2014-15 リクエスト | 為虎添翼・3

 

 

季節の一巡目は雑事に紛れ、矢のように過ぎた。
婚儀すら未定のまま、共に暮らすことはできぬ。
ご両親にお許しを得る面会を待つ身で、その前からこの方と寝食を共にはできぬ。
俺は迂達赤兵舎に、そしてこの方は典医寺にとそれぞれの居処を構えた。

互いに気楽に休暇の取れる身の上ではない。顔を見たくなれば其処へ駆けつけた。
「イムジャ」
呼びかけながら俺が典医寺に顔を出すたび。

弾かれるように此方を見る目。腕の中に駆け込む小さな体。
心から嬉しげに笑った、その笑顔が忘れられぬ。

まるであの頃と変わらぬような。
寧ろ負った責が大きくなった分だけ、あの頃よりも逢えなくなったような刻の中。
互いが其処にいる安堵感だけが拠り所となった。

空に向かい、届くかすら判らぬまま、俺は此処だと心で叫ぶことはないと。
帰っていらした、そして俺が此処にいると知っている。
心のまま走って向かえば、必ず抱き締めるあの方がいる。握る手があると。

「気持ちは変わらないのよね、隊長」
「はい」

向かい合い、幾度そんな言葉を交わしたか。
ただしこの方もご両親にお許しを得る、その望みを翻すようなことはなかった。

王様が置いて下さった天門の見張役からは、さしたる報せは届かぬままだった。
定期的に齎される連絡の文には、変わりなしの文字が並ぶのみだ。

 

季節の二巡目、俺は戦へと駆り出された。
ほとんどの季節をあの方と顔を合わせず過ごした。

北の紅巾族、南の倭寇と各々戦を交え、大きな怪我もない代わりお会いすることもなく。

叔母上と王様に最もご心配頂いたのは、恐らくこの頃であったろう。
戦勝の報告の早馬を駆けさせるたび。
叔母上の返書には必ずあの方の消息と共に、婚儀への問いが記されていた。

翻意はないのか、どうにかならぬのか。
医仙が一人でお寂しそうだ、武閣氏が守りに就いている。
王様も王妃媽媽も大層ご心痛であられる。
どうにかならぬのか。医仙もお主も意地を張るな。

文が届くたび、記された墨痕の医仙の文字を、指先でなぞった。
せめて其処にあの方の温みを感じる為に。

俺は此処にいる。
時に野営地の開けた空の下、時に遠く離れた陣営の窓を眺めた。
開京の空に向かい、何度も心で呟いた。
あの方が呼んでいる気がした。

そこに、いる?

あの声で、あの眼差しで。

そして天門からの明るい報せは届かぬまま、三巡目の季節が始まった。
敵方を蹴散らした前年の戦勝にて、明けより、割合に静かな年だった。

ただ一つ。
また共にいられるこの方との間に、何処か歯車を噛み違えたような違和感が付き纏うようになったのを除いては。

「イムジャ」

俺が呼ぶと文机の前でこの方が顔を上げる。
そして俺に向かって微笑み、首を傾げる。
なあにと、瞳が問いかける。

三巡目の春。窓の外には櫻花が、今を盛りと咲き誇る。
髪すら揺れぬ僅かな風にも、その花びらを舞い散らす。
桃源郷もかくやの眺めの美しさ、それでもこの心の何処かが晴れぬ。
「どうしたの?」
返答のないのに痺れを切らしたか、この方が問いかける。
「・・・いえ」

其処にいる事を確認したかったのかもしれぬ。
この方と離れ過ぎ、それに慣れてしまうのが何よりも恐ろしかった。

あれ程に愛おしく、ただ追い続け、待ち続けた小さな姿。
その姿が己の傍にないのに、慣れ行くのが恐ろしかった。

あの三年を待てたのは、互いに逢いたいと必死だったからなのだろうか。
此処にいる、いつもあなたを待っていると渇望していたからだったのか。

互いに居場所の分かる今、いざとなれば駆けつけ手を握れる安堵感。
その慢心が、今のこの歯車の狂いを生んだのだろうか。
そして歯車の狂いに密かな焦りを覚えるのは、俺だけなのだろうか。

