2014-15 リクエスト | 香雪蘭・16

 

 

「チュンソク」

姫様との短いご対面を終えた王様を、闇に紛れ密かに典医寺からお連れし康安殿へとお送りした後。
兵舎へ戻った俺は奴の私室へと直行した。
部屋の扉を開けて呼ぶと、蝋燭を灯した部屋の中、椅子に腰掛けていた奴が驚いたよう腰を上げた。

「大護軍」
「お前、何か知ってるか」
「は」
「姫様が降格を王様に直談判された。奴婢に落とせと」

その瞬間、チュンソクの表情が凍った。
「まさか」
「そのまさかだ。王様も動揺していらした」
「俺のせいです」

薄々勘づいてはいても、思わず深い息が漏れる。
顰めた眉根を指で揉みつつ、話を続ける。
「何があった」
「キョンヒ様にお伝えしました」
「何を」
「翁主様の姫であられる限り、ここまでと」
「気持ちを伝えた後にか」
「はい」

ならば無理もない。だからあれほど懇願されたか。
こ奴の存在が、あの言葉の決め手か。
あの姫があれほど深いお考えを持っているとは、正直予想もしていなかったが。

「・・・あの姫は賢い。思った以上に。ご自身のお立場もよくご存じだ」
「はい」
「お前の事も大きな理由だろう。しかしそれだけではない」
「何があったのですか」
「あとでご本人に聞け。今は刻がない」

どうする。この堅物がここまで心を決めたのだ。この状況を打破するには。
頭の中、今までの布石を一つずつ辿り直す。

「チュンソク」
「はい」
「贋金の事は、姫様には知られていないと言ったな」
「はい」
「確かか」
「かと思います。ハナ殿はキョンヒ様を危険に巻き込むことは絶対にしないでしょう。
気付いても漏らしてはおらぬと。あの方も勘づけば、必ず何かおっしゃると思います」

贋金、露見していない隠密行動、奴婢への降格を辞さぬ姫様。国を去った徳興君。
確かに姫様が消え、反対勢力と結ばねば、王様のお立場はより堅固なものとなる。

「贋金を掴む時、お前の身分は明かしていないな」
「ええ、隠密の探索でしたから、勿論」
「姫様たちも知らぬ振りだったんだな」
「自分の事は、チュンソクと呼んでほしいとお願いしました」
「では、チュンソクに金を渡したんだな、あの姫様は」
「・・・は?」
「チュンソクという男に金を渡したんだな、姫様は」
「・・・ええ、そうです」
「その名は、周囲に聞かれていまいな」
「声を顰めましたから、恐らくは」
「善し」
「え?」
「来い」
「ど、どこへ」
「康安殿だ」

短く伝えると、俺は室内で踵を返す。
チュンソクが慌てて椅子を蹴り、この背の後へ走り寄った。

 

******

 

重臣たちが居並ぶ宣任殿の中が、読み上げられた王様の勅旨で大きくどよめいた。
窓の外より麗らかな春の日差しの射す殿内に張りつめた空気は、真冬を思わせる程に冷たく凍りつくようだ。

「銀主翁主娘、敬姫の皇位を剥奪する」

王様の勅旨を賜った主席内官の、読み上げる声も震えている。
慌てたように重臣の一人が腰を上げる。
「王様、畏れながら左承宣より申し上げます。何故、敬姫様にそのような」
王様は玉座より左承宣へと顔を向けてお告げになる。

「敬姫は先般市内で見つかった贋金を、確認もせずに市井の誰とも知らぬ者へ渡した。
役所へ届ければ、早々に発見も出来、対策も練られたものを」

贋金が内幣庫へと運ばれた一件は重臣たちも皆知っている。
王様のそのお声に顔を見合わせた後、一人が口火を切った。

「し、しかし、贋金を発見したのは迂達赤隊長なのでは」
「確かに。迂達赤中郎将隊長が、贋金の件を皇宮へ報せた。その市井の男から預かった贋金をな」
「しかしそれだけで、敬姫様には厳しすぎる御沙汰なのでは」
「敬姫も此度の沙汰を聞けば、心より納得するはず」

別の重臣の声に、王様は声を発した者を睨み付けた。
「敬姫も皇族である限り自身の責務を自覚し、誰とも判らぬ怪しい者でなく、役所の人間に贋金を渡すべきであった。
それを怠ったと分かった以上、沙汰を下さぬわけにはいかぬ」

そしてふと御目許を緩めると
「しかし敬姫の尽力で贋金が見つけられたのもまた事実。故にこれ以上の処分の沙汰はない。
皇位のみ剥奪、今後それ以上の咎の追及は一切ないものとする」
「皇位のみとは、姫の敬称を剥奪と言う事ですか」
「そうだ。儀賓大監の娘の地位まで奪う気はない」

王様のお声に重臣たちがざわめいた。
騒げ、好きなだけ。
肚の内で呟きながら、その騒ぎを傍観する。

「せめて、敬姫様に弁明の機会を」
「このままでは後世に恨を残しかねませぬ」
「王様、なにとぞ」
口々に言い募る重臣にうんざりしたように、王様が玉座で息を吐く。
「ドチ」
「はい、王様」
「敬姫をここへ」
「はい、王様」

