2014-15 リクエスト | 曠日・6

 

 

「旦那」

物陰から小さく掛けられた声に、さりげなく回廊を外れ左右に素早く眸を走らせて滑り込む。
「どうだ」
そう尋ねると身を顰めていたチホは頷いて言った。
「変わりねえ、元気だよ。今は北に行ってる」
「・・・そうか」

チホは俺を横目で見てから、頭の後ろで手を組んだ。
「なあ、旦那」
「何だ」
「何で直接ヒドヒョンに会いに来ねえんだ」

その問いに、黙って首を振る。
黙ったままの俺を見て、チホは首を捻る。
「ヒドヒョンだって待ってるはずだ。 旦那の事だけはあれこれ聞くって、シウルが笑ってたぞ」

会いにくるな。弱みを作るな。
最後のヒドの言葉の意味が今は分かる。
今王様の、俺の目の前に立ち塞がる徳成府院君奇轍。
王様にまで遠慮会釈なく手を伸ばし、その玉座を渡せと迫るだけの力を持つ男。
そしてあの方を手に入れる為なら誰でも殺めると、そう考えるあ奴がヒドの存在を知れば、どうなるか。

いくらヒドとて入密法の使い手の笛男にあの火女、おまけに毒使いの手下までが掛かれば無事では済まん。
結果は火を見るより明らかだ。
そして恐ろしいのはこの心中が知れれば、ヒドは黙って己が犠牲になることを、よく知っているからだ。

「絶対に外に漏らすな、俺とヒドとの関わりは」
俺はそう言ってチホを真直ぐ見た。
「頼む」
その声に呑まれたよう、チホは僅かに身を引いて頷いた。

俺は黙ってそこから回廊へと滑り出た。
そして何食わぬ面で、再び歩き始める。

その足が、走りたがっている。
この眸が、見たがっている。
この耳が、聞きたがっている。

心が求めている。護りたがっている。全てを懸けて。だからこそ。

ヒド、だからこそ暫くの間は、お前と会うわけにいかない。
俺の手は二本しかない。一本を王様に、一本をあの方に使えば、お前までを護るわけにいかない。
だからお前の存在を、悟られる訳にはいかない。
俺にとって家族だと、知られる訳にはいかない。

俺の後ろに影が走り寄る。
「テマナ」
振り向かぬまま告げる声に、テマンが頷く。
「はい隊長」
ただ名を呼んだだけの俺にそれ以上問いかけるでもない。
足を止めず回廊を渡る。後ろの影は黙って付き従う。

お前もいる。迂達赤もいる。斃れる訳にはいかない。

いつからだ。 いつから俺の周りにはこれほど考える事が増えた。
いつからこれほど、大切な人間が増えた。
いつからこれほど、背負う命が重くなった。

ヒド。 お前は今でも、死の前でしか生を考えないのか。
死にいく命を目にして初めて、自分の生を感じているのか。

 

******

 

「もう見たかい」

卓に腰掛ける俺の前、音を立ててクッパの椀を置くマンボが問いかけた。
「何をだ」
「ヨンアの天女だよ、もう見たかい」
その問いに黙って首を振る。
「お前にしちゃ珍しいじゃないか。ヨンアの事ならどんだけ些細な事も、気にすると踏んでたんだがね」
「餓鬼でもあるまいに」
その返答にマンボがふんと鼻で笑う。

「よく言えたもんだ」
「あ奴が決めて傍に居る。何を言っても変わらぬだろう」
マンボは頷き、断るでもなく卓向かいの椅子に腰掛けた。
「あたしはこないだ見たけどさ」
そう言って卓に肘をついた。
「この目で見ても、俄かにゃあ信じられなかったね」
気を持たせるその声につい反応する。

「何故だ」
「あのヨンアが、笑ってたからさ」
「・・・そうか」

そうか。あ奴が笑っていたか。
誰かの隣でもう一度、笑えるようになったのか。
「ヨンアに害成す女ではないのだろう」
「それはどうだかね」
マンボは少し考えながら言った。
「天女自身には、全くそんな二心はないだろうね。但しあの天女の周りにゃ、天女を欲しがるもんが大勢いる。
そいつらが黙って、ヨンアに天女を預けとくわけはないね。一緒にいる事だけで狙われてるよ」

その答えに息を吐く。
「二心がない分、厄介だ」
「ああ、そうだろうね」
椅子の背凭れへとこの背を預け、天井を仰ぐ。
出てくるのは溜息交じりの苦い笑いばかりだ。
「選りによってそんな女を」
「損得やら計算やらでどうにかなれば苦労はないさ。あの男は、金勘定すらできないんだよ。
気持ちの勘定なんぞ出来るわけがあるかい」
マンボの呆れたようなその声に、仰いでいた顔を戻した。
「マンボ」
「何だい」
「しばらく戻らん」

その声に、マンボが目を丸くする。
「そりゃまた一体、どんな風の吹き回しだい」
「傍にいればあ奴の弱みが増える。つけ込まれては面倒になる。足を引きたくないからな」

俺があ奴の立場なら。そう計じれば答えは自ずと明白だ。
俺ならあ奴を押さえられれば、それが弱みとなる。
あ奴には今、天より連れてきた女とやらが居る。
その上俺までいては、憂い事が増すだろう。

「お前は、それで良いのかい」
「良い」
「ここにも計算のできない男がもう一人いるってわけだ」
「煩いぞ」
「分かったよ、なるべく遠くで、なるべく長くかかるようなでかい仕事を預けるよ。しっかり稼いでおくれよ、いいね」

