2014-15 リクエスト | 曠日・4

 

 

「隊長」
煩い。
「起きて下さい、隊長」
その声に向かい無言のまま、枕を握って投げつける。
それが固いものにぶつかる音。
「いてっ!」
その小さな声の後、呼び声が収まる。

ようやく静まったその声に安心する。
また眠りに戻ろうと腕を枕にごろりと寝台上で態勢を変えた時。

一瞬早く気が付いて、俺は寝台から跳ね起きた。

同時に今まで身を横たえていた場所に、叔母上チェ尚宮の鋭い手刀の一撃が振り下ろされた。
危ないところだ。
息を吐き、寝台の真横に鬼の形相で立つ叔母上へと目を当てる。
その少し後ろに先刻投げた枕を抱えたままのトクマンが、小さくなって立っている。

「何の真似だ」
叔母上にそう問う。
「起こしてやろうと思うてな」
叔母上は、仏頂面でぼそりと告げた。
「起こし方があるだろう」
「それを言うなら寝方があろう。三日も四日も寝続けるような常識外れになど、言われたくもない」

その遣り取りに寝台の上で息を吐く。一言投げれば三言返って来る。
口では勝てぬ。堪ったものではない。
「で、何だ」
諦めて俺は問いかけた。
「久々に、酒でも飲みに行かぬか」
「何だと」
「手裏房の酒楼に」
「何を企んでいる」
「企み、な」
叔母上はその言葉にふむ、と頷いた。

「企みといえば企みか。お前に見せたい奴がおる」
「誰だ」
「ヒドだ」
叔母上の口から飛び出した、その懐かしい兄弟子の名。
俺は息を止め、叔母上をじっと見た。
ようやく次に息を吐き
「戻ったか」
「戻ったと言えるのか」
叔母上は珍しく、問いに僅かに逡巡し目を逸らした。
「どういう意味だ」
「とにかく来い。今宵戌の刻」
「遅いな」
「マンボからの指定だ」
「分かった」

頷くと、叔母上は踵を返し部屋の扉へと向かう。
そこから出しなにこちらを振り向き
「ヨンア」
その呼び声に俺は振り向き叔母上を見た。
「何だ」
「間違えても二度寝などはするなよ」
そう言って、音高く扉を抜け出て行った。

仕方ない。寝台から降りると大股で部屋を横切る。
トクマンの前を過ぎる時、その腕に抱える枕を取りあげ寝台へと放り投げると、奴は
「起こしてすいませんでした、隊長」
そう言って、頭をぺこりと下げた。
「もう良い」
言い残し、顔を洗うために階下へと降りようと俺は部屋を出た。

 

その晩、戌の刻。
空には煌々と白く明るい月が昇っている。

指定の刻、指定通り手裏房の酒楼へ赴いた。
表門より中へ踏み込もうとした時、陰から出てきた女の手に腕を掴まれ、門柱の影へと引き摺りこまれる。
同時に片手が、俺の口を塞ぐ。
この気配。こんなことができる女人は世界広しとはいえ
「・・・叔母上、何をする。呼び出しておいて」

塞がれた口の隙間からそう言った。
「黙っておれ」
それに黙って頷くと、ようやっと腕と口の手が離れる。
程なくし、門よりふらりと現れた墨染衣に目が止まる。

ヒド。
久々のあの懐かしい兄弟子の姿。

ヒドは気負う風でもなく、ふらりと通りの雑踏に紛れた。
叔母上が頷く。俺は静かにその後を追った。
ヒドの足は乱れもなく静かに足許の砂利を踏みつつ、月の下、一定の速さで何処かへ向かう。
俺は軽功を開き、足音を消してその背を追った。

対面より別の足音がする。同時にヒドの足音が止まる。
道の向こうに、官服姿の男が見えた。
二人の供が行燈を提げ、その左右を護っている。

薄暗がりの目にも赤いその官服は、重臣の証。
しかし顔など覚えぬ俺に、それが誰かは全く区別がつかん。
ヒドは静かに手甲を外した。
外す瞬間に横顔が見える。その目に灯った僅かな灯。

喜んでいる。ヒドは今。
長く見知った兄弟子、家族だからこそ分かる。
喜んでいる。これから起こる出来事を。
いや、恐らく、自分が起こす出来事を。

「アン・ボムジン殿か」
男たちの姿が近づいて、ようやくヒドは静かに訊ねた。
「お主は誰だ」
その傲岸不遜な態度にも、全く臆することはない。

「その懐の書状、頂きに来た」
そう言う声は、穏やかだ。
「・・・何の事だ」
「内幣庫の隠し金子の在処を遣り取りした書面だ。渡してくれればそれで良い」
男は左右の供に護られ
「生かして返すな」
そう言って、一歩引いた。

左右の男は、同時にヒドに向け走り寄った。
その瞬間、僅かだったヒドの目の灯が増した。

ヒドは手甲を脱いだ腕を、大きく鞭のように 右下から左上へ撓らせた。
走り寄った男のうち背の高い男の腰から肩にかけ、赤黒い血飛沫が影になって飛んだ。
二人目の男に向け斜め下へと腕を振ると、男の耳から肩にかけて裂け、血が噴き上がる。

