2014-15 リクエスト | 藤浪・1

 

 

【 藤浪 】

 

 

「瑩、行くかよ」

その丸い声に、黙って頷く。
明るい陽の下、背について歩き始めると、先を行くこの人が愉快そうにこちらを振り向き、首を傾げて問いかける。

「おんしゃあ、並んで歩かんにゃあ」

今までに何度も、不思議そうにかけられた言葉。
この人が北辰一刀流も小栗流も収めた剣豪と知ってはいる。
それでもこの人が今の京を歩くには、背にも目があるに越したことはない。
俺が首を振るのを見るとまた前を向き直り、この人は大路をふらりと歩き出す。
何処に街着を纏う壬生狼が放たれているか分からんものを、全く警戒する素振りすら見せず。

泣く子が居れば寄って頭を撫で、懐から一掴み飴を出し、その小さな手へと握らせて。
馴染の女郎が楼から手を振れば駆け寄ってその腰を抱き、足の遠のいていた謝罪をし。

何処まで底抜けに明るいんだ。
その姿を後ろから見つつ、俺は胸の中で息を吐いた。

 

「歳さん」
総司の穏やかな声に振り返る。
「あれを」
総司が目で指し示す先を眺めれば京の大路のまん真ん中、一際高い背中が二つ、人波から頭抜けて覗いている。

ひとつは土佐脱藩浪士で社中を成立させた才谷梅太郎。
それが偽名だという事も、すでに俺たちは知っている。
しかし分からんのは。

「またあの男が一緒か」
俺の渋い声に、総司が静かに頷いた。
淡茶の長い総髪が、二人を見つめたままの涼しげな目許へかかる。
「誰ですかね」

これだけ手を広げて正体が掴めず、耳を欹てても話が入らない。
黒い髪、黒い眸。底知れない威圧感。
確かに坂本も飄々として何処か人を喰った印象があるが、後ろのあの男のような底知れぬ深さ昏さはない。
正体の知れん男に、俺は苛りと唇を噛み締める。

「二人とも斬っちゃいましょうか」
総司が優し気に首を傾げ訊くのに首を振り
「近藤さんに止められている」
と答えると、
「近藤先生も分からないなあ」
奴が不思議そうに呟く。

「連れの男はともかく、坂本は尊王攘夷派の脱藩藩士。
脱藩組の岡田とも中岡とも、長州の高杉とも裏で結んでいる。
おまけに内細は、あの中川宮の侍医だった男の娘ですよ?」
「しかし元軍艦奉行並の門人でもある」
「だから斬らずにいるなんて」
「近藤さんの言い付けだ、総司。じき風向きも変わる」
「・・・分かりました」

総司は最後まで未練を残すよう、その二つの背を見送る。
「詰まらないなぁ」
腰の菊一文字をかちゃりと鳴らし、薄い紅い唇で囁いて苦く笑う総司を連れ、大路の中で俺たちは踵を返した。

 

背に張り付いた二つの目線が逸れた。
腰の物に掛けていた指先を緩め、静かに肚に息を入れる。

その瞬間。目の前のこの人は振り返りもせず
「いんだがか」
そう言って、くくくと笑う。

「あんけんまい方は、たっすいがに見ゆうが何の何の。
たいちゃあ強いはあっちの方ぜよ。おんしゃあがいやき気いつけにゃ」

そう言ってふざけた様に手を振って
「見ゆうがか。こじゃんと濡れたわ、冷汗で」
しかしこの人の短刀の柄に残る濡れた指跡に気付く。
あながち嘘でもないのかと、俺は片頬で笑んだ。

「ほいたらお龍たちのくへ行くが」
この人はそう言って、またゆらりと歩き始めた。
「おんしゃ恩綏に会うんは、たかぁ久々たろうが」
「りょ・・・梅太郎さん」

その声に、この人は歩きながら空を見上げて大きく笑む。
「ゆうたち、いかんちや」
そして空を見上げたまま横目で俺をちらりと見遣り
「恩綏の名ぁの上がる折ばあ、ほたくれんかよ」

その太陽のような笑顔を見ながら、俺は首を振る。
「人が悪いんだ、あなたは」
「今頃知りゆうか」

この人の呵々大笑の声が、大路に響き渡った。

 

******

 

「恩綏」
卯の垣に設えた門向こうから、呼ばれた声に振り返る。
「お龍さん」

笑みながら門をくぐったお龍さんが、その指で診察道具を示す。
「もう仕舞うた?」
「ええ、もうじきに」
「龍馬と、瑩さんが来はるよ」
「・・・え」

久しぶりに聞く名前に、私は音を立てながら、診察道具を慌てて一纏めにして風呂敷で縛りあげる。
「今頃になって焦り為さんな。どうせ出たところで、行く道ですれ違うやろ」

