2014-15 リクエスト | 為虎添翼・12

 

 

「どうしたの!」
店から走り出で、人の波をくぐり、まっすぐ此方へ駆け寄る小さな姿。
気まずさで顔が熱くなる。
「・・・いや」
「もしかしてついて来てくれた?こっそり?」
分かっておるなら訊き返すな。

「・・・ねえ、隊長」
この腕にその手を差し入れて絡ませ、あの方が下から顔を見上げる。
「もしかして、心配してくれてた?」
だから、分かっておるなら訊き返すな。

天界の恐ろしい程高い踵の沓を履いたこの方の足音は、聞き逃しようも間違えようもない程耳に響いた。
その沓のせいで歩みはいつにもまして遅く、追うには何の苦労もなかった。
それでも距離を取り護るつもりだった。
話が終わってから姿を現せば良いと思っていたものを。

「オッパが、連れておいでって」
「それは」
首を振る俺の腕を掴み、ぐいと引きながらこの方は笑う。
「もう言った。分かってくれたのかは分からないけど、言いたいことは言った。
だから2人で話を聞こう?オッパがどんな返事をしてくれるか」

その腕に引かれあの男の腰掛ける卓の前まで来て、小さく顎を下げる。
「突然すまん」
すまん侍医。俺はこの場にいるべきではない。
「いえ、体調はいかがですか?」
奴は気を悪くする風でもなく、微笑んでそう尋ねる。
「問題ない」
「無理は禁物ですよ」
「・・・ああ」

まるであの頃のようだと思い出す。
無茶する俺に、お前はたびたび言った。

隊長、無理をなさらぬように。

「一緒にコーヒーを飲みませんか」
奴が穏やかに、誘い言葉をかける。
再び差し向かいで、茶を飲む時が来ようとは。

「あ、オッパ、て・・・彼は、ノンカフェインで。お茶はないよね?」
「伝統茶があるよ」
俺の横のこの方と男は何やら相談しつつ、やってきた女人に不思議な言葉で注文をし終える。
その女人が卓より去ったとほぼ同時に、後ろの気配に俺は振り向いた。
鬼剣は持って出ておらぬ。いざとなれば拳頼みだ。
「すみません、ちょっといいですか」

そう大声を上げたのは大きな箱を肩から下げた男。
そして面妖な衣を纏う女人が此方に向かい、やかましく近寄って来た。
「今街頭スナップの撮影中だったんです、今日はラッキー!
先に撮った人が、この辺にすごくカッコいい人がいるって言ってたんで探しに来たんですけど。
こんな逸材見つけられるとは思ってなかった!ついてるついてる!
あ、すみません、私こういうものです」

女人は何やら小さな紙切れを俺に押し付けた。
続いて横に座るこの方と向かい合う侍医へも同じ紙切れを渡していく。
「事務所に所属されてます?もしかしてミーティング中ですか?
お顔を見たことないけど、新人さんとか?研究生?
そうは見えないなあ、このオーラ。もしかして韓国系?
海外でモデルとか何かされてるとか?」

俺に向かうその言葉が全く解せず、俺は横のこの方へ目で問う。
「あの、この人は」
この方が慌てて、その女人に向かい手をひらひらとさせる。

「あ、もしかしてマネージャーさんですか?マネージャーもさすが美人!
写真撮ってもいいでしょうか?必要なら契約書も上と相談しますから。
だめかなあ?スナップ扱いじゃなくてきちんとスタジオ撮影したいですよ。
お年が分かんないですね、そこもいい!ドラマとかも興味あります?」
「あ、あの」

その矢継ぎ早の女人の声に、さすがのこの方も言葉に詰まる。
騒がしい女人の横にいた男が、担いだ箱を地面へ置こうと肩より下ろしたその勢いに、この方の背と箱の間へ己の手を挟む。
俺の手の甲に当たった箱の角が、反動でこの方の背を掠めた。

その瞬間俺は立ちあがり、男の腕を背へ捻じ上げた。大きく上げれば目立つ。
男の背に張り付いたその影で手首だけを掴み、肘より上だけを捩じ上げた。
その耳元に口を寄せ、声を殺す。
「詫びろ」

手首を掴まれた男が、横目で俺を見る。
「この方に詫び、今すぐ去れ」
抑えたその声に、場の全員の目が集まる。
捩じりあげられた手で動きを制された男がこの方に目を向け
「ど、どうもすみませんでした、本当に」
額に汗を浮かべてそう詫びる。

その瞬間に手首を離し、軽く突く。男はよろけて数歩進む。
「去ね」
それだけ伝え、椅子へと腰を下ろす。
奴らは黙って人波の中へ去って行った。

「大丈夫ですか」
その小さな背に手を添え確めれば、この方は笑って頷く。
「大丈夫だけど・・・」
そう言って、目の前の男へとこの方の目が移る。

忘れていた。
俺が其処へと目を移すと、男は此方を見て苦笑しながら胸元より手拭いを取り出した。
「少し切れたようですよ」
その視線を追えば、確かに手の甲に擦り傷ができ血が滲んでいる。
この程度で手拭いを出すとは、侍医も丸くなったな。
「不要」
手を上げて受け取りを断ると、手拭いはその胸元へ戻った。

 

こういう人なのか。目の前の遣り取りをすべて見た後、息を吐く。
ここまで保護欲の強い人なのか。自分も相当強いと思ってはいたが。
これは敵わないな。
そして今までどれ程に守ってこようと、礼以外の反応を示さなかったウンスは今、彼に心から頼りきった目を当てている。
嬉しいと、その目が言っている。信じていると言っている。

「それでね、オッパ」
気を取り直したように息を吐き目を戻すと、彼女が話し始める。
「図々しいお願いだけど、一緒にうちに来てほしいの」
その言葉に、初めて目の前のチェさんが動揺した様子を見せた。

黙って席を立ち、一礼して店を出ようとするその姿に
「待って下さい」
そう声を掛けると足を止め、こちらを振り向いた。
「チェさんにも聞いてもらった方が良い」
その声に眉を顰めると微かに顎を振り、彼はその提案に難色を示す。
「俺は」
「良いんです。座って下さい」
椅子を掌で示すと彼は息を吐いてこちらを見つめ、そこへ座り直した。

「ウンスヤ」
その声に、彼女が俺を見る。
「僕に、どうしてほしい?」
「一緒に説得してほしいの、両親を。
私この話し合いの後はもう江南に、ううん、韓国に戻って来る気はないから」
「どこに行くんだ?」
「今は言えないの。 でもいつもこの人と一緒だから絶対大丈夫」
「君はいつの間にか、秘密だらけになってるな」
俺の苦笑いに、彼女が眉を下げる。

もう良い、分かったから。 君が機会をくれたことも、分かったから。
ただ計画を仕上げるには、即断即決は無理だ。
「1週間、いや、4日で良いから時間をくれないか」
その言葉に目を丸くする彼女を見た後、横の彼に目を移す。
「チェさんも気が急いているとは思う。でもすぐには無理です。
分かってもらえませんか、でき」
「待つ」
言葉の途中で、それ以上言うなとばかり短く遮った彼の声。
男の腕を捩じ上げる程に短気な上に、この言葉の少なさだ。

ウンス、後悔するなよ。
まあ絶対しないだろうけれどと確信しながら、俺は微笑んだ。

 

 

 

 

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