2014-15 リクエスト | 香雪蘭・12

 

 

大路へ張り出した枝の下を全速で駆け抜け、角を曲がり、門前で息を切らして名乗り、門番の衛士へ取次ぎを頼む。

話は通っていたのか、それとも数日前に見せたこの顔を覚えていたのか、門扉はすぐに開く。

「キョンヒ様は、寝殿のお部屋にいらっしゃいます」
門番の衛士の声に頷き、そこからまた走る。

庭の玉砂利に足を取られ、走りにくい事この上ない。
植えられた薄紫の花が満開の、木蓮の木々の枝。
春風に吹かれ、そろそろ散り始める薄桃色の桜の花。

そんな風流な邪魔者が庭を走る俺の視界を遮り、塞ぐ。

何しろこの広いお邸の庭は、あの時一度通っただけだ。

それでも呼ばれている気がする。
同じような形の殿が回廊で繋がるお邸の奥。
ここだと思い出し、俺はその扉外から切らした息の下でどうにか声を上げる。
「ぺ家チュンソク、参りました」

その声にすぐに扉が開く。内から顔を覗かせたハナ殿が泣き笑いで頷く。
「絶対にいらっしゃると」
それだけ言って、すぐに扉が大きく開く。
「お入りください」

その声と共に脱いだ沓を揃えることすら覚束ぬまま、殿の中へと走り込む。
廊下の先で乳母殿が控えるお部屋が、恐らくあの姫様の寝室だ。
「失礼します、取次を」
「迂達赤副隊長さ、あ、いえ、隊長さま」
「・・・いやだ」

俺達の遣り取りの中、部屋からの小さな声が外のこの耳にはっきりと届いた。

「会いたくない」

俺のために扉を開け、その後大護軍を迎え入れ、部屋前へ戻ってきたハナ殿も。
扉前で今しもそれを開けようと、待ち構えていた乳母殿も。
いつもと変わらん大股で悠々と寝室へ進んできた大護軍も。
その場の全員が、聞こえたキョンヒ様の言葉に黙り込んだ。

「キョンヒ様」
扉越しに、医仙の小さな取り成し声が聞こえる。
それに何か返すキョンヒ様の聞き取れぬ声。その気配。
「ヨンア、ハナさん、ごめん、入って来て」
その声に慌てた様子で、乳母殿が扉を開く。

ハナ殿が俺を振り返った後に部屋へと入り、その後に大護軍が無言で俺の肩に手を置くと、続いて入室した。

俺はただ呆然と部屋の外、目の前で閉まる扉を見ていた。

 

大護軍が寝室を出てきたのは、それからすぐの事だった。
殿の外、入り口の階の下で立ち尽くすこの背の後ろから
「チュンソク」
低い声と、玉砂利を踏むほんの微かな足音がした。

この人は、玉砂利を踏む時ですらほとんど気配を感じん。
そんなおかしな処に、こんな時でも感心する。

「大護軍」
肩越しに振り返り、その顔を確かめた俺に
「情けない面だ」
片頬で笑むと、大護軍が俺の横へと並んだ。
「嫌われたな」
「自業自得です」

嫌いだと、会う理由はないと、先に告げたのは俺だ。
そんな姫様に、言われて当然の事を言われただけだ。

「何故ああ言ったか、訊いて来い」
「は?」
「訊いて来いよ」
涼しい目許で俺を見遣り、横の大護軍がさらりと言った。

「いえ、それは」
「もう入れるから、行って来い」
「は?」
大護軍は堪え切れぬよう、小さく息を吐いた。

「五日も風呂に入っておらんのにお前に会えるかと、駄々を捏ねていらした。
洗顔をお済ませだから、会いたいそうだ」

砕けそうな膝のせいで、踏み締めた足元の玉砂利が盛大な音を立てる。
「秘密と言われたから、知らぬ振りでな」
「は」
力なく頷き、殿へと向かう。

風呂だと。洗顔だと。洗顔だと?
ああ、何てことだ。洗顔だと?