櫻花の季節が終わり、力強い緑が茂り、蝉が鳴き、その声が興梠に変わる。
気付けばすぐそこに俺達が出逢って七度目の小菊の季節が来ようとしていた。

そのほぼ五巡を離れたままだった事に、今ようやく向き合おうとしている。

俺の胸にはまだ、あの小菊は咲いているだろうか。
黄色い花を天界の薬瓶にしまった想いは今も、この胸に息づいているだろうか。
そしてこの方はあの時小菊をこの髪に挿した事を、今も覚えているのだろうか。

 

「・・・どうするつもりだ、大護軍」
康安殿にて王様の守りにつく俺に、王様が静かな御声で問われた。
「・・・畏れながら」
「医仙との事だ」
王様が婚儀とおっしゃらぬ事にも、近頃は慣れた。

離れれば気持ちが変わるとは思わぬ。
そんな簡単な想いだったとも言わぬ。
そう扱うにはあまりにも、大きな犠牲を払わせた。
王様にも、迂達赤にも、典医寺にも。

「そなたらの様子が余所余所しく見えるは、寡人の思い過ごしか」
見抜かれていらっしゃるか。
俺は息を吐き、首を振った。
「王様が御心を痛めるような事では」
「しかし未だ、天門よりの色良い返答もないのだぞ」
平静に聞こえるこの声に対し、王様の方が焦れたように御声を上げる。

おっしゃる通りだ。
俺達の間に距離が開いたと感じるほど、変わりなしとだけ書かれた文が増えて行く。

あの時、もしも。
そう考えずにはいられない。

もしもあの方の口を塞ぎ婚儀を進めていれば、今頃は違う時間が流れていたろうか。
もしも兵の眼など気にせずあの方を抱き締め、その場から動けぬようにしていれば。
もしも帰京後の王様と媽媽の御声に耳を傾け、叔母上の言う通りに撤回していれば。

判らぬ。
そして刻は巻き戻せぬと、俺は王様へ首を振る。

「己の決めた道ゆえ」

その声に、王様が息を吐かれる。

 

 

 

 

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21 件のコメント

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    我慢大会だ!
    自分にも他人にも真面目な男だから…
    辛いね(-_-;)
    私ならまぁいいか(笑)になっちゃうのに。
    コメ書くと読むのも大変かなって心配になっちゃうけど…書くね❤
    忙しい時、疲れている時は返コメはいらないからね。

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    でもね、チェヨン。ウンスの体内時計は止まらないから、二人の赤ちゃん、産めなくなっちゃうよ。ウンスそしたら、結局チェヨンのために身を引いちゃうかも……。私はそれが怖い……(T-T)

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    さらんさんこんばんは♪
    ヨンは凄い覚悟ですな(/。\)
    いろんなお話を考えてくれる
    さらんさんには脱帽です。
    楽しくてしかたないですわ!(σ≧▽≦)σ
    さてチャン侍医びっくり登場いつかしら?
    TAEYANG
    今月は制限がかかりそうなので少しだけ
    聞いて見ましたよ♪
    格好いいね♪
    私が通ってる美容室の若い女の子が
    たしか同じ人のファンで
    好きすぎて彼氏が作れない。
    と嘆いていましたよ。
    そこはさらんさんは大丈夫そうですね。
    それにしても
    早く結婚させてくだされ(* ̄∇ ̄)ノ
    パラレルでも別れちゃうは辛すぎっす

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    バカな二人、このまま老いていく?
    そんな事ダメよ(ノ_<。)
    ちゃんと身体でも愛し合って!
    読むのが辛くなる(;>_<;)
    早く、早く天門よ❗開いて~

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    早く天門開いて下さ~い!!
    開いたら開いたで、波乱がありそうで怖いんですが…
    大丈夫ですよね?この二人なら…信じていいですよね…ね?

