2014-15 リクエスト | 藤浪・6

 

 

「才谷さん、ですか」

春まだ浅い夜の闇に紛れ、前から来た背の高い影に静かにそれだけ声を掛ける。

先日は逢おうとした処を、壬生狼に斬りつけられた。
手負いのまま御所へ忍び込み、主上の繋ぎの者との密会を約束した時刻、約束のその場所に潜んだ。
それを典薬寮の典医に見つかり、大騒ぎの末に治療を受けた。

あれから数日。傷は未だに完全には癒えていない。
今再び壬生狼と顔を合わせれば厄介なことになる。

十分に周囲を警戒し大望を守りに立たせた上、俺は再び土佐脱藩藩士、坂本龍馬との接触を試みた。

 

市中で呼び止めても然程警戒の素振りも見せず、拍子抜けするほど呆気なく坂本は認めた。
「・・・ほうやが、おまさんは」
そう首を傾げる目の前の男に、俺は黙って頭を下げた。
「瑩と、呼んでください」
「瑩」

坂本龍馬は、俺の目の前でにこやかに笑んだ。
夜の大路で目の前に知らぬ男が現れれば、その立場からしてどれだけ危ういか、分かりそうなものを。
「のう、瑩」
「はい」
「影に隠れとるこんまいんは、おまさんの連れかよ?」
「・・・はい」
「出てきとうせ、うんとえせなろう」

闇に向かって掛けられた坂本龍馬の声に、影から大望が静かに現れた。
「たかぁ用心ぞね、わしに会う如きでちくと大袈裟過ぎんか」
だらりと開いた胸元に手を差し入れ、坂本がそう言って苦笑する。
「先日あなたに会おうとした折、壬生狼に斬り掛かられたので」

そう言うと坂本龍馬の顔色が変わったのが、夜の中でもはっきり見て取れた。
ようやく自身の身の危険を察知したか。

そう思うた瞬間に、この男はそこから俺に駆け寄った。
そして俺の目の前に顔を突きだし、唾の飛沫がこの顔にかかるほどの近くから真直ぐ怒鳴ったのだ。

「おんしゃわやか!」
「・・・はあ?」
「わしに会うくらいでひとつきりの命懸けるなんぞ、 おんしゃしょうわやぜよ!ぼっこな事すな!!」

・・・よく判らないが、つまり叱られているわけだな、今俺は。

その厳しい目を見て、ようやく理解する。
何しろこの男は土佐弁がきつすぎて、何を言っているやら理解できないところも多い。
それにしても自身の心配でなく赤の他人を心配して、刺客かもしれん俺に駆け寄り、こうも至近から怒鳴りつけるなど。
この男、聞きしに勝る馬鹿かもしれん。

「・・・才谷さん」
「ああああ、そのまだるこしい呼び方もじゃ」
「は?」
「こげんとわしを待つばぁ、何もかんもばれちゅう事やいか」

その声に俺は頷いた。
「ついてきとおせ」
それだけ言って、この人は歩き始めた。
「新撰組に斬られてもまた来るちゅうなら、往来ですようなしよい話と違うろう。腹ぁ割って話そうが」

早足で進む背に俺と大望はつられるよう従き、歩き始めた。

夜の闇に紛れ歩いたこの人が次にふらりと入ったのは、方広寺大仏殿近くの家。
その格子戸をからりと音立てて開き、この人が顔を覗かせると
「せんせ!」
そう言って、嬉しそうな女の声がかかった。
「上がるぜよ」
「どうぞどうぞ、今晩はどなたもお見かけしとりませんけど、よろしおすか」
「好都合ちゃ、誰も入れんとうせ。こん人らあと話があるき」

そう言ってこの人が俺と大望を、笑顔で振り返る。
女も俺たちを振り返ると、その顔に笑顔を浮かべ
「へえ、かしこまりました」
この人にそう言って頭を下げた後、俺たちに
「ごゆるりと」
そう言って微笑んだ。

その家の座敷に上がり、腰を落ち着ける。目の前の男は灯りの前で、こちらをじっと見た。
敵愾心も警戒心もない、好奇心に溢れた子供のような目で。
俺はその目を、じっと見返した。
この男は良い目をしている。それだけ思いながら。

