2014-15 リクエスト | 藤浪・11

 

 

瑩さんは息を吐くと渡された筒を開け、中から茶巾に包まれた手紙を取り出す。
私に頭を下げると数歩進み、町からの明かりの中それを読む。そしてこちらへ戻ってきた。

「典医殿」
「はい」
「驚かせて済まない。もう暫し、こちらに足止めです」
「あれだけ燃えているものね」
「はい」

瑩さんはそう言って首を振った。
「避けられたかもしれない戦でした」
「え?」
「昨夜遅くまでは、長州擁護の宮家や参議が主上と話し合われていた。
長州を許し、会津藩主を追放するようにと。
しかし主上の会津藩擁護のお気持ちに、最後は折れた」
「そうなの」
「主上のお気持ちも分かる。いえ、分からねばならん。ただ・・・」
瑩さんはそこまでで口を閉じた。

「あのね」
私が次に沈黙を破って、そっと口を開いた。
「私ね、ここに来るまでの事、何も覚えてないの」
「・・・はい」
瑩さんは急に言い出した私に驚きもせず、静かに頷いた。
「先生、お龍さんのお父上に拾ってもらった時ね。言葉がおかしかったみたい」
「言葉が」
「大和言葉じゃなかったみたい」
「そうですか」
「家や家族が何処かも、自分が誰かもいくつかも分からなくて。
名と年は先生がつけてくれた。でもね」
「はい」
「先生に会えて、勉強できて、今はこうして瑩さんにも会えて、ここにいて良かったなあっていつも思うの。
自分が決められる事ってそんなにたくさんはなくて、大きな力が先を決めていくことってたくさんある。
だから自分が決められる事だけ後悔しないように、大切にしていけばきっとそれでいいのよ」
「・・・典医殿」

私の顔を見て、瑩さんがふと目許を緩めた。
「だから嘘は嫌ですか」
「うん、そう」
「そうですか」

そして私の横に腰掛けた。
「これから、どれ程燃えるか分かりません」
その横顔が庭先の町をじっと見つめている。
「一つ意見が違えば、燃えなくとも良かった」
「瑩さん」
「それでも分かって差し上げたいと思う。 何故にそうせざるを得なんだか。何故にそれを選んだか」
「苦しいね」
私はそう言って、その背中をそっと撫でた。
「・・・はい」
「大丈夫ですよ」
私の声に、瑩さんは横を振り向いた。
「私はここにいるから、大丈夫ですよ」
真っ直ぐその目を見て伝えると、瑩さんはようやく笑ってくれた。

 

翌朝、そして昼。町はどんどん燃えて行った。
風向きによっては、庭先に立つ私たちにまで煙が届いた。

昼過ぎになると
「夜に火を焚けば万一近くにいた時、長州の目につかぬとも限らない。
今のうちに、風呂をお使いください」
瑩さんが言って、お風呂を沸かし始めた。
「あなたが先にお入り下さい。一日中庭先で煙に燻されてるでしょ。燻製になっちゃっても知らないから」
「俺は行水で十分です。あなたはそういうわけにはいかない」

そう言って、真一文字に結ばれた唇に笑う。
「頑固なのねえ」
「あなたが分からず屋なんだ」
瑩さんの声に肩を竦めてべえと舌を出すと、あなたは驚いたように目を丸くした後に噴きだした。

その夜の昨日と同じような刻、大望さんが庭先に駆け込んできた。
あなたはそれを出迎えて、同じように地に膝をついた大望さんに小さな筒を懐から手渡した。
それを受けとり懐へ大切に仕舞った大望さんは言った。
「長州残兵は大坂、播磨へと下りました。既に市中にはほとんど残っておりません。
天王山の真木和泉には郡山藩が降伏を勧告していますが、今の処無視を決め込んでいるとの事です。
聞かなければ明朝、会津と新撰組が攻め入ります」
「火の手は」
「南は七条まで。東は鴨川で遮れましたが、西側が」
「桂川まで遠いな」
「はい」
「二条城は堀が守ったか」
「はい」
「何かあれば、すぐに」
「はい、お知らせに来ます」
そう言って立ち上がった大望さんへ、お二人の会話の切れ目を待っていた私は恐る恐る言った。
「あの・・・」

