2014-15 リクエスト | 為虎添翼・14

 

 

「ウンスヤ!!!」
馬車が止まる。
鉄扉を開けて外へ降り立った瞬間、聞こえた声に俺達は一斉に振り向いた。
「オンマ!!!」
俺の横にいたこの方が叫び返し、馬車の入れぬ細道へ駆け込んで行く。
俺達はその後を小走りに従う。

「ウンスヤ、元気だった?ん?仕事はどうなの」
この方が駆け込んだその先。
この方はよく似た目許の女人と手を握り合い、幼子のような半泣きの笑みを浮かべている。
「オンマああ、会いたかったあ!」
涙声になるこの方に驚いたよう、その女人は肩を摩り優しく抱き締めながら、その顔を覗き頬を撫でている。

「こないだ会ったばっかりじゃないの、おかず持ってったでしょ?
ちゃんと食べた?あ、あのタッパ返してね。またキムチ入れて届けるから」
お義母上であろう。この方とよく似ておられる。

ありふれた家族の語らいだ。天界語は解せぬが、その気配は読める。
それをこれから俺は奪おうとしている。
この方がお義母上やお義父上と会えぬ場所へ、連れ去ろうとしている。

近付く俺とこの男に気付いたお義母上が、この方を見つめる目を上げた。
「ジェウォナ、あらー久しぶり!!どうしてたの、元気だった?
あらあらあら、こちらの方は?」

俺とこの男は、そこで立ち止りお義母上に向け頭を下げた。
「お久しぶりです。今日は大切な話があって伺いました」
俺の横の男がそう言って、お義母上を真っ直ぐ見、次に俺を掌で示す。

「こちらはチェさんです。ご紹介するのは初めてですが僕の古い友人で。
ウンスの古くからの友人でもあります」
「そうだったのチェさん、初めまして!会えて嬉しいわ、どうぞどうぞ。
立ち話もなんだから」
俺の目を真直ぐ見たお義母上は大きく笑み、俺たちを手招いて下さった。
「ウンスヤ、アッパも待ってるから、まずはいらっしゃい」
俺たちはお義母上を先頭に、ご自宅に続くらしきその門を抜けた。

 

「ウンスヤ、お帰り。仕事はいいのか?」
ご自宅の玄関扉の前に一人の男性が立ち、穏やかに微笑んでこの方に問うた。
ああ、お義父上だ。俺は背を伸ばす。その様子に、横の男が苦笑する。
「アッパ!ただいま!」
この方が再び叫ぶと、お義父上へと抱き付いていく。
「おやおや、お前が抱き付くなんて何十年ぶりだ?小遣いはないぞ?」
「そんなんじゃないもん」

お義父上の声に、この方が涙を拭きながら頬を膨らませる。
そんなこの方の肩を叩きながら、お義父上の目が真直ぐ俺達に当たる。
「ジェウォナ、元気だったかい?こちらの方は?」
「お久し振りですおじさん」
横の男が頭を下げる。
「こちらは僕とウンスの古い友人で、チェさんです」

その声に俺も頭を下げ、ゆっくりと上げた時。
お義父上と、真直ぐに目が合った。
瞬きも出来ぬような不思議な目を、俺は失礼にならぬ程度に真直ぐ見返す。
「チェさん、初めまして。会えて嬉しいよ」
真直ぐに見たその目を優しく緩め頷いて、お義父上がそう言って下さった。

久々の御家族との再会の後。
目を真赤にしたこの方はご自宅の居間にて卓を挟み、お義父上お義母上と向かい合った。
その両脇に、俺とあの男が控える。
この方はまだ潤んだ赤い目で俺を確りと見た。その目を見つめ返し俺は頷いた。
その次の瞬間、先に口を開いたのは奴だった。

「おじさん、おばさん。突然お邪魔して申し訳ありません」
その声にお義父上が首を振る。
「そんな事は構わないが、どうした?」
奴はお義父上のお言葉に背を伸ばして手を床に付き、深く頭を下げた。
「今日は、おじさんと父の約束を反故にして頂きたくて、伺いました」
その声にお義母上が目を丸くし、お義父上が口を噤んだ。