「瑩」
「はい」
「おまさん、ええ眸えしちょおのう」
「・・・・・・」
「まっすぐで、ええ眸じゃ。けんど」

坂本は、少しだけ痛ましそうに苦く笑った。
「他人のために、生きたくないがか」
「はい?」
「他人のために命を捨てる目は、みんなそういう目じゃ。
人のために生きようとする目と違っちゅうのはそこぜよ。
新撰組の面構えとも違っちゅう。
奴らは人のために他人を殺める覚悟を決めた目ぇしちゅう」
「才谷さん」

呼びかけるとこの男は、静かに頭を振った。

「わしの名は、坂本龍馬。土佐の坂本龍馬じゃ。諱は直柔。
確かに才谷梅太郎と呼ばれる事もあるがにゃ。
今は軍学者、勝麟太郎大先生の門人をしちゅう。
勝先生を斬りに押し入って、あん方に惚れたきに。
さあて、瑩の問いたいのはどこかのお」

この人は寧ろ楽し気に、空を見ながら骨ばった指を折り始める。

「倒幕を名乗りながら、開国を唱える軍艦奉行の勝先生と共に居ることか。
いや、おまさん江戸言葉やき、そいはないな。
むしろ幕府側か。しかし幕府側やら、わざわざ呼び留めて名乗らんのぉ。
へんしもあこでわしを斬っちゅうにゃ。
周囲を気にしてわしを別名で呼んだりはせんはずじゃ。
こんまいんを見張に立たして、守ってくれたりはせん。
海軍操練所を潰すんが狙いなら、京で追うたりせんにゃあ。
藩命を無視して、戻らんがいらちいがか。しかしおまさんは土佐のもんとも違う。
わしでなく、わしの周りと繋ぎたいかえ?
思い当たる奴は大勢おるのう。どいつもねんごう者やき。
そいやったら、そいつのとこに行くわにゃあ。おんしも相当がいな男に見ゆるき」

そう言ってははっと笑うと、空を見ていた目を戻す。
「さて瑩、真っ直ぐ言っとうせ。おんしの狙いはどこじゃ」
「龍馬さん、あなたの本心です」
「本心か」
「俺は、幕府側ではない。朝廷の人間です」
「ほうか」

俺の言葉に、この人は穏やかに頷いた。
聞きしに勝る人たらしに喰われぬよう、肚に力を入れる。
「主上の敵なのか、味方なのか。それが知りたい」
「瑩」

眉を顰め苦笑いしたこの人は
「簡単に言うやいか。敵、味方。ほいたら幕府と結べば、朝廷の敵か?
朝廷と結んだら、幕府側の者は皆斬らねばならんのか?
この国を良くしたい人間が力合わせて、日本を良くする。そいは間違うた考えかよ。
わしは日本を今一度、洗濯したいんじゃ。
知っちゅうか、瑩。
今、幕府の者らあが、どいだけ異国と内通しちゅうか。
どいだけおよけない手を使っちゅうか。
開国はいかん。異国の言いなりで手下になるんはいかん。
異国に日本の中をたつくられたらいかんがよ。わしたちはわしたちの、この足で立たんといかん。
この手でもう一度、新しい日本を作らんばいかん。
ほいで異国と対等にならんばいかんがよ。それに大切なもんは何か。考えとうせ。
異国と張り合う力、海に囲まれたこの国を守るんは海軍。
どの国より船の力を知り、海を知ることじゃ。そして金。
異国の太い力と張り合うくらいの金やき、皆で出しおうて回していかにゃどだい動かんくらいの金じゃ。
何より大切なんは」

その時笑ったこの人の顔。その目を細め、呟いた声。
目に耳に、何より心に響いたそれを、俺は一生忘れないだろう。

「人じゃ。何より大切なんは、人なんじゃ。この国に生きている人、一人一人が大切じゃ。
良くしていこうと思う人、そして良くなった国を喜ぶ人。
そいた人らあがおらんで、その人らあを思い浮かべんで、こげなおっこうなこと、よう出来んがよ」

その声に俺は黙って頷いた。

聞きしに勝るこの人たらしに、見事にたらし込まれて。

 

 

 

 

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9 件のコメント

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    この幕末の歴史が大大好きな私は、もう毎日のアップが待ちきれないでいます。あの時代に生まれたかった、と思うこともしばしば。さらんさん、あなたの頭の構造は、天才⁉︎素晴らしいです!
    チェヨンとウンスと坂本龍馬。。見事に映像となって私の前に映し出されています。
    時代が変わる時のあの、たぎる思いがたまりません!期待しております‼︎
    でも、でもです!
    お身体を最優先に。
    お願いいたします。

