2014-15 リクエスト | 昼咲月見草・2

 

 

父上が、十八になったヌナに許嫁を連れてきた。
ある日突然、その男はうちの門前に立った。
俺は稽古中だった大切な槍を、手の中からとり落としそうになった。
慌てて握り締め直したら、今度はその拳から、力が抜けなくなった。

一目見た時から気に入らない奴がいるもんだ。
こいつとは絶対に反りも馬も合わない。
何を話す前、この目が合う前からそう思った。

槍の柄を拳が真っ白くなるまで握り締め、叫び出さないようきつく唇を噛み締めた。
何しに来た出て行けと、槍を振り回さないように無理に抑えつけた。
俺の槍は二人や三人簡単に殺めてしまうくらいまで、上達していた。

婚儀への段取りは、呆気なく決まって行った。
それはそうだ、婚儀が前提の見合いなんだから。
ヌナが出て行く。この家を出てあの男の元に行く。
それはそう、婚儀の後は男の家に行くのが習わしだ。
婚儀なんだ、その後にはいなくなる。

夏の初めの庭に、まっさらの日差しが降って来る。
俺のこの胸の内とは正反対だ。嫌になる。

錘を括りつけた昆を一刻も振り続けると、額に汗の珠がびっしり浮かぶ。
腕も胸元も、水をかぶったように濡れてくる。
その時庭を囲む廊下に、ヌナの姿を見つける。
俺は昆を脇に抱え、そこへ大股で駆け寄った。
「ヌナ、槍の稽古しようぜ」

高床の廊下を歩くヌナにそう声を掛けると、
「あんたには敵わないから、もう嫌よ」
横顔で苦笑したヌナは、そのまま歩き続ける。

俺は一段下の庭でそのヌナに沿って歩きながら
「何だよいいじゃんか、一緒にやろうぜ、なあ」
そう言ってヌナを見上げる。
「だーめ、忙しいの」
ヌナは取り付く島もない。
「じゃあ、一緒に裏山で昼飯食おう」
「母上と買い物に行くからだーめ」
「ヌナが帰ってくるまで待ってるから」
「お腹空いて、我慢できない癖に」

ようやく庭の俺に目を当てて、そう言ってヌナが笑った。
目が見えたのが嬉しくて、俺は下唇を噛んで誤魔化す。
「待つから、約束するから、早く帰って来いよ」
「分かったわよ、あんたいい加減ご飯くらいは一人でも食べれるようになんなさいよ?」

食べられないわけじゃない。決まってんだろ。溜息交じりのヌナの笑顔に、心のどこかが急に逆撫でされる。
ようやくこっちを向いた細い肩を思い切り掴みたくなって、俺は慌てて脇に抱えた昆を両手で握り締め直した。
そして詰めていた息を吐く。何だこれ。乱暴にしたいわけないだろ。
稽古の時の汗は引いたはずなのに、今の俺の額にはさっきとは全く違う汗がびっしり浮かんでいる。

 

「どこ行ってんだよ、ヌナは」
居間をうろつく俺に母上がゆったり苦笑を返す。
「あなたはさっきからうるさいわねえ」
その母上から目を逸らして、俺は首を振る。
「母上は心配しないのか?もうすぐ日が落ちるのに」
母上は居間の窓から、暮れるどころか傾く気配もない明るい黄色の太陽に不思議そうに目を当てる。

「あなたどうしたの。空を見てごらん」
そう言って呆れた様子で首を振る。
「暇なら槍の稽古でもなさい。ここでヌナヌナ言っても、あの子が戻るのは少し遅くになるはずだから」
「どこに行ったんだよ、だから」

そうしつこく重ねて聞く俺に笑うと、母上は言った。
「あちらのご自宅よ。衣裳を決めに行ったの」
それを聞き、俺は居間を飛び出した。

道をただ走り抜ける。
いい加減背が伸びすぎてしまった俺は、その途中で何人か弾き飛ばしてしまったらしい。
走り抜ける耳に、誰かが何か怒鳴る声が聞こえた気もする。

知るかよ。

あの男の宅の門をくぐる。
玄関へ回ろうとした時前庭に面した居間らしき部屋の中、境の扉を開け放ったそこからちらりと動く衣の端を見た。
俺は足を止め、切れる息のままでそこを覗き込む。
ヌナが立っていた。 薄赤いチョゴリに、薄黄色いチマをつけて。
うちの庭の、薄赤い月見草と同じ色だ。
薄赤い花弁に黄色い花芯の、あの月を見る花。

