2014-15 リクエスト | 愛月撤灯・9

 

 

「・・・イムジャ」
寝屋の中、寝支度を整えた小さな背中に声を掛けた。
「如何しました」

様子が明らかにおかしい。
いつからだ、そう考えあの日からだと思い出す。
俺が怒鳴ったあの日。媽媽に急なお呼びを受けた日。
この方に詫びることすらできず、王様と王妃媽媽よりいつ正式な御言葉があるかと状況を判じていた。

それに気を取られた手落ちだ。俺が詫びねばならん。
「イムジャ、此処に」
俺は寝台の上で腰掛けたまま、片側にずれる。
その横にこの方が無言のまま、すとんと腰を下ろす。

 

寝室で呼ばれて、私はこの人を見る。どうすればいいか分からない。
横に腰掛けても距離が空いちゃう。
その手で私以外の誰かに触れた事がある。そう考えるだけで。

私はあなたの顔をじっと見る。
見れば見るほど、整ったきれいな顔。大好きなその黒い目。
だけどその目であなたが見たのは私だけじゃない。
今だって外に出ればいろんな人が見えるだろうし、これからだってその目が見るのが私だけとは限らない。

どうしてあなたの周りには、私以外の女の人がいるんだろう。
世界中の女の人がいなくなって、私だけになったら少しは安心できるの?
もう誰のことも見えなくて、あんな風にあなたを見つめる人もいなくなってくれれば安心?
そんなこと、出来る訳ないのに。
どうしてそんなに女の人を抱いたあなたが、私にはそうしないんだろう。
大切にしてくれてる、それは良く判ってる。
だけどもし あなたが最後に抱いた人の感触が、まだ残ってるのが 理由なんだとしたら?
もしそれが、私の一生会えない人が理由だとしたら?
あなたが失った、あれほど想ってた人が理由だとしたら?

「己の狭さに、嫌気がさす」

こんな考えを知るわけもないあなたが そう言って、私の目を見つめる。
「あなたに怒鳴った。下らぬ駄々も捏ねた。
そんな事では解決しないと判った。
罵っても己を宥める事も、あなたを縛る事も出来ぬ。
他の男の問題ではない。それを言ってもきりがない。
怒鳴って解決できる事ばかりではない。
罵るどころか口にすら出来ぬ、もっと深い悋気の業がある事も」

言葉を切ったあなたが、そこで大きく息を吐く。
この真っ直ぐな、いたわるような黒い目に嘘なんてあるはずがないのに。
「・・・どうして」
私はあなたをじっと見つめ返した。
「どうしてそんな風に言うの?私、そんなにあなたを疲れさせたの?
疲れて、やきもち妬くのも嫌になっちゃった?
他に女の人はいっぱいいるから、もっと安心できる、そんな人のところに行きたくなっちゃった?」

 

突然の言葉に俺は眉を寄せた。
「俺はただあの時あなたに無体をした。
それを詫びたいだけです。それすら遅くなったことを」

しかしこの方は寝台の枠に爪を立て、此方に身を乗り出した。
「じゃあどうして医仙なんて呼んだの、他人行儀に。
どうしてあの人は、あなたの帯だけ胸に入れてたの。
どうして他の女は簡単に抱けたのに、私にはそうしないの。
どうしてこんなに不安にさせるの、どうして」

段々と大きくなる声に驚きの眸を瞠る。
その体が俺に寄り、小さな拳が俺の胸と言わず肩を言わず叩くのを、ただ受け止める。
「どうした」
その肩をそっと掴むと、腕の中で上げた頬が溢れた滂沱の涙で濡れている。
「何があった」
「他の女が山ほど周りにいるのに、どうして私なの」
「・・・一体何を」
「あなたなら女になんて困らない、他のとこに行けばいい。
あなたが抱きたいって思う、あなたの事を包んで安らがせる、そんな女のとこに行けばいいじゃない」
「誰のことを」

確かにあの時、この方を医仙と呼んだ。
医仙として王妃媽媽の御体をどう診立てるか知る必要があった。
この方がそれにこれ程傷つくなど、予想もせずに。

胸に帯。
帯と聞いて思い出すのは、繍房に迂達赤の額帯を修繕するよう纏めて頼んだことくらいだ。
確かに数日前、修繕を早々に終えた繍房の尚宮が、完成した帯を持ってきた。
俺の額帯だけを、見分ける為にと胸に入れて。