マンボは取り出した杓文字を、クッパの椀にずぶりと刺した。
計算はマンボに任せておけば安心のようだ。
喉の奥で笑うとクッパには手を付けず、俺は席を立った。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    互いのことを知り尽くしているから
    己の立場もよくわかる。
    では どうする…
    付かず離れず 近くに居たいのにね
    ウンスを見てもいないのに
    ヨンが選んだ女なら…まかせられるんだ〰。

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    さらんさんおはようございます(*^^*)
    ヒドとヨンのお互いの気持ちに
    涙しました。
    マンボ姉も解っていて(T_T)
    苦しい展開でも皆が思いやりに
    溢れてるのが素敵です。
    さらんさんは体調は回復されましたか?
    その様な状態でも
    日常の忙しさもあるなかでの
    お話ありがとうございます。
    製本のことは残念です。
    一部にプレゼント形式とか
    イベント参加時のみ
    しかも長編書き下ろし付きとな?
    さらんさんファンとしては
    去年のクリパの5人しか読めないお話も
    気になるのに(T^T)
    まだチビ子供3人の主婦は
    イベントに足をむけるのも難しいので…
    クジ運もなく、ホンとに残念。
    でもチラッどこかのタイミングで
    「してもいいかな♪つくちゃお!」と
    思ってくれることを祈ろう!(///∇///)
    ←結構positiveな私(  ̄▽ ̄)
    体調はご自愛くださいませ♪

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    何て言えばいいのか‥
    屋根の上からマンボさん達が心から笑ってるヨンを見てるあの場面‥あの時に、姿かたちは見えないけど、何処かにヒドも居たのかなぁ~と妄想すると、何だか嬉しくて‥変かな?

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    さらんさん、今朝も待ちに待ったお話をお届け頂き、ありがとうございます❤︎
    出先での打合せの合間に、大急ぎで、そして夢中で拝読させて頂きました。
    男女関係なく護りたい相手をどう護るか…というのは、人間にとって永遠のテーマですね…。
    3歩も離れず、すぐ近くに居ることも、
    時には手を握りその身を抱きしめることも、
    そしてそれが必要とあらば、黙って姿を消すことも…。
    ヨンもヒドヒョンも、我が身を二の次、三の次にしても、大切な人を護りたいという強さがあります。
    でも、大切な相手が居るからこそ、我が身も大事にして欲しいのですけれどね…。
    あ、そうそう!
    たしか、このお話のもう少し後で、ヨンはウンスから「私の心も護って」と言われたのですよね!
    ああ、今回のお話も素敵ですが、さらんさんの二次本編でのヒドとの絡みも超楽しみです(≧∇≦)
    さらんさん 怒濤の金曜日ですね。されど、休日前のワクワク金曜日。
    お互い、頑張りましょうね( ^ω^ )

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    さらん 様
    こんにちは。
    ヨンとヒド
    たった二人生き残ってしまった赤月隊の兄弟。
    お互いを気に掛けつつ胸の内は明かさず語らずなのですね。
    それでも近況を確かめずにはいられない二人を見ていると、少し安心するというか上手く表現が出来ないのですが、心を完全に閉ざしていないヒドにホッとする自分がいます。
    ドラマ本編中のヨンの思いを改めて聞けて、
    また『金勘定すらできないんだよ。気持ちの勘定なんぞ出来るわけがあるかい』
    というマンボ姐さんの言葉に何だか嬉しさ感じる昼下がり(*゚ー゚)ゞ
    @勤怠管理のデータまとめ中
    4年後・・・
    懸想したら殺されるぞ
    と、呻ったヒドヒョン
    小僧
    の、名言を残したヒドヒョン
    いつかは笑って欲しい

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    うーん、もうこの二人の場合、知り尽くしているうえに
    やはり政の世界に多少なりと関わって生きています。
    ヒドの場合はヨンがムン・チフ隊長の二の舞になるのを恐れていますし…
    あ、もうこれは【向日葵】からですが、ヒドはウンスオンニの事はどーでも(爆
    ただただ、ヨンを幸せにしたいだけです( ´艸`)

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    >愛知のひとみさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ヨンヒドの兄弟愛はもう、互いのことしか考えぬので
    好きにさせておくしかないかもしれません、このパラレルの際はw
    最後なんて、ほとんどファミリードラマと化しています(爆
    製本に関しては、PCさえあれば比較的簡単に製本できるのですが
    販売する気がない限り、価格との折り合いが(´□`。)
    イベント時にもし実現した時は、期間など可能な限り長く取りますね❤
    けんちゃなよーo(^-^)o

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    >えみりんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    私も同じ事思いました( ´艸`)
    ああ、塀の、屋根のあっち側のどっかにヒドがと(爆
    そこまで感じて頂けて嬉しいですヨンヾ(@°▽°@)ノ

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    >muuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    私の場合、本編の重箱の隅をつついて、ちいいさいキーワードから
    重大局面まで(a.k.a ミクロからマクロまで・w)
    拾い上げてはさらん解釈でお話のネタにしているので、
    muuさまのよう、キーワードを拾って頂けると嬉しいです(〃∇〃)エヘ❤
    ワクワク金曜を過ぎ、まったり土曜日です❤
    muuさまも無理せずのんびり、お過ごしくださいませ(*v.v)。

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    >mamachanさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    おお、mamachanさまもお仕事中のご観覧、ありがとうございます( ´艸`)
    皆さまもしかしてデスクにヨンの御真影が飾ってあったり?
    PC壁紙が信義だったり?
    そんな感じなのでしょうか…と想像してしまいました( ´艸`)
    あ、それはうちの先輩でした(ヨンではなく、別の俳優さんですが)
    きっと、いつかは。少なくとも、そんな風に思えるラストだと良いなあと思います❤

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