「ジェウォナ。理由を、聞いてもいいかい?」
お義父上がおっしゃったのは暫しの沈黙の後だった。
奴は顔を上げると膝の横に置いていた四角く薄い紙の袋を取りあげる。
それを静かに、卓の上でお義父上へと差し出した。
「フランスからのメールのプリントアウトです」
お義父上はその袋を取りあげ、奴に目で問うた。
「フランス語には明るくないが、何なのかな」
奴はそれに、はっきりと答えた。

「国境なき医師団のフランスオペレーター支部からの返答です。
アドミニストレーターと相談中ですが。
認可されればMSFドクターとして欠員のある地域へ派遣されることになります」

奴の言葉に御二人が息を呑む。そして俺の横のこの方も。
皆様の目が、奴へと集まる。
奴が何を言うたかは全く解せぬが、御両親とこの方の様子は只事ではない。
俺は奴の横顔を見る。

「ご存じの通り、紛争地域や疫病地域、被災地への派遣が主な任務です。
派遣期間も地域によってまちまちだし、派遣地域は当然ですが。
旅行気分で気楽に渡航できるような、そんな場所ではありません。
ウンスを連れて行くわけにもいかないし、そのつもりもないです。
それでも僕の子供の頃からの夢でした。どうか許してください」

そう言って今一度頭を下げた奴に、お義母上の声が掛かる。
「ジェウォナ」
お義母上のその声に先んじ、お義父上が溜息を吐いて仰った。
「あいつがよく言ってたよ。
君に翼があれば、危ないところへわざわざ飛んでくタイプの男だって。
何故そんなところへ行く?ここで病院を継がないのかい」
「そういう場所がどこよりも、僕の医療を必要としてくれるからです。
もしも将来病院を継ぐうえでも、この経験は絶対にプラスになります」
奴はお義父上へはっきりと言った。そして
「実はもう一つ隠していたことがあります」
その奴の続く声に、お義父上が苦く笑った。

「もう何を聞いても驚かんよ、何だい」
「実は、チェさんとウンスの事です」
その声に、お義父上とお義母上の目が俺とこの方を見比べる。
奴も俺とこの方を見た後、御両親へと目を戻した。

「隠していたのは、父とおじさんの約束があったからです。
そのせいで二人には長く迷惑をかけました。全て僕のわがままのせいなんです、おじさん」

侍医。お前、何を言う気だ。
俺は横のこの方の頭越しに今一度、奴へと目を向ける。

「二人が想い合っているのに、僕が父とおじさんの約束を盾にウンスとチェさんの間を邪魔してきました」
「じ」
叫ぼうとした俺を穏やかなしかし勁い眼で黙らせると、 奴はそのまま言葉を継いだ。

「どうかこの二人を許してください。 もしおじさんが父との約束を本当に覚えていてくれるなら。
もし僕が本当の家族なら。息子の頼みとして、この」
そこで奴は言葉を切ると、横に座り呆然と目を開くこの方へ目を当てた。

「妹と、チェさんのことを、許してください」
「・・・オッパ」
目を開いたまま、この方が囁いた。
「オッパ」
それしか言葉が出ぬように繰り返す。
「ウンスヤ」
お義父上の静かな呼びかけの声に、この方はその目をお義父上へと移す。
「ジェウォニの言ってるのは、本当のことなのかい?」

その声に、この方はご義父上から目を外し、俺を見る。
俺は頷き返した後、奴へと目を移す。
ここまでで良い、侍医。これ以上己に犠牲を課すな。

伝わったか伝わらぬか、奴はその目の奥で確りと頷き返した気がする。
そして最後にこの方を見て、優しくその目許を緩ませた。
その目を受け、この方が今一度、お義父上へと目を戻す。

「本当よ、アッパ。オッパが邪魔したって言うのは、それは全部嘘。
だけど私がこの人を心から愛してて、一生一緒にいたいって思ってるのは、全部本当。
紹介するのが遅くなって本当にごめんなさい。でももし反対されてももう決めたの。だから」
「・・・そうだったのか」
お義父上は、この方の声を聞き、深く息をされた。

「気が付かなかった。ジェウォナにも、チェさん、君にも済まない事をした。
そしてウンスヤ、隠させる事になって済まなかったね」
そう頭を下げたお義父上に向かって僅かに膝を進め、深く頭を下げる。
「お義父上」
頭を一旦上げ、次にお義母上に目を合わせる。
「お義母上」
御二人がこちらを見遣るその目を今一度確りと見詰めた後、俺は床へと手を付いた。