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    さらんさん、昨日に引き続き肌寒い土曜日、いかがお過ごしですか?
    今日もお話をありがとうございます。
    龍馬とヨン、今後どのような関係になるかはわかりませんが、なんとなく気が合いそうですね。
    特に、嘘が嫌いで芯が通っているヨンに、龍馬は好感を持ちそうな気がします。
    不思議な感覚の今シリーズ、さらんさんはどちらでお書きになっているのでしょうか。
    すでに療養に入っていらっしゃるのかな…。
    ともかく、栄養あるものを召し上がって、ゆるりとお過ごしくださいね。

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    土佐弁がきつい男の言葉は
    胸を打つきに。
    さらん様良く時代背景やら人物像を勉強されていますね。
    深い物語りですね。
    坂本龍馬様は熱いわ~。

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    さらんさんにとって 御所を 話にするという事は これほどまでに 時代考証を必要とするもので それにどれだけの時間と労力を 費やされたのかと 思うと 浅はかな考えで 安易にお願いしてしまった自分が 恥ずかしく そして入院されてまで 書いていただいてると思うと 本当に申し訳ない思いで いっぱいです。
    本当にごめんなさい。
    でも、でも、でもね。
    ほんまは ものすごく うれしんです。
    龍馬と瑩が手を組んで日本のために
    闘ってくれるにかと思うとゾクゾクします。
    さらんさん ほんまに おおきに
    そして
    闘病生活は どうですか。。。
    お医者さまを あまり困らさず
    無理せず ゆっくり 休んで下さいね

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    >my starさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅コメ返、本当に申し訳ありません(x_x;)
    私は逆に、このお話を書くまであの江戸末期は
    尊皇攘夷と幕府側の単純な勢力争いだったのかと
    そう思ってしまっていました…
    調べてみて初めていろいろ知れて、すごい、こんなだったのかと。
    でもそれほど懐かしいと思うという事は、もしやもしや
    my star様の前世が呼んでいるのかもしれないですよ?
    そう考えると壮大です・・・❤

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅コメ返、本当に申し訳ありません(x_x;)
    このころは、基本的に入院前に書いていた大筋に
    ちょこちょこ言葉を足して、UPしていた頃です。
    龍馬さん、好きでした。私の中では、こ汚いお兄さんのイメージですw
    懐かしいです・・・そして点滴は、思った以上に邪魔で
    こんにゃろ!と思った記憶が(爆

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    >パイナップルセージさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅コメ返、本当に申し訳ありません(x_x;)
    そうなのです、このお話は本当に真剣に書きたくて、
    ましていろいろな文献のある人たちなので
    入院前にすごく調べて枠を組んだ記憶が。
    でも書いてみたらそのほとんどの時間を土佐弁調べに費やした
    恐ろしきお話になりました( ´艸`)
    ああ、本当に懐かしいです、つい2週間前なのにww

  • SECRET: 0
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    >haruさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅コメ返、本当に申し訳ありません(x_x;)
    いえいえ、とんでもないですよ。
    私はこのお話、本当に好きで、楽しくて書きました。
    調べる事も、土佐弁も(爆)
    本当ならこの設定だけで、全く違うページを立ち上げて
    全部書き上げたいくらいです。
    それが出来れば、もっといろいろ細かいところもかけて、
    分かってほしいところも伝わるのかなあと
    本当に当時、残念に思いました。
    壁ドンも、壁ドンも決めていたのに・・・!!!くぅぅ(ノ_-。)
    力足らずで、申し訳ないです・・・くすん

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさま、こんにちは。
    先日、福山雅治のライブへ行ってきました。龍馬と言えば、福山雅治。私の頭の中では、福山雅治とヨンが並んで歩いています。なんで素敵な一コマ^_^
    偶然みかけたコメントに、さらん様がチェヨンの手の事を書かれていました。
    私も、手、気になります。ちょっと女性的と言うか…もう少し血管の浮いた関節のはっきりした手であってほしいような…
    そう見える時もあるのですが。
    暑い日が続きますが、夏風邪などひかれませんように。

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