共に戻った手裏房の酒楼の東屋で、卓を挟んで向かい合う。
「ヒド」
声を掛けると兄弟子は、遠くを見ていた昏い目をようやく戻した。
「ヒドヒョン」
俺が口にした懐かしい呼び名に、その目許が僅かに緩んだ。
「元気か」
「ああ。ヒドは」
「変わらん」
「そうか」
どうしていた。何をしていた。聞きたい事は山ほどある。
何故あの瞬間、あれほど嬉しそうだった。
聞いたところで何も変わらん。目で見た事だけが真実だ。
「戻って来たんだな」
「・・・・・・ヨンア」
問いかけに、ヒドが声を落とす。
何故頷かない、何故そうだと言ってくれない。
「来たんだな」
もう一度確かめる。ヒドは表情は変えずに話を変える。
「迂達赤隊長になったとな」
「関係ないだろ。戻ってきたんだよな」
「良いか、聞けヨンア」
「ヒド」
頷かぬヒドに、焦りで声が大きくなる。
卓の上に置いた掌を汗と一緒に握り込む。
「俺と関わるな。此処へ来るな。弱みを作るな」
「何言って」
「隊長の二の轍は踏むな。逝った皆も俺も誰も喜ばぬ」
「ヒド!」
我慢しきれず拳で卓を叩いても、ヒドは冷静に返した。
「そうなるなら俺は行く。もう戻らぬ、良いな」
戻ったのかと尋ねるこ奴に、何と答えれば良かったか。
あのように風功を使う俺の姿を見れば、こ奴の中でも考える事、感じる事がいろいろあろうに。
だから尚更、戻って来た、ずっと居ると確約はできぬ。
俺達の前にはくっきりと違えた二つの道が伸びている。
ヨン。お主には少しでも明るい道を歩んでほしい。
下らぬ讒言に惑わされたりせぬ道、その足を邪魔立てされぬ道を。
俺の前には殺める道しか残されぬ。それが俺の選んだ道だ。
それでしか己の生きる実感も、命の価値も見出せぬのだから。
その真直ぐな眸から、己の目を逸らす。
戻ってこうしてまた傷つけて。俺は一体こ奴に何がしてやれる。
ただ一人残った、家族だというのに。
「ヨンア、帰るのか」
東屋を出で門を抜けようとしたところで師叔に声を掛けられ、足を止めた。
「ああ」
「話したか」
「ああ」
「俺が強引に連れ帰ったようなもんだ。悪く思うな」
判っている。黙って頷く。
あんな昏い目のヒドを見れば、 探し出したのが俺だったとて強引に共に居ようとするだろう。
「師叔」
「ん?」
「頼んだ」
「おう、任せとけとは言えねえが」
師叔はそう言って笑って頷いた。
居所が分かった。それだけで良い。そう思うしかない。
どこかで野晒の骸になっていないと分かっただけで。
例えどれほど止められようといざとなれば走って来られる、そう考えられるだけで良い。
門を抜ける。
亥の刻を回った路は静まり返り、空の真上の白い月が辺りの全てを等しく照らす。
冷たく、蒼く、静かに。
そんな月夜の生む影の闇でも、今のヒドの目よりは明るい。
迂達赤兵舎へ戻るため、俺は一人歩き始めた。
******
「ヨンアが、おもしれえ小僧を拾ってきたそうだ」
手裏房に戻って早々のある日。
東屋の椅子にだらりと足を伸ばし凭れるように腰掛けた俺に、師叔が大声で歩み寄ってきた。
目を塞いでいた腕を外し、師叔を見遣る。
「小僧」
師叔は頷くと、俺の横へよいしょ、と腰掛けた。
「ああ。山ん中でな。何でも猿みてえな身軽な小僧らしい」
ヨンア。お主自身、気付いておらぬかもしれん。
しかしお主は己をここへ繋ぎとめる誰かを、懸命に探しているのではないか。
俺たちを喪った分、そして俺がお主を拒んだ分。
誰かを護ることで、生きる実感を探しているのではないか。誰よりもお主が。
そして月日は流れる。俺は殺め続ける。
ヨンアは最期の日を待ち続けておろう。
仕事は開京だけではない。調べろと言われれば高麗中を動き回った。
何処で命を落とそうと変わらぬ。
ただ願わくばあ奴の前でだけはそうなりたくなかった。