「チェ・ヨンと申します。
ご挨拶が遅れ、誠に申し訳御座いません。
全て己の不徳の致すところです」
そのまま頭を下げる。
御両親の目が当たっているのが、気配で分かる。

「頭を上げて下さい、チェ・ヨンさん」
その御声に僅かに頭を上げるとお義父上は卓の向こうで俺をご覧だった。
そしてゆっくりと頷き、照れたように笑って下さった。

「ご存じかもしれないな、チェさんなら。
ウンスはね、医者になると決めてから、とにかく勉強一本で。
男友達どころか、クラスメイトの男の子の話すら、一切聞いたことがない。
昔から心を開くのが、あまり得意ではない子でした。
いつも笑っているから、そう見えないだけで。
医者になってからは、特にそれがひどくなった」
そう言って、この方を愛おしそうに眺めた。

「結婚どころか、恋すらままならないのではと心配しました。
誰かを好きだと言ったのを、今まで聞いたことがない。
30過ぎてあなたが初めてですよ。こうして誰かを連れてきたのは」
「アッパ」
「私は一度だけ知ってるわ」
お義父上のお声を、お義母上がそう遮った。

「この子は隠してたつもりみたいだけど。一度、馬鹿男に引っ掛かった事があったはずよね、ウンスヤ」
「オンマ」
「その時もジェウォナが助けてくれたわね。あなたを遊びに連れだして、夜遅くまで電話で話を聞いて」
「オンマ、それは」
「ジェウォナ、本当にあなたは、私たちの家族よ」
「おばさん」
奴がそう言って、懐かしそうに微笑んだ。

「こうやって家族を増やしてくれたのね、妹のウンスの為に」
お義母上が俺に、そして奴に、最後にこの方に微笑み頷いて下さった。
「ウンスヤ、あなた本当に幸せ者ね」
お義母上が、静かにおっしゃった。そして続いて
「チェ・ヨンさん」
あの方とよく似た瞳が、よく似た形に笑みながらこの目をじっと見つめる。

「ウンスが、一人で先走ってるんじゃないの?」
その問いに首を振る。
「そのようなことは、決してありません」
返答を聞き、お義母上の目元の笑みが深まる。
「そうなの。ジェウォナとの事は、確かに親同士の勝手な約束よ。
あなたは嫌な思いをしたでしょう、ごめんなさいね」
「そのようにおっしゃらないで下さい。全て己のせいです」

俺が攫い、帰してやれずにこうなったのだ。
それでも離れる事ができぬ事を、お伝えせねばならん。
「元はと言えば、己がウンス殿を」
その声に横のこの方が俺の指先を握る。
俺が僅かに首を回しその様子を見ると、この方は首を振った。

「チェ・ヨンさん」
続いてお義父上が、俺にそう呼びかける。
「はい」
「ご両親はこの話をご存じかい?」

俺は首を振る。
「すでに両親共に他界致しました」
お義父上はその声に、すぐに頭を下げる。
「知らなかったとはいえ、申し訳なかった」
「いえ。しかし健在であれば喜んだろうと思います」
「二人の間では、もう話は進んでいるのかい?」
「はい」
はっきりと頷いた俺に目を当て、お義父上が微笑まれる。

「結婚したら、責任と忍耐が男の人生の全てになるよ。その覚悟はできているのかな?」
「はい」
俺は今一度確りと頷く。そして息を深く吸い肚に力を込めた。

「この方を必ず、御護りするとお約束いたします。
何とぞ、ウンス殿との婚儀のお許しを頂けませんか」

床に手をついてそうお伝えし、今一度真直ぐに深く頭を下げた。
御声が戻るまで、頭を下げ続けようと目を閉じる。

「チェ・ヨンさん」
届いたお義父上の声に、微かに頭を上げる。
「はい」
「顔を見せてくれないか」
その声に、顔を上げお義父上を見る。
お義父上は俺と目を合わせ、最後に深く頷いて下さった。

「ウンスのことを、よろしく頼むよ」

その御声に、横のこの方が息を吸う小さな音がする。
俺は僅かにそちらへと目をやる。

この方はその目からぽろぽろと涙を零しながら俺をじっと見つめ、どうにか笑顔を浮かべようとする。
それに小さく頷くと、俺はお義父上に目を合わせる。
そして続いてお義母上に、最後にあの男に。

「必ず、倖せに致します」

御両親の分も、そして侍医、お前の分も。

 

 

 

 

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