2016再開祭 | 秋茜・序

 

 

【 秋茜 】

 

 

景福宮の屋根の上、秋の空は涯なく高い。
刷いたような雲の下、風に舞い飛ぶ秋茜。
風が吹く度流されて、止めば再び群れ飛んで。

「ねえ、ソンジン」

景福宮の隅、兵の往来もない半ば打ち捨てられたような、朽ちかけた四阿の石段に並んで腰掛けた女が言った。
呟くような、囁くような、風に吹かれて飛んでいくような声で。
「どうしよう」
「・・・何だ」

掠れた声に俺も横顔のままで眉をひそめ問い返すと、女の満ち足りたような柔らかい息の音が届く。
「私、こんな倖せでいいのかな」
「・・・良いだろう」
不幸だと思うよりずっと。そう続けようとした俺に
「あんたが居て、並んでも誰にも何も言われない。あの頃は並ぶどころか、目も合わせられなかったのに」

何を言っているのだ、この女は。
王から授かった位や、悔し涙に暮れる程就きたがっていた医女としての役目を言っているのかと思えば。

呆れた息を吐き空を見上げる俺の横顔に、女の視線が当たっているのは重々知っている。
それでもその目を見返すことは出来ない。
しばらく見つめて諦めた女の視線が逸れてから、ようやく言う。
「・・・麦藁蜻蛉を知ってるか」

その声に並んで秋茜の群れを見ていた黒い目が、もう一度俺の横顔に向き直る。
「知ってるわよ、もちろん。何よ」

先刻の俺の返答の素気なさに、どうやら腹を立てたらしい。
生意気の口の利き方も相変わらずだ。何一つ変わらない。
これ程に何もかもが変わった後でもこの女だけは相変わらずだ。
こんな下らん事を聞いている俺だけが独りきり腹を立てている。

「塩辛蜻蛉ともいう」
「・・・突然どうしたの」
「咥えると塩辛い」

昔自分も騙された出任せの戯言に、黒い目が丸く瞠られる。何もかもが変わった。
重く塗られていた白粉も、赤い写し絵を描きそうだった紅も、元の形が判らぬ程に濃かった眉も、今は面影すらない。
今、横にあるのは何も塗らずに透き通る白い肌。
後ろで結わき、テンギで纏めただけの漆黒の髪。
くっきり長い黒い睫毛で囲まれたもっと黒い目。

あの頃の歩く宝玉匣のような煌びやかさなど今は微塵もない。
質素なチマチョゴリを纏いその上から青い前掛を掛けている。
清潔なだけが取柄の装いで、それでも今までのどの衣装より。

「嘘でしょ、咥えたことがあるの」
「ある」
この女の横で並んで黙ったままでは、胸が痞える。
痞えるから、何でも良いから話の契機を口にした。
しかしこの女には、余程興味深い話だったらしい。
距離を取って並んで座っていた女は此方へ寄り、疑わしそうに俺の顔を覗き込む。

「本当に咥えたの」
「ああ」
それは本当の事だから、視線は向けぬまま迷いなく返す。
あの頃。劉先生に出会う前、まだ高麗にいた若い頃だ。

誰が言い出したのかは思い出せない。ただ誰かが言い出した。
塩辛蜻蛉の由来は、その尻を咥えると塩辛いからだ。
その場に居た皆が感心した。そうなのかと頷いた。
そして調子者の誰かが応えた。掴まえて喰ってみようぜ。

地面に立てた軍旗の支柱の先だか、辺りの下草の葉先だったか。
止まっていた塩辛蜻蛉を捕まえてそれぞれ咥えてみた。

その時に知った。賢そうな奴ほど実は馬鹿だと。
尻は塩辛いどころか何の味もしなかった。
ただ蜻蛉を口に入れた気色の悪さだけが、いつまでも唇と舌に残った。

「で、本当に塩辛かったの?」
「そんな訳があるか」
「・・・え」
「蜻蛉が塩辛い訳がなかろう」
「なーにそれ」
白い頬が膨らんで怒ったのかと思って見れば、次に堪えきれぬように赤い唇から笑い声が弾ける。

横に並び俺の顔を覗き込んだまま、女は盛大に笑い始めた。

 

 

 

 

※このお話をヨンで頂く前に 2015summer request:夏暁 をヨンで頂くと嬉しいです。
(でないと意味がさっぱり通じないかもしれません・・・)

 

 

ソヨン(女性の名前違ったかな?)から惚れられ一方だったソンジン。けれど王様を
守ったご褒美に御医など側近になる。ソンジンはその二人を何度も見るにつけ不機嫌に。
それが自分では何故なのか分からない。でも最後には自分の気持ちに気づいて素直に
ソヨンへ伝えられる。HAPPY ENDでお願いします! (tetete22251さま)

 

 

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