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    この二人どうなりますか?だんだん歯車が合わなくなってきてるような???大丈夫でしょうか?どうしてこんなに忍耐強いのですか?
    ???こればっかりになりました。
    まさかの展開にはならないですよね?もう三作目からウルウル状態です。どうかこの二人に幸あれと、、、祈るばかりです。

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    なんとももどかしい(´Д` )
    それでいいのか?!ホントにいいのか?!
    心が離れちゃったら元も子もないんじゃないのぉ(T ^ T)

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    お互いと年も年だし、
    長い春ってダメになること多いんだよね~
    二人で話し合ってみてよ。
    縁談話来ればどうするのかな。
    困るでしょ。

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    >ぽんたさん
    おはヨンです❤
    コメは元気の源、とっても嬉しいですヨン( ´艸`)
    ぽんたさん、寒いから無理しないで下さいね。
    まあいいや、は、私もなります、絶対に。
    この話では修行僧です、ヨン。
    たまに暴走させたくもなるんですが・・・さすがに(;^_^A
    リク話でR18アメンバー限定はできないのでww

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    >kumiさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    おお、そうかー。
    そう言う考え方もありますね・・・
    この話のヨンの場合は、子供が欲しいのかなあ?
    すっかり一話完結パターンの脳味噌になっているので、考えもせず(゚ー゚;
    出産できないから身を引くパターンは、我が家にはないですね・・・
    書き手本人に書く気がないのが理由なのですが(;^_^A

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    あららー、あちこちからため息が聞こえて来て
    何とも心苦しく、書き手も溜息です(´Д`)=зはぁ

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    >愛知のひとみさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    Taeyangはヤバいです。美容師さん、良い趣味です(o^-')b
    好き過ぎて彼氏ができない…身に詰まされます。
    私は彼氏を見て、何故こっち寄りに行ったのか、
    あっちならまた違った道がと思ったり(何のことだか)
    なかなか難しいです、はい(;^_^A
    さすがにパラレルでも別れまでは…今のところは。
    早く結婚させてあげたいですねー、本当に(力説!)

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    >モモさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    うーん、馬鹿ですかね…難しいです。
    こればっかりは、何とも。価値観やら時代背景やら
    個人差やらその他、いろいろ絡みそうです(゚ー゚;
    天門が開いて、ライバルぶっ飛ばして、ご両親を説得して
    まだまだ先は長そうです(●´ω`●)ゞ

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    >ユッチさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    もう、我が家の中では一話完結二時間ドラマの立ち位置のカテの為
    何でもありかもしれないです(え)
    開いても、閉じていても、結局この二人はお騒がせなのねー、とw
    気楽に読んで頂ければ嬉しいです(。-人-。)

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    >nonさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    どうして、と訊かれると、ヨンなので、という
    そんなお答えになってしまいます(*v.v)。
    ヨンにとっては約束は命を懸けるもの、
    もうこれは【信義】本編第2話より本人申請なので
    どうしようもないですね・・・σ(^_^;)
    HAPPY ENDを祈って頂けたら嬉しいです❤

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    >トマトさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    うーん、これは難しいですね。
    遠距離恋愛につきもののジレンマです。
    離れてても別に悲しく無いなー、どうしちゃったのかなーです。
    近くにいる人の方が楽しいなー、の、次の段階に進まぬ事を
    自戒も込めて心より祈りつつ書いております・・・(゚ー゚;

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    >ko_sayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    長い春かあ、そうですね。
    駄目になる理由も何となく分かる気もするしなあ・・・
    話し合って解決すると良いですね、うんうん
    ('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*)

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    さらん様、こんにちは❤
    思っていたより、簡単にいかなかったのですね。
    当然と言えば当然。
    簡単に行き来が出来てしまっては...。
    かたくなな二人は、あれからずっと別々に。
    一緒に居られないからこそ、思いは強くなる。
    それでも時は、たま~に意地悪をして、愛し合う
    二人に障害を与えるのでしょうか?
    気になります(●^o^●)

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    今回しみじみ思いました。
    私は自分の二次で天門を超える話を書くことはないとw
    これ…大変です。辻褄合わせも、いろんなバージョンも、
    理由や開き方考えるのもσ(^_^;)

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