2014-15 リクエスト | 輪廻・5

 

 

「次は自殺未遂か」
「分かりません」
「お前の目の前で、ここから飛び降りようとしたんだろう?」
「飛び降りるというか・・・」

俺とユン先輩は病院の屋上に立っていた。
あの日ユ・ウンスが身を乗り出していたフェンスに互いに背中を預け、並んで風に吹かれていた。
空は晴れ、目の前のスタンドに広げて干された白いシーツやタオルが、心地いい風に揺れている。
あれを飛び下りと、考えて良いものだろうか。
足からも頭からも飛び降りようとはしていなかった。
ただ上半身でフェンスを超えて、爪先立ちになって、腕を伸ばしていた。
そのバランスの危うさに手を引いて、何をする気だと怒鳴ったが。

「最初から特異な誘拐事件だとは思ってたが」
「はい」
「お前も退職間近だ」
「ええ」
「面倒に巻き込まれたもんだ」
「いえ」
「次の場所は、決まってるんだよな」
「まあ・・・」
曖昧に頷くと、先輩は笑って頷いた。
「言わないのが証拠か」
「すいません」

それ以上言わずに頭を下げる。人の口に戸は立たない。
先輩も何処からか何かしら聞いているんだろう。
良くも悪くも、情報集めに精通している人だ。

「お前の場合、超キャリアだからな。よく俺と組んでこんな下部組織で靴底減らして、地道に刑事なんてやったよ」
「いえ、そんな事は」
そう言って首を振る。そんな事はない、本当に。
俺に捜査の現場を教えてくれたのはこの先輩だ。
もっと早く知っていればあんなことは起きなかった。
決して、起こしたりはしなかったのに。

「特警か、国情院か?銃の腕が異常に良いしな。意外とUDT SEALあたりとかか?」
「・・・先輩」
「ああ、聞かない聞かないもう聞かない、すまん」
ごつく節の目立つ大きな手を振り、それにしても、と、フェンスに凭れたまま、先輩は横目でこちらを見た。
「ユ・ウンスの、何がそんなに引っ掛かる」
「・・・全てです」

その答えに先輩は、はははと大きな声で笑う。
「お前じゃなけりゃ、恋に落ちたと言ってるとこだ」
そう言った後、真面目な顔で
「しかし確かにおかしいよな。ビデオ画像のあの鎧男、あれはまともじゃない。
画像分析しても分からないなんて。どうやってガラスを割ったんだ。
どうやってユ・ウンスを抱えて、パトカーを飛び越えて逃げた。
あんなに目立つ格好で、2人で奉恩寺から何処へ行ったんだ」
「分かりません」

本当に判らない。斬られたセールスマンは、容疑者に会ったのはあの時が初めてだと言っている。
心当たりもないと。
彼の周辺にもまた、容疑者に該当する人物はいない。

第一あのセールスマンへの怨恨だとすれば、何故首を切った後にユ・ウンスに手術をさせたんだ。
どうやって逃走した。仲間がいたのか。いたとすれば尚更身代金の要求がなかったのはおかしい。
仲間割れか、他の仲間は全部口を封じたとでも言う事か。
あの刀を振り回して。まさか。時代劇でもあるまいし。
それに該当する外傷を受けた被害者も発見されていない。

事実を知っているのはユ・ウンスだけだ。
容疑者と接触し、なおかつこうして生きて戻ってきた。
重要参考人であるのは間違いない。
法治国家として再犯を未然に防ぐためにも、容疑者に関しては聞くべき事知るべき事が多すぎる。
だからこんなに気になる。そうに違いない。

退職まで残り5ヵ月弱。やれるところまでやらなければ。

「さて、じゃあ会いに行くか。お前の意中のユ・ウンスに」
先輩はそう言って、フェンスに凭れていた背を起こした。
「・・・先輩」
からかうような声。冗談でもやめてほしい。
今はまだ俺は事件担当の刑事だ、退職するまでは。そして相手は参考人だ。

「悪い事じゃない。護ってやれ、今回の事件の裏が取れるまで。
いつ容疑者が、どんな風にまた接触するか分からない」
「・・・はい」
そうだ。少なくとも犯人像が、事件の概要が分かるまでは。
容疑者の再接近を防ぐためにも、参考人として護らなければ。

先輩のその言葉に、俺は頷いた。

護らなければ。

 

******

 

ユ・ウンスが退院する。
そう聞いて彼女に接触したのは、それから二週間後の事だった。
先輩と2人何度足を運んでも、彼女から容疑者に関して有力な情報を聞きだすことはできなかった。

先輩には、次の事件の捜査がある。
俺は退職間際の人間として、新しい事件担当に回されることはない。
いきおい既に被害者が無事に戻り、形式上は終息した今回のケースの後処理に回ることが多くなる。

「押し付けたみたいで、悪いな」
先輩は俺に向け、片手で拝みながらそう頭を下げた。
俺は笑って首を振った。
「構わないですよ、自分は」
「そうか、ユ・ウンスと2人だしな」
「・・・違いますよ」

椅子の背に掛けていた上着を取り上げ、それを煽るように肩から引っ掛け大股で部屋を出ながら告げる。
「出てきます。今日彼女が退院するので」
「おお、行って来い」
先輩は嬉しそうに笑い
「お前も、最後に熱中できるもんが見つかった。良いじゃないか、昔のことは忘れろ」
そう言って頷いた。その声にただ頭を下げ、部屋を出る。

忘れられるくらいなら。

廊下を歩き、署の裏の駐車場へ向かう。車に乗り込み、エンジンをかける。
微かな振動を感じながら、運転席で片手で目を覆う。

ヒョナ。俺の最初の相棒。刑事としての、そして人生の。

お前がいなければ俺はもっと早くこの職を捨てて、さっさと国情院の誘いに乗ってたはずだ。

お前があの時、犯人に刺されなければ。
目を閉じるたびに、あの最期の顔を思い出さなければ。

行き過ぎた捜査をした俺の責任だ。
追い詰めればいい、確たる証拠さえ掴めばいいと信じて、容疑者の懐に我武者羅に突っ込んだ。
犯人が定着支援金詐欺を仕掛けている事実まで掴んでいながら、お前を守り切れなかった。
俺より狙いやすいお前に手が伸びる、俺が別働隊と捜査を引き継ぐから信じて手を引けと伝えた言葉。
今になれば空しいだけだ。お前を信用させられなかったんだから。

悪夢の中で何度も蘇る、あの最期の夜。
走り回って見つけた、裏路地の隅のお前の体。
強い雨に流されていく、暗い夜の中の赤い川。

お前が喜んだりしないのは分かってる。
それでも顔が思い浮かぶ間は。

目を覆った手を外す。
そのまま助手席を見れば、薄い影みたいにお前の姿がまだそこにある。
───── テウ!
お前がそう呼ぶ、あの声が。

首を振って、ギアをドライブへと叩き込んだ。

刃物を使う犯行。初対面の男の首を切った容疑者。
それを知る唯一の証人、あのユ・ウンス。
重ねても仕方ない、そんなことは分かっている。
それでも最後に、護らなければならない。
少なくとも事件の概要が分かるまで。
あの鎧の男が、二度とユ・ウンスに近づかない確証を得るまで。

そう考えながら、車を病院へと走らせる。

 

 

 

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