痛みを誤魔化す女遊びなど、この方に出逢うよりもずっとずっと昔、相手の顔すら朧げだ。
その後周りにあった顔など、迂達赤と慶昌君媽媽、そしてチャン侍医くらいしか思い出せん。
そして王様の交代劇、新王ご帰国の道中斬られた王妃媽媽の為に天門をくぐったのだから。
他の女が山ほど俺の周りにいるなど誓って在り得ない。
この方がこれ程泣き叫ぶ理由など、あるわけがない。

それを口にしようとしたその瞬間、王様の御言葉が脳裏を過る。
─── つまり男は、幻にも悋気を抱いて相手を憎むが、
女人は実際事が起きねば、悋気を抱かぬということだ。

何も起きていないのに、この方はこれ程泣いているのか。
では事が起きれば、どれほど泣き叫ぶのか。
それを王妃媽媽は耐えていらっしゃるのか。そして背を押し王様をお送りするのか。

「何をそれほど」
「嫌なの。怖いの。あなたが誰かと2人でいるのも、誰かがあなたを見るのも。
昔あなたが誰かと何かあったのも。全部嫌だし、これからどうなるかも怖い。
だけどこれがどんなに馬鹿げてるかも分かってるから、もっともっと嫌になるの、自分の下らない心の声が」

溢れた涙を拭いもせずに、この方が言い募る。
その背に腕を回し、静かに摩った。
言っても、言われても、どうしようもない。
起きてしまったことは変えられない。
ただ抱き締めて己が此処に居る、心は変わらぬと、繰り返し伝える以外は。
腕の中で荒かった呼吸が収まり、震えた背中が柔らかくなるまで摩り続ける。

俺が呑んだ悋気は毒だった。
そして声なのだろう、この方が聴いたように。
周囲を汚すだけで、何も生み出さない。
ただ互いが疲弊していくだけだ。最悪の幻に魘されながら。
俺は二度と、あの幻を見たくない。
この方に二度と、声を聞かせたくない。

「絶対に、起きぬ」
静かに小さな背を撫でながらそう言った。
「あなたが怖がることは、絶対に起きぬ。
そして俺の馬鹿げた空想も」
起こしてはならない。二度と声は聞かせない。
本当に、己に疲れきる前に。
油灯の薄明かりの寝屋の中、ただその背を撫で続けた。
この寝屋の寝台を、悪夢の舞台にしてしまわぬために。

それすら望めず、毎夜腕の中で愛する方が傷つくのを眺めねばならぬ王様を思い、俺は一呼吸分息を詰める。

耐えていけるだろうか。王妃媽媽をあれほど愛される方が。
俺のように、国など関係ないと言えぬ御立場の方は。

 

 

 

 

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18 件のコメント

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    ヨンの嫉妬が原因でウンスをこんなに苦しめることになってしまった。
    ヨンはウンスに出会うずっと前のことっていうけど男の人は理不尽というかもしれないけど女は自分と出会う前のことも気になる人は多いのでは?
    そしてやはり女性に対して手が早かったくせにどうして私には!?と思うのよね。大切に思いすぎて大切にしすぎて不安にさせてることわからないのね。悲しいな。

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    ちょっと朝から泣いちゃいました。
    (ノ_・。)
    ヨンもようやく いろいろ気づいたようで
    よかった。 ちゃんとウンスに
    話してあげなきゃね。
    あ~ ドキドキしちゃいました。
    二人は大丈夫。o(^-^)o

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    ストーカー殺人の心理がわからなくて、旦那に聞いたことがあるの。
    愛した女を、誰の目にも映らせたくない、声も聞かせたくない、触れさせたくない、だから、永遠に自分だけのものにするには、そうするしかないんだろう。それをしないですむのは、愛する人と未来が築けるものだけ、まわり(人だけではなく、生活していけるか、その人を守っていけるかとかも)が関係ないと自信をもって、約束できる状態にあるものだけ。というような事を言われたのを思い出しました。
    王様と王妃様は、国のため、二人の想いだけで生きていけませんよね。
    それでも、命を絶たずに、生きていかなければならない。
    ヨンが気づいたけど、毒はウンスに。
    解毒剤はヨンだけ。
    ウンスの毒は、ちゃんと声に出したけど、もう少し話が必要ですね。
    過去は過去、今、これからを信じる為の、ヨンの解毒剤が、早く効きますように。

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    チェヨンくんとウンスちゃん。
    嫉妬の毒で、お互いに傷ついたけど、二人きりで本音を言い合える。
    チェヨンくん、言葉は少ないけど、抱きしめて背中さすさす。優しさが愛しさが溢れています。ココロほこほこです。(^^)