声を掛けられ驚いたように、大望さんの目がこちらへ動く。
「これ、どうぞ」
思ったよりよりも重く大きくなってしまった包みを、そう言って大望さんへと差し出した。
「お結びです」

その声に、大望さんがこの人へ振り返る。
この人が頷くと大望さんは少し笑って、私に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります」
「私に何か出来れば」
「いえ、典医様は今はこちらに。瑩様をお願い致します」
「分かりました。ご無事で」
「はい。明日また参ります」

最後にもう一度頭を下げると、大望さんは昨夜と同じように門から素早く走り出て行った。
その姿を見送ってから、振り向いたあなたは呆れた様子で首を振りながら私に聞いた。
「いつ、お作りに」
「あなたが行水してた頃」
「声を掛ければ俺も手伝った」
「あなたが厨に立ったら邪魔で仕方ないわ、そんなに大きな体で」

その声に笑うと
「ありがとう」
あなたに言われて、私は頷いた。
「お結びは上手なのよ」
「はい」

優しい顔であなたが頷く。
「昨日のものも、美味かった」
「でしょう、お結びは上手なのよ」
続く私の自慢げな声に、あなたは首を傾げ
「・・・はい」
そして続いて
「他には、何がお得意ですか」
その問いかける声に
「お結びは!上手なんです」
「つまり、結び以外はお得意でないと」
「うるさいなあ!お結びが上手なら、それでいいじゃない」
ふくれっ面で部屋へ上がる私に、笑いながらあなたが付いてくる。

 

******

 

「後味が悪い」

そう言う歳さんに
「歳、控えろ」
飛んだ近藤先生の声に、歳さんがかすかに頭を下げる。

「爆死とはな。腹を掻っ捌くかと思ったが」
先生に頷くと、
「そこまでの勇気もないという事ですか」
その声に歳さんが首を振る。
「十七人で勝ち目はなかった。火薬を残しておけば、没収されてこちらの武力が増す。
それを避けるためにきれいに使い切りたかったんだろう」
「成程」
斎藤が結局振るうことのなかった刀を一振りし、音を立てて腰の鞘へと収めた。

文月十九日の長州との戦の後、敗残兵の残る天王山で奴らの閉じ篭る小屋を攻めた文月二十一日。
会津藩と新撰組の連合を見た長州残兵は、立て籠もる小屋に火を放ち、残る火薬と共に爆死した。

こうして新撰組の任務は終了したものの、歳さんの言う通り後味の良いものではない。
刀を振るうことも、新撰組の基本である捕縛をすることも、何方も叶わない終わり方。

「まあ良い。これで慶喜様は大手柄だ。長州は朝敵となるだろう。
蛤御門、つまりは御所に発砲したんだからな」
そう言って笑う近藤先生に、その場の隊員たちが頷く。
「後は町の鎮火だな。早く収まらんことには廓遊びもお預けだ」
そう言いながら歩いていく先生の背に、隊員たちが続く。

そこから少し離れて歩を進める山南さんへ近づき
「山南さん」
そう声を掛けると、穏やかな目が俺に当てられる。
「顔色が悪いですよ」
「総司、お前の方が心配だ」
山南さんはそう言って首を振る。池田屋事件での喀血の事か。

確かに体がおかしいのかもしれない。慣れない京の気候のせいか、嫌な咳が出る。
それでもそんな事に構ってはいられない。
斬らなければ斬られる、斬って守らねばならない人がいる。
近藤先生、歳さん、そして山南さんもその一人だ。

「先生の豪胆は何時もの事です」
人一倍の尊王攘夷の志、勤王の思いを抱える山南さんには、先生の言葉が私が思うよりもずっと堪えるのかもしれない。
その顔をじっと見つめると視線に気付いた山南さんは首を振り、この頭をぽんと優しく叩いた。
「総司に配慮を受けるようでは、私も新撰組総長失格だ」
「山南さん」

私の声に頷いて山南さんは一人、静かに歩きだした。
「一人で行っちゃ嫌ですよ」
そう言って小走りでその背につき、一緒に歩きだすと
「そうだね」
山南さんはそう言って微笑んだ。

 

 

 

 

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