2014 Xmas ｜ 首爾2012・2

この狭苦しい小部屋に閉じ込められどれほど経つ。

小部屋の壁に触れながら俺は息を吐いた。
ただでさえ狭い部屋の中。
そのほとんどの空間を、白い椅子のようなものが占領している。

その椅子には蓋がある。
指先でそれを開くと下の座部には穴が開き、水が溜まっている。
こんな妙な椅子を、天界では一体何に使うのだ。
狭苦しい上に邪魔な椅子、鬱陶しい事この上ない。

その蓋の上に乗り、天井を確かめる。
拳で破ってでは、出られそうもない。
何故こんな処にあの方は俺を閉じ込めた。

「お願い、ここにいて。静かにしてて、誰が来ても出ないでね」
額に汗を浮かべ、片開きの扉についた鉄の小さな閂をがちゃがちゃと音を立てて動かす。
「ここをこうやって、横に滑らせたら鍵が掛かるから、誰が来ても開けないで」
そう言ってその扉を外より音高く閉めると
「ヨンア、鍵！鍵かけて」

俺が教えられた通り閂を滑らせる音を聞くと同時に、あの方の気配は外へと消えた。

鬼剣は手許にない。
扉を蹴破るのは容易そうだが、約束した以上此処で暴れるわけにもいかん。
狭苦しい小部屋の中、白い椅子の蓋に腰掛け、額を片手で抑えた俺は太く息を吐く。

*****

思わぬ処で手に入れた給料を握って、高麗の着物姿で町を走る。
1番近い江南駅の地下街に飛び込んで、とにかく服、服を買わなきゃ。
まずは私のニットのワンピースとブーツ。
メンズショップに飛び込んで、後はあの人の･･･
サイズも判らない。あの身長なら絶対SやMじゃないはず。
ああもうどうしようと、じりじりしながらセーターとパンツ。
･･･え、下着は？あの人、あの着物の下に一体何を着てるの？
一緒に眠る時は何着てたっけ。考えたこともない。

上がる呼吸数、焦る心臓。気付いて深呼吸をする。
落ち着いて、落ち着いて。足りなければ買えばいい。
会計を済ませて。ウォン札で買い物するなんて久々過ぎて、ああ、すごく変な感じがする。
ろくにお礼も言わず渡された商品の入った袋を掴んで、私はそこを飛び出した。

行先はあの人を閉じ込めた病院の男性トイレ。

「ヨンア！」
悲鳴のような抑えた声と共に開いた扉の気配にぎょっとする。
反射的に扉を蹴破る寸前でどうにか足を止め
「イムジャ、どうした」
小さく鋭く問えば
「開けて、ここ、早く」
あの方の声が小部屋の扉越しに響く。

ばんばんと叩かれる扉の鉄閂を滑らせると、扉を押し開いたあの方が顔を突き出す。
息を切らせ、目を大きく見開き
「はい、これ着て。着替えたら大きな声で呼んで。私は隣に隠れてるから」
そう言って紙の袋をずいとこの胸に押し付けて。

5分後。隣のトイレに隠れてじりじりしながら待つ私に
「イムジャ」
あなたの声が聞こえて、私はトイレの扉を開く。
そこに立ってるあなたは、さっき私が選んだシンプルなセーターとパンツ姿。

･･･これは正直言って、素材が良くなきゃ無理よ。
伸びた背筋と歩き方。大股の歩幅はそのまま、現代の洋服を着てるなんてすごく変な感じ。
なのに、すごく素敵。
足元だけが高麗の靴っていうのがあれだけど、レザーのブーツに見えない事もない。
「良かった、似合う。普通に似合う。私も着替えるから待ってて」

閉められた扉の音。それを聞きながら、俺は部屋内を歩き回る。
先刻まで閉じ込められていた部屋と同じ扉が二つ、並んでいる。
そのうちの一つには今あの方がいる。
反対側の壁際には椅子と同じような白い、しかし椅子ではなく腰上ほどまでの丈の器。
それが壁に沿ってやはり三つ並ぶ。

そして以前あの方に見せられた天界の青銅鏡。
何もかも映し込むあの青銅鏡にそっくりな、しかし大きなものが壁に据え付けてある。

最後のもう一つの壁には外回廊へと続く扉。
敵が押し入るとすればその扉のみ。
今のところ何の気配もない事に安堵の息を吐く。
青銅鏡を使い、残りの死角を確かめるため覗き込み、次の瞬間その前より飛び退る。

腰の鬼剣を指で探し、持っておらぬと思い出す。

最初は敵があちらから俺を見ていると思った。
しかし改めて青銅鏡を覗き込み、髪に、顎に触れれば、まるきり同じ動きをする。
その者を見てそれが己自身だと、ようやく得心がいく。

その青銅鏡に向け、恐る恐る手を伸ばす。
向こうから此方に向かい手が伸びてくる。

向こうと此方で、二つの指先が触れ合う。
触れあった瞬間、俺は指を引いて離した。
あちらの指も、それと同じ速さで離れる。

「･･･ヨンア、何してるの？」
その声に、弾かれたように振り向く。

私を振り向いた鏡の前のあの人が口を開けた。
黙ってしばらくこっちを見てる。
やだ何、変かな？ ニットのワンピース、そうおかしくもないと思ったのに。
私は立ったままそのワンピースの裾を、指で無意味に伸ばしたりしてみる。
「何、どうしたの？おかしい？」

この方の声に我に返り首を振る。
「そうではない。そうではなく、ただ」
「ただ何、やだ、はっきり言ってよ」
「･･･いや、思い出して」

最初のあの日。王命で天門を潜った日。
大勢が列を成し、腰掛ける段の下。
この方は動く絵の前、何かをしきりに話し続けていた。
光る絵を棒で示しながら、紅い髪と口唇が動いていた。

その姿を一目見てから後。
この眸が離せずに、入って来た男たちに引き摺られるがまま。
この身はそうして無理に部屋を連れ出されたのではなかったか。

「･･･変わらぬ。変わらず美しい」
そうだ。天界に神医を探しに訪れ、何かに導かれるがままこの方に出逢った。
そして今、この方と共にまた此処に居る。

あなたの言葉に顔が熱くなる。珍しくハッキリ言われて、胸がどきどきする。
考えてみればこの世界の服なんて、何年も着てないものね。

私は照れ隠しにトイレの鏡に自分を映して頷いて、最後にあなたに振り返る。
「これで大丈夫、さあ、行こう」

にっこり笑って。そう、笑えるうちはきっと大丈夫。

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