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    さらんさんこんにちは♪
    7話を読んだあとさらんさんはウンスにも
    嫉妬させるのね。と思い
    9話を読んだ次点で
    ヨンの毒素がウンスにも移ったのね!
    で、ウンスの思うことは
    いちよう私も女なので凄く解って
    苦しいです。
    ヨンsideが見えていてもです。
    さらんさんは男心も女心も解るのね♪(*_*)
    さてさてどう決着つくのか?
    楽しみです!( 〃▽〃)

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    ウンスの気持ちよくわかります‼️
    凄く切ないですね~f^_^;)
    何だか一日中考えてしまい重苦しい胸が痛みました。続きが気になります。
    お待ちしていますね~(≧∇≦)

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    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    男性には男性ならではのシャイネスがあると言いますが、
    女性には分かりづらそうだなーと、いつも思います。
    ただ、過去と比べる必要もないとは思いますが・・・
    こういう女性は、過去の女性と同じ扱いを受けても
    「あたしは特別じゃないのね・・・」とかぐじゃぐじゃ言いそうです(爆

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もう、大丈夫設定なのは、我が家の信義には
    欠かせない最大前提の一つなのでw
    其処だけはリク話でも、いつのお話でも。
    HAPPY ENDだけは徹底しています。どうなるかと思われた
    【偽嫁御】も、あれはあれでHAPPY ENDだったと思いたい…です(苦
    涙涙のキャラ全員死亡、旧韓流時代の「バリ出来」や
    「ごめ愛」のような終わり方は、トラウマです。
    インソン氏やジフプ氏の大人な感じにはくらっときますが・・・
    しかしバリ出来当時のインソン氏は23歳。
    今の私より4つも若い。年齢詐称としか思えません( ´艸`)

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    チェヨン1様のコメを読んで、既にUPしていたとはいえ
    最後にヨンがウンスの手を掴んで皇庭を歩いたのは
    間違ってなかったんだなと思いました。
    良かった良かった。縊り殺されては困りますw
    ウンスもヨンも、得意分野に関しての自信とプライド、
    逆に苦手分野に関しての自己否定や脆さが極端なので
    書いていても振り幅が大きくなる事がありますが
    経験値上昇と共に、埋まっていくと良いなーとヾ(@°▽°@)ノ

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    口でがたがた言うより、こういう時にはとにかく触れて
    宥めるしかないというのは、経験上もう、ええ・・・(爆
    触れないから、触られないから苦しいわけですから。
    人間も動物、寒くなればくっついて温め合うのが自然です。
    体温保持だけでなく、心も寒くなるのは厄介ですがσ(^_^;)

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    >愛知のひとみさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    その観点で行くと、私はどう考えてもヨンの心情の方が
    ダイレクトに来る感じかもしれないです。
    ウンスの場合、自分の中ですごく声を探したり
    女性はこういう時、どう考えるだろうなーと
    一歩引いた感じになってしまいます(゚ー゚;
    既に決着は、あのような形になりましたが
    出来れば王様媽媽には、そのまま側妃は持たずに・・・と。
    可能なら名実ともに、本当に歴史に名の残る御二人になれそうですから❤

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    >ぽんたさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    おお、余りぐるぐるしては駄目ですヨン(((( ;°Д°))))
    この後は短篇だらけなので、少しは楽かもです❤
    お時間があれば、また是非是非(*v.v)。

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    >のりちゃんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    おお、連休前の週末の昼にとんでもない思いを
    おかけしてしまい、申し訳ないです(;´Д`)ノ
    こんな風にと言うか、あんな風に終結致しました。
    既に新話に進んでいるのでなんですが・・・(;^_^A
    また新たなお気持ちで、楽しんで頂ければ嬉しいです❤

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    >しのぶちんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    あの自分の声は、嫌だろうなと思います。
    まさにネガティブの塊だと思うので・・・
    まあ基本根性ありのウンスオンニなので、
    負けはしなかったようです(≧▽≦)
    良かった良かった❤

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    さらん様、こんばんは❤︎
    誤解でも我儘でも構わない。
    泣いてるウンスを幼子を宥めるように、
    優しく抱き締めるヨンが大好きです。
    お互い以外は死んでも有り得ぬと言える二人は幸せなのですから。
    王と王妃。
    お二人の心情を思うと切なくてたまりません。

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、ここまで相手を愛したら、
    辛いことも人一倍な気がしますが・・・
    王様媽媽は、最後はウンスが歴史すら変えたかもしれませんΣ(・ω・ノ)ノ!

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