これ以上の傷をあ奴に残してなど死んでも死に切れん。
だからこそ尚更、開京を離れる仕事を請け負った。
俺達の曠日は続くかに思われた。最期の日まで。
俺が、ヨンアが、命を喪う日まで。
その日々に終止符が打たれるなど思いもせずに。
「ヒドヒョン!」
久々に開京に戻り、酒楼の石段で横になっている俺に向かい
大声で呼びながら、シウルが肩に弓と矢筒を担ぎ一目散に駆け寄ってくる。
「ヒョン、起きてるか?」
「・・・寝ておる」
シウルは返答など意に介さぬように、寝転ぶ石段から数段下へひょいと腰掛けた。
「ヨンの旦那がおかしいぞ」
その声に、勢い良く上半身を起こす。
「どういう意味だ」
その勢いに驚いたようシウルは目を白黒させると、それでも相手にされるのが嬉しいか、にこりと笑んで言った。
「旦那の事だと、すぐ聞いてくれんだな」
「御託は良い、ヨンアが何だ」
シウルはじっと、俺を見て言った。
「天女を拾ってきた」
猿の後は、天女だと。
「どういう意味だ」
「俺もよく分かんないんだよな」
シウルはそう言って頭を掻いた。
「でもさ、マンボ姐の話だと、天の医術は使う、未来のご宣託はする、おまけに真っ赤な髪の別嬪らしいよ」
「・・・あ奴は何をしておるのだ」
シウルのその言葉に額を押さえ、頭を振る。
「新しい王様を連れ帰る途中で拾ったらしい」
幼い顔をしておってもそこは手裏房の情報屋。
さすがに押さえるべき情報は確りと押さえている。
「どうするヒドヒョン、調べるか?」
「ヨンアに害成す女ではないか、それだけ知りたい」
そう本音を口にし、暫し思案に耽る。
「ただ現在は新王の代変わり直後。皆浮き足立っておる。
暫し様子を見てからだ。そうでなくば正確につかめぬ」
シウルはその言葉に頷いた。
「分かった。ヒョンが開京を離れる時は俺達が見とく」
「頼んだ」
俺はそう伝え、また石段に横になり目を瞑った。
全く拾いものばかりだな、何をしておる、お主。
心の中、そうあ奴へと問いながら。

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思いはおなじなのに…
伝わらないし、伝えられない
モドカシイ…
でも、転機が来ましたね。
ヨンの変化が ヒドにも光となる
なって!
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人生のターニングポイントは
何度かあると思います。
でも、それを活かせるかか否か?
ヒド!ヒドヒョン!
さらんちゃん よくぞこの兄を作り出して
くれましたね(ノ_・。)
ヨンア~~~~甘えたいよねぇ?
この状態が続くと思われたってところを
読んだ瞬間\(~o~)/してました(笑)
人間って不思議ですねぇ・・一言で
たった一言で一喜一憂する?
いえ出来る素敵な生き物です^^
天女という言葉が出てくるだけで
周りが明るくなる気がするのは
私だけではないですよね?
ヒドヒョン 一緒に幸せになろう!
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ヨンは家族に等しいテマン,そしてウンスと出逢い変わってきていますね。
ウンスは直接ヒドと会ったのは,再会した4年後だったかな。
変わって行くヨンを,ヒドは何を感じながら見ていくのでしょう。
ヒドが心許せる誰かと,どういう風今後出逢うのか楽しみにしています♪
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来られました!と、思ったらヒドのお話だった!
これは…嬉しい♡(〃∇〃)❤
上等な文章を一気読みさせて戴きました♪
やっぱり良いです❤
ヒドかっこええ~(♡∇♡)きゃ~!
また伺います~!
