながら担架の脇に付き、横の男の足をじっと見つめた。

あの後、チュンソクが手配した迂達赤の若い兵が結局八名駆けつけた。
典医寺の担架を借りて宣言通りそれを担ぎ、この男の家へ向かっていた。
あの方は付き添うと言って聞かず、その列のさまはまるで大臣の行列の如し。

歩いて帰宅する道すがらもこの方は
「寒くないですか?体を冷やさないで」
そう言って担架に寝ているこの男の体を毛布で確りと包み直す。
そして捻挫した足を上げている枕台の高さを直してと、忙しなく動く。
「医員様、本当にもう、結構ですから」

男の手がやんわりと、あの方の忙しく動き回る小さな手を握り動きを制す。
握る必要はなかったな、今。

 

この男、命知らずだな。
俺は担架の殿を担ぎながら、寝転ぶ男を睨む。

大護軍がどれほど怒っているか分からないのか。
これ以上大護軍を怒らせれば、俺がこのまま担架を落として真っ先にこの男に殴りかかるところだ。

でも大護軍が医仙の患者だからと我慢してるのに、俺が怒るわけにもいかない。

担架を運びながら、俺は胸の中で男を罵る。
その代わり担架を担ぐ他の兵に
「速度を上げろ!」
そう喝を入れるだけだ。
「はい!」
足早になった担架。出来るんなら最初からやれよと、なおさら腹が立つ。

 

「ここを曲がったところです」
患者の声を聞いたのは皇宮を出てから約20分後。
その声に担架が曲がる。
1人で歩かせなくて良かったわ。時計を見ながら、ほっと胸を撫で下ろした。
これ以上歩けば、自足歩行出来ないこの患者の体温の低下も心配だったもの。
それにしても。

私は、目の前を歩くあの人の背中を見詰める。

こんなプライベートな事に迂達赤の皆を使っちゃって、ほんとに良かったのかな。
大護軍は公私混同してるとかなんとか、噂になっちゃったらどうしよう。
ああ、気付くのが遅いのよね。いつだってそう。
それで後になって騒ぎになっちゃう。

ごめんね。心の中であなたに謝る。
いつも助けてくれて、ありがとう。
後できちんと直接口で伝えるから。

酷く捻挫した患者の足をじっと見つめているあなたの視線を追って、私はにっこり笑う。
あなたも患者の怪我を心配してくれてるのかな。

 

男の家は近いらしい。
これ以上こうしていれば己がどうなるか、予想すらつかなかったが。

俺は太く息を吐く。
息が真白な雲になり、夕闇の迫る空気にふわりと溶け込んだその時
「ヨボヤ!!」

そう叫んで一人の女人が雪の中を走ってきた。

ヨボ、ヤ。
この男の細君か!
そう思っているうちに叫んだ女人は担架に駆け寄り
「どうされました、お怪我ですか」
そう言って、担架の上の男の顔を心配げに覗き込む。
俺のこの方とは全く違う。儚げで、幼げで。
その眉が下がり、男を見つめる両の目から見る間に涙が零れた。

「ああプイン、済まない、ごめんね、心配をかけた。
大丈夫だ、転んだだけだから泣かないで」
担架の上の男が優しく笑いながら女人の頬に自分の手を伸ばし、涙を拭いている。
その優し気な声、細君を見つめる目。
俺たちは白い息を吐いたまま呆然と立ち止った。

何なのだ、この雰囲気は。
この男、そして細君には、俺たちが見えておらぬのか。

同じくそれを見つめていたこの方がようやく気を取り直したように
「え、と、初めまして、突然大勢ですみません。
驚いたでしょうが、御主人が酷い捻挫なので、歩けないと思って送って来ました」

そう告げると細君はようやく気づいたよう、指先で頬の涙を拭うと俺たち一人一人に
「本当にありがとうございます」
丁寧に頭を下げ、先に立ち邸内を玄関へ進む。

兵たちが邸内の玄関内までそのまま進み、三和土の上に担架を降ろす。

細君は男が体を起こすのを手伝い、
「皆さま、宜しければどうぞご一献。
このままお帰ししてはこの寒さ、体に毒です」
そんな風に俺たちを誘う。その声に男も
「その通りです。ぜひお上がりください」

夫婦ともどもそう言って引き留める。
確かに外は、かなり冷えている。
「いや、それは」
トクマンが俺を気にしつつ、首を振って告げる。
「お願いです。このままでは私たちが困ります」
重ねて言う夫婦に、俺は頷いた。
「それでは甘えて、若い奴らのみ一杯だけ頂きます。
申し訳ないが、某らは此処で」

そう言って横のこの方の腕を取る。
「本当にお騒がせいたしました」
「医員様、申し訳ありませんでした」
何度もそう言い玄関先まで見送る夫婦に手を振って、この方が俺に並んでついてくる。

「うちまで近くて、良かったね」
「ええ」
「あなたが迂達赤の皆を貸してくれなかったら、きっと今頃私、まだまだ遠くにいた」

そうだな。この方の事だ。
一人で送るとなれば行燈も持たずに、両腕で男を支えて行ったに違いない。
そのまま暗くなればどうなっていたか。

「イムジャの事だ。
下手をすれば暗くなって道が分からず、一旦皇宮まで戻ってから遠回りで帰宅したでしょう。
この積もった雪に足を取られ、寒さの中震えながら。
そして風邪でも得たかもしれぬ」
「・・・否定はしないわ」
しょぼりと俯くこの方。少しばかり苛め過ぎた。

「しかし何故あれほどあの男に近づいて、足まで抱え上げて治療していたのか」
「え?」
「典医寺で拝見し、驚いただけです」
「・・・・・・ちょっと待って」
横を歩く小さな体がぴたりと止まった。

「もしかして善意じゃなくて、焼きもち妬いて・・・迂達赤の皆を、呼んだりした?」
「さあ、何の事やら」

俺はそう言って、雪道を先へと歩く。
細君持ちの男に悋気を抱いたなど、今にして思えば馬鹿らしい。
ましてあれほど細君を思っておるような優男。
人前で恥ずかしげもなくその頬に触れ優しく囁き、涙を拭うような男に。

「ねえ!」
あの方は離れていく行く俺の背に叫ぶような声を掛ける。
「・・・ヨンア、なんで、患者の足をじっと見てたの?」
「さあ、何の事やら」

全くだ、一体何の事やら。
馬鹿馬鹿しいことだ、思い出す気にもなれん。

静かに暮れた雪の夕。
空気の中に、白い息の雲が沸く。
「待ってってば!」
そう言って走って来るあの方を、離れたところで言われた通り立ち止り、暫し待つ。

掛ける勢いのまま、飛び込んできた小さな体。
俺は笑いながら両腕にしっかりと受け止めた。

 

 

【 雪の日 ~Fin~ 】

 

 

 

 

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