その声に、主席内官が宣任殿の扉に立つ内官に声を掛ける。
「敬姫様を、こちらへ御案内せよ」

その声に扉脇の内官が扉を開く。
病み明けの姫様が、宣任殿を王様の前へと進む。
その玉座の前、床に端坐された姫の姿に重臣らが息を呑む。
姫が床に座るなど、通常は到底考えられぬ御姿。

そのまま王様の前で平伏された敬姫様に向かい、玉座から王様が静かにお声を掛ける。

「銀主翁主娘、敬姫」
「はい、王様」
顔を伏せたまま姫がお声を返す。
「そなたに弁明の機会を与えろと、重臣らが申しておる。何か申し開きたき儀はあるか」
「御座いませぬ」

頭を下げ、即座に続ける姫に向かい
「そなたが贋金を渡した男を迂達赤副隊長と呼んでいたと、そう申す者どもがある」

王様の声に、姫が弾かれるように顔を上げる。
その顔が色を失い、今にも倒れそうに唇が蒼褪めた。
「王様」
「それは真か」

王様のご様子を横で拝する己には判る。
王様は此処で一気に、その噂も押し潰そうとされている。
王様から視線を外し、目の前の姫へ眸を当てる。気付いてくれ、と祈りながら。

上げたその目が王様を見、そしてようやく俺へ当たる。
大丈夫です。
そう眸に込めて頷くと、姫は唇を震わせながら頷き返し
「・・・・・・はい」
長い沈黙の後、ようやくそれだけ言って頷く。

「敬姫。その迂達赤副隊長は、この場に居るか」
王様の御下問に姫は驚いたよう、宣任殿中を見渡す。

居る訳がない。
今宣任殿の中で王様を御守りしているのは俺と、もう一人。

「・・・いえ、見当たりませぬ」
姫は正直に首を振られる。
姫の声に全ての重臣の目が王様の横、俺とは逆側に集まる。

「ほう、不思議なことよの」

王様はおっしゃりながら、重臣たちと同じく俺の逆側へ目を遣り
「では敬姫、この男を知っておるか」
続いて姫へと問い掛ける。
呼ばれた奴が一歩進んで顔を真直ぐ上げ、姫へと向き直る。

姫は心底不思議そうに
「いえ、初めてお会いする方です」
そう言ってまた面を伏せる。

「迂達赤副隊長、そうなのか」
王様が其処に立つ、迂達赤副隊長チンドンへ御目を当てる。
「はい。畏れながら、自分も敬姫様のお顔を拝見するのは、此度が初めてでございます」
奴は正直に言い、王様へ、そして姫へと頭を下げる。

「成程。と言う事は敬姫が贋金を渡した市井の男は、身分も偽っておったという事だな。
それでは探しようもない」

後半を目の前の重臣らに伝える如くおっしゃった王様は、再び階下に控える姫へ御目を当てる。

「これではそなたは、贋金を誰に渡したか分からぬ」
「・・・はい」
ようやく王様のお心が理解できたか、姫は深く頭を下げる。
「その男を迂達赤副隊長と呼び、贋金を渡したのだな」
「はい」
「しかし此処に控える迂達赤副隊長とは別人であったと」
「はい」

誰も嘘は吐いておらぬ。全て真実だ。
背の高い細身のチュンソクに対し、チンドンは鎧の上からも判るがっしりとした体躯、そして髭も蓄えておらん。
この後目撃者の面通しがあったとて、露呈する訳がない。

王様はごく小さく目の端で笑むと
「しかし、それでも処罰はせねばならぬ」
姫がそのお声に、お顔をさらに深く伏せ
「はい、王様」

そんな姫様へ、王様が穏やかなお声で告げる。
「そなたの皇位を剥奪する」
「王様」
「しかし贋金を見つけた功労を鑑み、皇位のみの剥奪とする。貴族の地位までは奪わぬ。良いか」
姫の伏せた顔が、僅かに上がる。
「王様」
「これより皇族は名乗れぬ。銀主翁主娘、姫の地位は剥奪。それで宜しいな」
「・・・・・・はい」

震えたお声と共に、伏せた顔から床へとぽたりぽたりと滴が落ちるのが此処からも見える。

「銀主翁主娘、姫としての皇宮への出入りも罷りならぬ」
「はい」
「無論、その地位での婚儀も許すことはできぬ」
「はい、王様」
「そなたの母、銀主翁主には、余より別途そなたの処遇について、沙汰の内容を伝えることとする」
「はい、王様」
「そしてこれにて、この件について以降一切不問に付す」
「はい、王様」

その床についた、まだ幼げな手が震えている。
重臣らの目には皇位を追われた悲劇の姫と映るだろう。
それで良い。全て計算通りだと息を吐く。

「最後に何か、申すことはあるか」
姫がゆっくりと顔を上げる。その白い頬に新たな涙が伝う。

「王様の海よりも深き、山よりも高きご聖恩に」
そう言って唇を噛むと息を整え、姫は最後におっしゃった。
涙に暮れていながらも、毅然として顔を上げ。

「心より、感謝いたします」

 

 

 

 

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