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さらん 様
こんにちは。。。
やっと
少しずつ時間が動き始めたのでしょうか。
ここに辿り着くまで、ヨンに迂達赤やチェ尚宮が居たように、ヒドにも師淑や手裏房の皆が居てくれて良かった。
完全な無、孤独ではなかった。
そして、ヨンの事を気にかけているヒドに希望を見た思いがします。
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ヒドヒョンのヨンへの想いが深すぎて……
泣けてきます(ToT)
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いつもお話の更新ありがとうございます。
ヒドは何時でもヨンを気にしていたのですね。
そうしてウンスの落馬のシーンに繋がると思うと感慨深いです。
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>くるくるしなもんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
なるでしょうか。なってくれることを、私も祈ります(。-人-。)
ただここまで固まった心の氷が解けるのは、一朝一夕には
やはり無理があるかとは思いますが・・・
ほんの僅か、ひびだけでも入ることを。
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>victoryさん
こんばんは❤コメありがとうございます
確かに、画面に「テマン」「天女」と書くだけで
未来の明るさや、底抜けの力強さを感じたりします。
それは、私たちがその先を知っているから。
何も知らぬヒドが、どうやってこの闇を振り払うのか、払えるのか・・・
心配でもあり、期待もし。心が痛いです。
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>すんすんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうですね、我が家の本編二次ではウンスが戻って来た時、
開京へ帰る道がヒドとの初対面でした。
しかしリク話パラレルではどうなるのか・・・と言ったところですw
そして出逢い。これもまた難しいですね。
眸を塞ぎ耳を塞ぎ心を閉ざし、殺す相手と向き合う時だけ
生を取り戻す彼が、気付けるのか・・・うーむ、です(゚_゚i)
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>ののさん
こんばんは❤コメありがとうございます
ののさま、お久しぶりです~❤
そうなのですよ、今はヒドヒョンですw
いつの間にやら、リク話も後半戦になっております。
私もののさまのUPの度、伺おうと思いつつ
不義理を重ね、申し訳ないばかりです・・・(ノ_-。)
近々ゆっくりと❤ののさまの精力的な記事を、贅沢まとめ読み~(〃∇〃)
ああ、想像するだに夢心地・・・❤❤
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>mamachanさん
こんばんは❤コメありがとうございます
ヒドはおそらく、本当にヨンのことだけは可愛いと思います。
ムン・チフ隊長を、心で罵るほどに。
一人ではない、気付いていてもそれが真に心に触れるには
もう少し、時が必要そうです・・・
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>kumiさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうですね、確かにヒドヒョン、ヨンのことだけは
本当に心から大切そうです・・・
当初ここまでの深さと思わなかった私も書いてビックリでした(;^_^A
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>みゅうさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうなのです、これが巡り巡って、あそこへと。
御子まで大切だからこそ、ウンスを抱いて正面突破していったヨンに
怒鳴ったのね、ヒドヒョン・・・と、
自分の中で落とし前がついた気がしました。
自分の書いた話ながら、そうだったかーと感慨深いです・・・
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さらんさん、こんんばんは!
今日も素敵なお話をお届け頂き、ありがとうございます❤
今日は昼をはさみ、ちょっと大きな会議があったのですが、お昼ごはんもそこそこにスマホを開いて、お話の続きを拝読させて頂きました。
ヨンがテマンを拾ってきたのは、誰かを護り、誰かとともに居たかったからなのでしょうかねえ。
ありきたりの言葉ですが、人は独りでは生きられないし、自分だけのために生きている者など、居ないのかもしれませんね。
さらんさんのお話は、単なる「物語」という異次元のことではなく、いつも自分自身を見つめ直す機会を与えて下さっています。
こうして仕事に追われていても、スマホの画面から元気をもらい、癒され、ON/OFFのスイッチングができるのですよ❤
そうそう! 先日のコメ返、とても嬉しかったです。
大丈夫ですヽ(^o^)丿 私も時々、窓の外を見てぼ~っと呆けてみたり、書類をめくるふりをしながら、ヨンのことを妄想したりしてリフレッシュしています(*^_^*)。
「ながら仕事」も得意ですし、書類を作成しながらも意識を別の場所に飛ばしたりもしていますから(#^.^#)
でも、さらんさんは同じ働く女性として、本当に素敵だと思います。
どれだけご多忙でも、一人ひとりの読者に気持ちを向けて下さっているさらんさん❤、心から尊敬しています。
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>muuさん
おはようございます❤コメありがとうございます
週末ですね❤のんびりお過ごしですか?
muuさまもまだまだご無理はいけませぬ。
いよいよ年度末も折り返し地点、あと2週間あじゃあじゃですo(^-^)o
私こそご尊敬申し上げています。muuさまはできる女性の香りがします❤
書類をめくりつつ妄想・・・(≧▽≦)私の場合、預かるのが法人の金子ゆえ、
さすがにデスクでの妄想は危険ですがσ(^_^;)
そしてお話、うーん、私の場合テマンを拾ったヨンの動機というのが
未だにまだ未消化なのです、実は。
当時、そんなにいろいろ考えられるような精神状態ではなかったと思うし・・・
書きながら答えを見つけている感じです。
【蛍袋】では、親を亡くした子は不幸だと思った。
此度は護る為、生きる実感を得る為…
どちらにしても自分の中では生きる、命を繋ぐと言うのが
キーワードになっているのですが。難しいです。