再び寝室前へと戻ると、扉前の乳母殿が満面の笑みで頷く。
「キョンヒ様、迂達赤隊長が」
「入って頂け」
その声に乳母殿がすらりと扉を開く。

部屋の中で両脇を医仙とハナ殿に支えられ、絹布団の上、五日ぶりの白い頬、丸い目が笑んでいる。
五日でこれほど面差しが変わるのか。頬の削げたその変貌に、心の隅が刃物で抉られたように痛む。

「ハナ殿、医仙」
俺がそれだけ言って頭を深く下げると、二人は顔を見合わせ
「チュンソク隊長、今は」
「チュンソク様、姫様も」
口々に何かを言い掛けるが、俺の視線でお二人の口を閉じる。

「すぐに終わります。その後は典医寺へお送りいたします」
「・・・分かった。キョンヒ様、手を離しても大丈夫ですか?」
医仙が床のキョンヒ様へ尋ねる。キョンヒ様がしっかり頷く。
医仙はそっと、キョンヒ様を支えておられる手を離した。

ハナ殿は眉根をぎゅっと寄せ、こちらを見つめている。
その目を見返して頷くと静かに手を離し、
「姫様」
そう言ってすっかり細くなり、蒼白くなった手を握る。

立ち上がったお二人は部屋を静かに横切り、扉から姿を消した。
同時にキョンヒ様の声がする。
「座っておくれ」
「は」
俺はその場へ腰を下ろした。

キョンヒ様が近くに寄るように、布団の上で体を揺らす。
俺はそのまま自ら床を滑り、失礼のない距離まで寄った。

「チュンソク」
キョンヒ様が布団の上、じっとこちらを見る。
「怒っているな」
「当然です」
「そうだな。それでも」

そう言って、細くなってしまった白い腕がこちらへ伸びる。
そしてこの頬を、冷たくなった指先が掠める。
「優しい目だ」
「・・・いい加減にしてほしい」

己のこの口が発したとは到底思えぬほどに、肚の底の底から恐ろしく低く、小さい声が飛び出した。
その声に目の前のキョンヒ様が目を開く。
「会えない、会いたくない、風呂に入っていないから?」
そう言った後で秘密だったと思い出す。知るか、構うものか。
「泣いて眠らず、召し上がらずに」

どうなっているのだ。今の俺は俺ではない。こんなことを言うべきではない。
冷静に諭し、眠って召し上がって頂く、そして元気になられれば。

なられた後には、この姫に相応しい男とお倖せにと言わねば。

言わねば。

唇を噛み、大きく息を吸い込む。
「まずは典医寺へお連れします。どうかお体を労わって下さい。その後は」
「チュンソク隊長、ごめん!そろそろ」

ばあん、と開いた扉の音は、明らかに乳母殿やハナ殿ではない。
振り返ればやはりそこには、医仙が仁王立ちになっていた。
両手で左右に扉を開き、その真中に踏ん張って。

その目が俺に注がれている。その目を受け俺は息を吐いた。

助かったのか、それとも逸したのか。
分からん、本当に。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    さらんさんおはようございます(*^^*)
    チュンソクが困ってますね♪
    キョンヒ様もなかなかなキャラで
    楽しいです。
    お節介ウンスに是非頑張って頂きたい!
    色恋にチェヨンは役にたたぬ!(* ̄∇ ̄)ノ
    はははは
    楽しいお話ありがとうございます(*^^*)
    さらんさん
    知っていらっしゃるかな?
    使っていらしたらスルーしてください。
    鉄分を手軽にとるのに
    フライパンを鉄のフライパンに
    してみてくだいね。
    手入れが少々かかりますが…
    始めて使用する前に
    洗浄し乾かした後にたっぷり油をぬり浸けて
    また洗浄し空焼きしておくと
    錆びにくいです。 
    (自己流なので他に良い方法があるかも)
    そして使用し
    洗った後は必ず空焼きするだけですがね。
    少しでも改善されるいくことを
    祈りますp(^-^)q。