「こちらで良いな」
そこで急に聞こえた横柄な声に、俺は物影へと一歩大きく入る。
「はい」
ヌナが小さい声で言う。
「全く、一度しか着ぬ衣装に時間がかかる事」
聞えよがしのその尖った声に、ヌナが俯く。
「申し訳ありません、お義母様」

待てよ、なんでヌナが謝るんだよ。
俺は物影から今度は大きく歩み出て、その庭先へと身を躍らせる。
「失礼します」
辛うじてそれだけ言うと、そこにいたヌナが大きく目を開く。
その横でさっきから聞き苦しい声を上げていたあの男の母親が、別人のように相好を崩し俺に向かって頭を下げた。
「お久しぶりね、お父さまのお使いですか」

俺は頭を振り、その女を真っ直ぐに見た。
「姉を迎えに参りました。待たせて頂いて良いですか」
「もちろんです。もう衣裳も決まりました」

まるでヌナがそこにいないように、女は機嫌よくそう言った。
その声に俺は唇を固く噛み締めた。

 

 

 

 

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12 件のコメント

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    男もそーだけど、姑になる人もやな感じΣ(゚д゚lll)
    幸せな結婚ではないよね(T_T)この時代はしょうがないのか。好き合ってる同士が結婚出来るのは稀なんだろなぁ。

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    さらんさんこんにちは♪
    苦しい恋ですね。
    トルベが垂らしになった理由
    いつも思うのがこの時代ならではの
    苦しい恋。
    トルベには立ち直った姿まで
    みたいな。(*^^*)
    楽しみです。

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    こんにちは、さらんさま
    血のつながりは無くとも姉弟として育ってきたのでヌナに自分の想いは伝えられないトルベ、せつないですね(・_・、)
    ヌナを喜んで迎え入れてくれる嫁ぎ先ならば、トルベの気持ちもまだ救われるでしょうが、そうではなさそうですし…
    ヌナもトルベもかわいそうで(>_<)

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    トルベ、まだ自分の気持ちが何なのかわかってないのですか。
    婚家の人たち、ウラオモテのある人たちみたい。ヌナはそんな所に嫁に行って、幸せになれるのかな?

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    トルべの心の中にうごめく嫉妬の気持ち。
    相手の義母の表裏ある姿を垣間見た時に浮かんだ気持ちは、苦しいものでしょうね。
    あんな家に大切なヌナを嫁がせるなんて、喜べるものではなかったんじゃないかな。
    このまま大人しく待つだけ?

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    家族でないという記憶のある時に家族になった
    でも恋心の方が先行しているというのは
    二次元の世界には在りがちですが(;^_^A
    (リアルでも、たまーにありますが、だいたいは家族の猛反対←当然か・・・)
    まあ奴の場合、こういう結果になったーと
    明日朝の最終話で、ご確認いただければ・・・❤

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    >ツマ吉さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    相手の男は、一切出て来ないところがこれまた(゚ー゚;
    仕方ないのでしょうね、そして父上も良かれと思っていて
    悪意があるわけではないので・・・
    奴なりの解決方法を模索した結果を、明日朝の最終話にて❤

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    >愛知のひとみさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    恋って何なのだろうと思いますね。
    特に二次を書いてから、尚更思うようになりました。
    いやーお話書きは人生観をも変えますw
    奴は立ち直りはしませんが、解決策を模索し、
    そして奴なりの結果は出すことでしょう。
    明日朝の最終話にて・・・(*v.v)。

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    >わいやーさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    奴も、振り幅がでかいのですねw
    なので極端から極端へ。
    本編で、遊び人設定って、隊長の部下としては珍しいなーと
    (ヨンを筆頭に他の皆が真面目・堅物故に尚更)
    思ってはいましたが、
    パラレルとして、明日朝の最終話でうん、これは仕方ないね、と思って頂ければ(*v.v)。

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    最近、コメを拝読するたび思います。
    私の脳は、どう考えても男性の脳に近いのではと。
    私も初恋の時、何だか分かりませんでしたから(爆
    勿論知識としてはありましたが・・・
    さすがに壁ドンはしませんでしたが、それまで
    付き合ってた
    遊び仲間の延長の男の子とかとは全然違って何これ?って本気で思いました。
    そして大失敗に終わりました(爆・爆

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    奴なりの苦しみ&解決方法、どうやら見出したようですが。
    それが正しいのかは、もう奴にしか分からないかもしれません。
    詳しくは明日朝の最終話にて・・・(*v.v)。

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