大路から折れた脇道、ここへと続く一本道の事を言っているのだろう。
私は唇を噛んで、お龍さんを恨みがましく睨む。
「おお、怖」
お龍さんは全く意に介さぬように笑うと、私をじっと見つめた。
「いけずせんと逢っておき、逢えるうち。またいつ長いお留守になるか分からんえ」
「お龍さん」
「へえ」

にこやかに、でも強い目で私を見るお龍さんに、私は首を振る。
「たとい大恩ある楢崎先生のお嬢様でも、その縁故で青蓮院宮でこうして医に携われても、それでも」
「ほいでも、嫌なんやろ」
「お龍さん」
「うちに口出しされるのが、いきどしいんやろ」
「堪忍して下さい」
「堪忍も何も。うちのほうが、恩綏におんぶにだっこや」
「何を言ってるんですか」
「ほんまの事どすやろ。恩綏が大獄でも捕まらんと、宮さんのお世話続けられた分、うちの皆が恩綏におぶさって」
「お龍さん、もうそれは」
「女だてらに漢方も、蘭方医学も修めて、宮さんのお世話をお預かりできる程の腕もっとる恩綏に」
「それは楢崎先生が手取り足取り、教えて下さったから」
「お父はんかて恩綏が出来ん子やったら、弟子になんぞよう取らはらんかった。知っとるやろ」

お龍さんは、そう言って眩し気に笑った。
「あんたはすごい女やんか。何でそない依怙地にならはんの」
首を傾げたお龍さんの後ろ、質素な門から
「お龍」
声と共に雲突くほどの大男の影が二つ、にゅっと出た。

その高さは構えの低い門の、切妻屋根に触れると思うほど。
小柄の方の龍馬さまとて、優に六尺の大男。
後ろの瑩さんはそれを越すのだから、そんな大男二人が並べば目立って仕方がない。

「龍馬!」
龍馬さまへと駆けだしたお龍さんを受け止めて、龍馬さまがその腕にしっかりと抱き締める。
「お龍、ほたくってばあ堪忍しとうせ。どいたち抜けれん会合やったきに、な、な?」
「そうどすか。えらい往生しはりましたな」
そのお龍さんの声に、龍馬さんが深く頷く。

「まっこと大事ぞね。ほんのみぞい旅でいぬると思うたちや、すっと戻れるとばかり」
「毎晩毎夜、御酒をお召しにならはって」

抱き締められたまま、お龍さんが低い声で言った。
お龍さんを抱き締めたまま、龍馬さまは間の抜けた声を返す。

「・・・は?」
「毎晩、毎夜、綺麗どころと、御酒を、お召しにならはって」

繰りながらお龍さんは龍馬さんの短刀へ指を伸ばし、甚振るようにその柄をそっと撫で上げた。
「ほんまにえらい目ぇに、遭われましたな、龍馬はん」
「な、何を言っちゅうが、お龍。わしは」
「ぜえんぶ聞きましたえ、一足先に寺田屋へ戻っていらした高杉せんせより。いやあ、うちは知りませんどした」

そう言ってお龍さんは静かに短刀を抜きかけ、底光る目で龍馬さまの目をじっと見上げる。

「うちの旦那はんが、そないなお大尽やったとは」
「あ、あいは、あの金子の出処はなお龍、聞いとうせ。あいは社中の酢屋のぢんまの」
「ほんま悪事の時ばかり、尚更よう回るお口や」
「どくれたらいかんちや、せっばい美人が台無しに」

龍馬さまがそう言って、お龍さんからじわじわと後ずさる。
「黙らんか!」
お龍さんが怒鳴った瞬間に、笑いながら背を向け駆け出した龍馬さまを追って、お龍さんがぱっと走る。

そうしながらこちらへ振り向き
「瑩さん、此処で恩綏と待っとっとくれやす。
あの男をとっ掴まえてすぐ戻りまっさかい!」

叫んだが早いか門から飛び出す細い背を、私は口を開けたままただ呆然と見送った。

 

 

 

 

新リク話【 藤浪 】 開始です。

284. 無題
こんばんわ
凄いことになってますね。
出遅れてしまいましたが、私もリクエスト。

以前さらんさんからコメ返しで『御所にヨンを佇ませたい』と
言って頂いた時より願ってました。

御所を舞台にしたお話。
あの白い長ーい塀に壁ドンするヨン。
読めたら幸せです。

日本の殿方も登場頂ければ この上なき し・あ・わ・せ
光の君?
坂本竜馬さま?

いやいや わがまま 申しません。
御所を舞台にして頂けるのであれば。。。

 

(haruさま)

haru様、素敵なリクありがとうございます❤
これは最初、平安ものにするか、江戸末期にするか
すごーく悩んで
最終的にヨンが麻呂眉になる想像図が許せず(そこだw)
激動幕末ものに。
調べるほどに、おおお!と。
因みに新撰組局長・近藤勇の実娘お勇さんは、
韓国人男性に嫁いでいるそうです。

しかし調べるほどに、皆さんの知っている有名人が出てくる故に
ヤバいヤバい、手が抜けない時代考証やら人間関係やら・・・と
おまけに土佐弁に京言葉、難しいとこへ首を突っ込みつつも
頑張る所存であります。
恐らく言葉に関しては、かなり滅茶苦茶だと思います。
bot頼みですが、出て来ないし手入力だし
(botじゃないじゃん!)