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    さらん 様
    こんにちは。
    この状況で、チュンソクの感情が読み取れるキョンヒ様。
    怒っていることが分かる姫様はもう大人ですね。
    10代だから、年が離れているから・・・
    並べる言い訳もそろそろ尽きるかしら。
    きっとこの数日で女の子から女性へと成長を遂げるキョンヒ様が見られるのね。

  • SECRET: 0
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    恋の始まりは…
    お互いに手探りで 歯がゆいですわね。
    二次小説で
    遠い昔に味わった(笑)
    感情が甦って来ました。
    恋する気持ちは大事ですね♪

  • SECRET: 0
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    さらんさん、怒涛の新年度がスタートし、遅めのランチをモグモグしながら、拝読させていただきました。
    ドタバタの合間に、さらんさんのお話に癒されております。ありがとうございます❤
    好きな人の前では、いつでも綺麗にしていたいという姫の思い…、生真面目で純朴なチュンソクには届かないのでしょうか?
    ああ、そうか、それ以上に姫のことを心配されていたのですね。
    たしかに、ヨンとて同じ。
    ウンスのこととなると、周りが見られなくなってしまいますものね。
    さて、この後、チュンソクはどれ程振り回されていくのでしょうか。
    楽しみ、楽しみ!
    さらんさん。
    ちゃんと召し上がってますか~?(*^_^*)

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ないです・・・(x_x;)
    恋愛番長!
    あの鈍ちんオンニがヽ(*'0'*)ツ
    いや、もうこれは職場の女性陣に
    「どんな時、彼氏に逢いたくない?」と聞いたら
    「前の日、髪洗えなかった時」という答えが圧倒的に多くw
    遠距離恋愛の自分には、大変勉強になりました・・・はい(*゚.゚)ゞ

  • SECRET: 0
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    >愛知のひとみさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ないです・・・(x_x;)
    フライパンのお話、ありがとうございます❤
    早速実行しておりますm(_ _ )m
    しかし、お、重い!煽れません。
    鉄のプライパンとは、重たいのですね(鉄ですものね)
    鉄分ばっちこーい!と、毎日何かしら、そのフライパンで作っています。
    本当にありがとうございます(●´ω`●)ゞ
    そしてキョンヒ様、この頃はどーにもヨンが動いてくれない状況で
    チュンソク&キョンヒ様のお話で助かったよ、と
    そう思っていたのが懐かしいですw
    キョンヒ様の明るさに、何度救われたことやら・・・感謝感謝です❤

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    >mamachanさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ないです・・・(x_x;)
    今回は、一番の成長株はキョンヒ様でした!
    十代の成長は早いなー、いいなー羨ましいなー❤
    あっという間に若い女性へと。
    ただこの方は、やはり幼いころから身に着けた
    王族独特の考え方がベースなんだろうな、と。
    でなければ、14で王様に謁見した時もあれほど大人びたご挨拶はできないなと
    書いていて、しみじみ思いましたσ(^_^;)

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    >パイナップルセージさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ないです・・・(x_x;)
    確かに、己も書いていていろいろ追体験したりします。
    初戀・・・ツルゲーネフ?!
    くらいしか、すでに連想できませんがw

  • SECRET: 0
    PASS:
    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ないです・・・(x_x;)
    もうこの辺りは、ヨンをしっかり踏襲しているチュンソク。
    そこは肚も読まないで良いし、真似もしなくて良いのだよ!と
    何度突っ込みたくなったことやら・・・(;´▽`A“
    最近は何故かきゅうり+酢味噌という、居酒屋メニューにド嵌り。
    (あとはすり林檎とバナナと青汁です)
    きっと体重がかなり減って、それ以上に筋肉量が減って
    戻すのが大変そうです(特に筋肉)
    いっそのことガンガン筋トレして、強い女性を目指すのもアリかもです❤

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