アン某とやらが腰を抜かしたように、地面に座り込む。
そこへ向かいヒドは一歩一歩、ゆっくりと歩み寄った。
「書状を」
立ったまま呟くヒドに男が震える手で、官服の胸元から畳んだ薄紙をどうにか取り出す。
ヒドは未だ手甲を嵌め直さない。厭な予感がする。
あの目の灯が消えていない。しかし相手は丸腰の高官だ。

何もすまい。いや、分からない。

次の瞬間男は薄紙を供が落とした行燈の、消えずに灯った油灯へと焼べた。
ヒドは首を傾け、紙の行方を目で追った。
薄紙が ぱ、と焔を上げた。
その瞬間、俺は背筋が冷たくなった。

ヒドの横顔が焔に照らされ、嬉しそうに笑んだのだ。
探していた理由が、ようやく見つかったかのように。
そしてゆっくりと、手甲を嵌めぬままの腕を上げた。

「お答、頂戴した」

ヒドは静かにそう言って、腕を振った。
男の上半身が音を立てて地面へ倒れる。

ヒドは手甲を嵌め直し此方を振り向いた。
そして其処に佇む俺を見た。

「・・・ヨンアだったか。害意を感じぬはずだ」
そう言って。
「最後の男は殺めておらん。目を潰しただけだ」

先刻の嬉しそうな笑みを浮かべた男とは思えない。
その目は月明かりの中で昏く、ただ深い闇の色だった。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    さらんさんこんばんは。
    今回のお話も痛いな。
    始まりはいたくとも終わりは
    happyがいいな♪( 〃▽〃)
    毎回同じようなコメで申し訳ない(-""-;)
    ボキャ貧は私です(  ̄▽ ̄)
    ←ヒラキナオルナ!( ̄ー ̄) 
    ヒドヒョン、ファイティン(~▽~@)♪♪♪

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    さらん 様
    こんばんは。
    迂達赤にいるヨンの闇もまだ深い頃。
    酒を酌み交わせば昔話に花が咲く……
    なんてあり得ませんよね(T^T)
    お互いの心の傷が、傷口の広さが分かり過ぎるからこそ、側にはいられないのでしょうか。
    寂しいね。

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    さらんさん、こんばんは❤
    帰宅してすぐにPCを開き、仕事のメール確認など後まわしで、さらんさんのお話にかぶりつきました。
    今夜も、お話を更新いただき、ありがとうございます❤
    以前、コメントのお返事で、さらんさんから「登場人物が独り歩きしないようにご留意されている」というようなことをお聞きしましたが、ヨンはもちろん、チェ尚宮や師叔もまさに本人以外の何者でもない!という感じです。
    リズムも良いし、目の前で実際の会話が繰り広げられているようで、そりゃもう毎日極上の時間を過ごさせて頂いているのですよ(*^_^*)
    それにしても、ヒド兄貴…、心の中の留め金が外れてしまったのでしょうか。
    ヒヤリと寒い闇を纏っているのですね。
    ああ、これからどう絡んでいくのでしょうか。
    さらんさん❤ 毎日、パワーを頂き、感謝感謝です。
    今夜は冷えますので、あたたかくしてお休みくださいね。

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    ヨンの闇。ヒドの闇。
    それがどんな深くても、他の元赤月隊隊士のようにならなかったのは、どこかでお互いを必要としていたから。わずかに残った生きる理由にしているように思えてなりません。
    それが一筋の光になってくれたらいいのですが…。

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    楽しめるはずの、喜べるはずの再会があんな風だったからこそ、
    5話でヨンは、あれほどヒドに確かめているのでしょうね…
    悲しい再会だったようです、お互いに。
    ヒドと離れたくないヨン、ヨンのため離れたいヒド。
    難しい事です・・・

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    >愛知のひとみさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もうヒドを書く、となった時点で嗚呼と思ってはいましたが。
    やはりヒドの心は、ヨンとは違う理由で、違う角度で
    カチカチに凍りついているので…
    最後に少しでも、解けることを祈りつつ。
    あじゃあじゃ~!

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    >mamachanさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    酒を酌み交わし、昔話に花を咲かせるのは、
    やはり今ではないようです・・・
    ヨンも寝太郎時代。ヒドはもっと悪いかもしれません。
    いつかそんな日が来ることを祈りつつ・・・(x_x;)

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    御帰宅直後のヒドチェック、心より嬉しく誇らしく、
    しかしmuuさまのお仕事状況が心配でもあり(;´▽`A“
    リズムが良いと言って頂けると嬉しいです。
    そして此度のような創作キャラがメインの場合、
    周囲のキャラがよりリアルでないと、何これ?なお話になりそうで。
    その分ヨンにもチェ尚宮コモにも師叔にも、
    そしてシウルやチホにも頑張って頂いておりますw
    私こそ、muuさまや皆さまにパワーを頂いています。
    本当にいつもありがとうございます(*v.v)。

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    >もなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね・・・この二人だけでなく、赤月隊は
    本当に皆、家族であり兄弟であり同士であったはずなのに。
    ただこの二人は少しだけ、互いに対して、そして命に対して
    執着が強かったのかもしれません。
    生きたかったわけではなく、生とは何かを考える力が。
    いろいろ、考えるところではあります
    (_ _。)

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