今回の【 藤浪 】 そして次回のリク最終話が終われば
本格的な長期休み期間となるので、
まずはそこまで、読んで頂ければ嬉しいです。
ではでは、皆さまに愛を込めて❤❤

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8 件のコメント

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    イェイ…
    うん、眉麿のヨンは…想像不可ですな。
    御所の時代背景に土佐弁、凄いです。
    なんとか判読、意味はなんとなくわかりました。
    続きが楽しみです。

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    さらんさん、時代背景もさることながら、驚きの登場人物達のすごい場面からスタートしましたね∑(゚Д゚)!
    この先、どうなるんだろう?と、かっこいいミステリー映画の予告みたいな第一話をお届け頂き、ありがとうございます。
    さらんさん。長期休暇という文字に、寂しさとオロオロ感を抱いております。
    時間を削ってお話を提供され続けていらさらんさんに、しばしの間、ゆるりとしていて頂きたい思いはありますが、肩をがっくりと落とし、途方にくれている馬鹿な私。
    こんな分からず屋の戯言は無視して、さらんさんの思うままに。

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    わぉ 龍馬だぁ~‼︎
    さらんさん
    ハチャメチャぶりのリクエストにも関わらず
    お話にしていただき ありがとうございます。
    私の大好きな龍馬を出していただき
    ヨンと並んで歩いてる。
    大感激です。
    難しい土佐弁に京言葉まで もうバッチリ
    さすが さらんさん。
    ほんと感謝です。
    どのようなお話になるのか想像をつきませんが
    楽しみにして 読まさせて頂きますね。
    そして さらんさん
    入院中は お医者の仰ることをよく聞いて
    無理せず ゆっくり療養してくださいね。
    いつも素敵なお話ありがとうございます❤︎

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    いやぁ~びっくりしましたよ。
    土方に沖田総司!!
    一瞬、宝塚思い出しましたわよ(笑)
    確かに京の?眉?ちょっと・・・・ねぇ?アハッハハ
    でも、我ながら土佐弁そこそこ理解できるのが
    妙に感心・・・・って、さらんちゃん凄いよ(拍手)

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    >パイナップルセージさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅すぎるコメ返、申し訳ないばかりです(x_x;)
    この土佐弁は、自動変換を使いつつ、不明部分を
    ネットの土佐弁辞書で直したなあ・・・
    そこに異常なほど時間のかかったお話でしたw
    でもこうして読み返しても、もっとじっくり書きたかった!とw
    今でもすっごくお気に入りなのでした❤

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅すぎるコメ返、申し訳ないばかりです(x_x;)
    このお話は、何しろ土佐弁に時間がかかった記憶がw
    私にとっては英語で書く方が楽だったので
    むしろ龍馬よりペリー提督にすべきだったかと
    途中で本気で悩みました(爆
    でたらめな土佐弁に要注意のお話です( ´艸`)www

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    >haruさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅すぎるコメ返、申し訳ないばかりです(x_x;)
    せっかくすてきなリクを頂いたのに、コメ返がこんなに遅くなり
    顔向けできません…っっ
    申し訳ないばかりです・・・
    このお話は、本当に楽しんで書いたのです。
    出来ればこれでドカンと別のお話を書きたいくらい。
    恩綏は誰か、どこから来たのか、大望は誰か。
    屋敷を抜けた後に瑩と大望はどうやって京まで来たのか。
    姉小路たちはあのまま黙って瑩を逃したのか。
    今上と榮は、あの一回しか会わなかったのか。
    一瞬すれ違った沖田総司と瑩は、あの後どうなったのか。
    そして歴史上、まだまだ龍馬は活躍するのに
    瑩はそれにどう関わったのか。
    これ、全部組み立ててからこのお話を書いたのです。
    ネタ帳に、がっちり残っております。
    あのPicを見て頂き、気合の入り具合をお察しいただければと思いますw
    しかしそれは、冗談抜きで【信義】でなく別のお話になるので
    さすがに自粛しましたが・・・
    これこそまさに、この後書きたいお話だったりしますw
    ああ、またそんな事を考えると歴史熱が・・・!

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    PASS:
    >victoryさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅コメ返、本当に申し訳ありません(x_x;)
    これは、このお話は、ほんとうううううに
    土佐弁に関して苦労しました。
    多分お話を書く時間の8割は、土佐弁を調べていたのでは(爆
    最高に好きなお話です。楽しんで頂ければ嬉しいです❤

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