2014-15 リクエスト final | 結・5

 

 

「で」

春の温かい宵の中、典医寺へと向かいゆっくり歩く。
その帰り道でこの方へ問うてみる。

「らいとあっぷとは」
「え?」
何を聞かれたかという風に首を傾げた後、先刻の会話を思い出したか、ようやく笑んだこの方が頷いた。
「ああ、えーっとね、光を灯して、夜でも明るくしておくこと」
「では東屋だ」
「そうね、あそこの行燈。あれがライトアップよ」

その声に頷きながら、見つかった目的地へと足取りを速める。
「ほらあ!」
東屋を指さすこの方の嬉し気な声が、宵闇の中に響く。
東屋の橋の下、池に浮かぶ睡蓮が揺れるかと思うほど、大きく鮮やかな声。

「ね、綺麗でしょ」
「ええ」
東屋の行燈は周囲の満開の花々を照らし、池はその灯を映しゆらゆら揺れながら優しく輝いていた。

夜の見回りをするのは、闇の中に潜む不審な影を探すため。
聞き慣れぬ音、感じ慣れぬ気配を探るため。
そして皇庭の行燈はそのためにあると思っていた。
こんなに美しく闇の中で花を照らしているなど、一度として見たことも、考えたことすらなかった。

「ねえねえ」
この方が嬉し気に、俺の袖を摘まんで揺すった。
そこから此方を見上げる瞳の中に行燈の灯が映り込み、花よりも池よりも美しい瞳を照らしていた。

「何ですか」
目を逸らして尋ねると
「飲もうよ。その為に持って来てくれたんでしょ?」
そう言って細い指先が、俺の握る酒瓶を指す。

「いえ、今ここでという意味では」
典医寺で飲んで頂く心積もりで、送る口実として持ち出した。
まさかここで花見の宴になるとは、思ってもいなかった。
「だって今、ふたりでお花見に来てるじゃない。
言ったでしょ、今日みたいな夜に外で花を見ながら飲むと最高においしいのよ、って」

この方は嬉し気に東屋の池に掛かる橋の欄干へ座り込むと、振り向いて手招いた。
「早く早く」
声に導かれ欄干に腰掛けたこの方の足許へ、俺は黙ったまま腰を据え息を吐く。
手にした酒瓶を無言で差し出すとこの方は大層嬉し気に笑って受け取り、酒瓶に直接口をつけ、大きく一口煽った。

「・・・っはぁぁ」
満足げな溜息に思わず笑いがこみ上げる。
「あなたは傷縫ったばかりだから。一口だけにしてね」
そう言って重たい酒瓶がこの手に戻って来る。
一瞬躊躇いこの方を見ると、
「どうしたの?一口だけ、ぐいっと」
そう言いながら、手真似で飲めと煽られる。
俺は息を吐いた後、直接そこへ口をつけた。

飲みながら此度のテマンの酒騒動を思い出す。
「医仙」
その顔を確かめる事もなく目の前の薄闇へ呼び掛けた声に
「なあに?」
この方が愉し気な明るい声で返す。

視界の隅で小さな沓を履いた足が、地を擦るか擦らないかのところで、踊るように揺れている。

「酒が人の縁を結ぶと言った奴がおりました。
だから奴らはテマナに飲ませたかったのだろうかと」
気付けばそんな風に言っていた。
こうして共に飲めば、何かの縁が結べるのだろうか。
違うと口にしながらこの方と縁を結びたがっているのは、他ならぬ俺自身なのではないか。
こんな肚など思いもよらぬだろうこの方は、驚いたような声を上げた。

「高麗でもそんな風に言うんだ!」
「では天界でもそうですか」
「もちろんよ。一緒に飲むのは人間関係の基本。嫌いな人と食卓を囲める?一緒になんて飲めないでしょ?
だから仲良くなりたい人と一緒にお酒を飲むわ。デートでも、学校の友達でも、会社の同僚でも。
友達同士が集まったら、もっと仲良くなるために飲むわ。だからあなたと飲みたかったの。今夜は嬉しい、すっごく」

その真直ぐな言葉に縛られていた何かを優しく解かれ、通い始めた血で痺れるような暖かさと疼痛が一時にやって来る。
俺とて。
そう一言口に出すのが、何故こんなに難しいのだろう。

「ねえねえ、チェ・ヨンさん?」
「・・・はい」
あれから何を話したろう。本当に下らぬ些末な事だ。
俺が自分を避けている、だから典医寺にも来ないのだろうと恨み言を言われ、違うと言ったような気もする。
テマンが酔うた話をしたら何やらのぶんかいこうそが云々と、えらく長い話を聞かされた気もする。

一番話さねばならん事は二人とも口にしなかった。
天界の事、天門の事、あなたを必ず帰すとの約束。

その無駄話の間に二人を行き来した酒瓶は、気付けばだいぶ軽くなっていた。
振れば中で小さな水音がするほどに。

口をつける真似事だけをしている俺の呑んだ量を考えれば、そのほとんどがこの方の腹に収まっている。

そろそろ潮時だ。先刻から考えてはいる。
それでも睡蓮すら揺らす色鮮やかなこの方の声を聞きたい。
東屋に開くどの花よりも、この方の髪の花の香に酔いたい。

そんな風に腰が上がらない俺は、愚かしいだけだ。
帰りましょうと言わぬ俺は、ただ小賢しいだけだ。

「・・・眠くなっちゃった」
もう既に半分眠った声でこの方が言った次の瞬間、欄干の上で小さな体ががくりと揺れる。
声と同時に腕を伸ばしておいて本当に良かった。
後ろへとずり落ちれば、池へと真逆さまだった。

直前に掴まえその体を腕の中へ抱き留めた時には、この方は確りと瞳を閉じ、深い寝息を立てていた。

喋って、呑んで、笑って、眠って。
いつだって幼子のように素直な方。
真直ぐに俺に向かい、その瞳で問いかける。
だから避けるのだ。見つかれば厄介だから。
胸に咲く一輪だけの黄色い花の香がこの方に届けば、それ以上は誤魔化しようがないから。

今この腕の中で、酒に酔って、行燈の光に照らされて。
静かに眠る花を少し見る事だけは、許されるだろうか。
今までに見たどれより美しく、そして手折ることは絶対に許されぬ天界の花。

倒れ込んだ拍子に乱れた髪を、指先で梳いて整える。
宵闇の中にも決して紛れない、色鮮やかな花。
誰にも触れさせず、また春に咲けるように必ず護る。

くたりと力の抜けた体を抱え上げ、この方の横に置かれた花浅葱の色の革袋の荷を手に掴む。

そして典医寺へ向かう足取りは、いつもより歩幅が狭かった。

 

 

 

 

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7 件のコメント

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    心に染み入るようなシーン。
    流れる曲は。。。
    思わず考え始めてしまいました。。
    いろいろな思いがあり、行きつ戻りつする私ですが、心少なからず傷ついている私ですが、優しく癒してもらっているような作品。さらんさん、ありがとうございます。続きをお待ちしています。

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    心が暖かくなります。
    テマンの酔っ払いぶり、かわいい!
    テジャンの目を合わせないけど、ウンスを見つめちゃう。かわいい!
    鈍感ウンスちゃん!
    体調はいかがですか?
    早く良くなりますように!

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    なんだか ほっコリ
    ヨンも 嬉しいでしょうね
    一緒にお酒飲みたいと言ってくれるし
    お花見できたし~ 
    そりゃ~ 一分一秒でも長く
    一緒に居たくなるわよね
    いいよいいよ~
    ゆっくり 送り届けてあげて~
    (///∇//)

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    さらんさん、今宵も素敵なお話をありがとうございます。
    一つの酒瓶を二人で飲み合う…、ああ、まさに春の夜のデートですね。
    酒好きのウンスに、たくさん飲ませてあげようというヨンの優しさ、たまりません。
    些末な会話が延々とできる相手が、いかに必要な人であるか、二人はこれから知るのでしょうね。
    さらんさん、ゆっくりおやすみできてますか?
    お互い、今宵は良い夢をみられますように。おやすみなさい。

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    あの東屋でお花見,良いですね~
    池に桜が映りこみ,行燈に照らされて綺麗でしょうね。
    天界や天門の話は,二人が離れてしまう話だから,触れられないんですよね。
    想いがあっても告げられないもどかしさ。
    「そして典医寺へ向かうこの足取りは、いつもより歩幅が狭かった」
    この最後の一文,少しでも長くウンスと一緒にいたいヨンの気持ちが表れていて,グッときました。

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    さらん様
    もーう、ずっきゅーん!です。
    胸キュンの王道!ため息出ちゃいます。
    私が韓国ドラマが好きな理由は、シーンやセリフにキュン素材が沢山あるから。
    実際、韓国の男性もキュンとする事を普通にさらりとやってのけますけどね~。。。
    さらん様のお話も、ツボつかれまくりで、、
    ひと昔前の日本ドラマも、キュン素材結構あったのになぁ。今は何か物足りない気が。
    完全復帰してからのさらんワールド楽しみにしています。お身体ご自愛下さいませね!
    せーら

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