2016 再開祭 | 婆娑羅・33

 

 

あなたは問われて頷きながら
「やりたい事をやるのが一番よ。カイくんが本気で勉強してるのは、もらった年表からよく判ってる。
頑張ってね!応援してるから。ただ・・・この事実をそのまま書いても、信用はされないんじゃない?」
カイに向かい不安げに眉根を寄せた。

「高麗に行って来ましたって言ったら、なれるのは歴史学者じゃなくニュースに取り上げられる有名人だろうし。
書いたものだって、歴史書じゃなくファンタジー小説扱いされそう」

カイもこの方の言葉は予想していたか、当然という顔で頷き返す。
「うん。さすがに高麗でチェ・ヨン将軍に会いましたって言っても信用されないよね。そんな風に書く気はない。
歴史を裏付けするものが色々必要になると思うんだ。証拠になるような文献とか史跡とか出土品、そういう物が。
まだまだ調べる事はたくさんあるけど、いつか高麗時代って言ったら俺、っていうくらいの歴史学者になる。
テコンドー使いの歴史学者」
「逃げるなよ」

低いこの声に、カイの目が丸くなる。
「え?」
「説得すべき者から」
「・・・ああ、チェ・ヨンさんは、記憶力も良いのか。判ったよ、まず母親をちゃんと説得する」
「そうしろ」
「名将崔瑩とウンスさんの話。崔瑩の率いた軍の歴史書。奇皇后と刺客。俺にしか書けないでしょ?
刺客についても文献とか、残ってるのかな。チェ・ヨンさん、昨日のあの手紙、俺にくれない?」
「他力本願なら止めておけ」
「何だよ、名将のくせにケチだなー」

吝嗇が聞いて呆れる。欲しいものは己の手で掴み取るのが筋だろう。
先の世で探せば良い。残すべきであれば残っているだろう。
もしも探し出せぬなら端から残すべき価値など無かったという事だ。

奴は前のめりで両腕で頬杖を突き、両掌で顎を支えて笑っている。
子供じみたその仕草に、この男は己よりも幾つも若いと実感する。

彷徨って探せば良い。己の生きたい道に確信を持てるまで。
そして立ち塞がるものを斬り捨ててでも進んで行けば良い。
理想は孫子の兵法。戦わずして敵を黙らせてやれば善の善。

跆拳道を教わった借りがある。その借りだけは返してやる。
「道天地将法」
ぼそりと吐くと卓の全員の目が此方へ当たる。

「何て言ったの?チェ・ヨンさん。呪文?」
素直なカイが真先に、下らぬ問いを投げて来た。
「孫子だ。廟計と五事七計。これからも戦うなら覚えておけ」
「だからテコンドーは実戦じゃなくてスポーツだってば!あんたが実戦に使うのは勝手だけど。
それより何?孫子って戦略書だよね?そんなの読んだ事ないよ」
「それでは俺には勝てん」

鼻先でせせら笑ってやると、奴は
「判った。絶対調べてやるから!あんたの文献全部ひっくり返して、意地でも探し出してやる」
「俺の書ではない。孫子と言ったろうが」
「あんたが標榜してるんだろ?残ってるはずだ。もしも残ってなければ新発見だね。本のネタ、どうもありがとう」
「俺を読み解くのは難しい。武経七書、四書五経、囲碁十訣、漢詩、全て兵法の手掛かりとする。
必要ならば医書でも天文書でもな」
「自分で言うとか、うわー。マジ最悪だな」

己の力を口にするのは、天界の則ではないのだろうか。
先日この方とカイは、そうして互いに張りあっていた。
しかしそれを過信すれば必ず足元を掬われる。
敵を低く読めば、待っているのは自陣の敗北。
常に冷静に、何の先入観も持たず真直ぐ読む。
それを読み誤れば戦勝など夢のまた夢になる。

こいつを鍛えれば、良い将になったろう。
俺の剛胆さとチュンソクの思慮深さ、共に兼ね備えた将に。
しかし戦場で敵の肩を折って謝るようではまだまだだ。
お前の戦場は此処ではない。それが見つかるまで彷徨えば良い。
そして見つかった時、其処で全力で戦えば良い。

「お前はもっと強くなる」
「・・・何だよ、急に」
「跆拳道の指南役が弱くては困る」
言い残し椅子を立つ俺に、周囲の奴らは驚くような目を向けた。

「大護軍」
「大護軍、どうしました」
「ヨンア?」
掛かる声を一切無視し、最後にこの方の瞳を見て小さく眸を下げる。
「表で鍛錬を」

これ以上、最後の別れの挨拶の場に俺が立ち会う事は出来ない。
心底カイを信用する事は出来なくとも、少なくとも敵ではない。
まして兵の出入りする食堂で、カイも無体には及ばぬだろう。

立ち上がった俺の心中もカイの心中も慮る事無く、この方は続いて平然と立ちあがった。
「じゃあカイくん、最後テコンドー見せてくれる?足が痛くなければ。良いかな?」
そしてもっと驚いた事に、この方の提案に落胆するか臍を曲げるかと思ったカイは、大きく笑み返して頷いた。
「うん。良いよ。俺もウンスさんに見て欲しいと思ってた」

 

*****

 

「本当に有段者なのねー。動きがすっごくきれい!」

雪の庭でここ数日繰り返し教えられた型を一頻り披露した男は、白い息の塊を吐きながら得意げに笑んだ。
「だから言ったでしょ。カッコイイんだよ、俺は」

サージュチルギ、サージュマッキからチョンジ、タングン、トサン。
ウォニョ、ユルゴク、チュングン、トェゲ、ファラン、チュンム。
クァンゲ、ポウン、ケベクまで。
型を繰り出した後で最後に此方を見ると、何故か肩を竦めて大きく息を吐いた後
「・・・仕方ない、最後だから教えてあげるよ」
独り言のよう呟くと、カイは今まで見た事のない動きを幾つか織り交ぜた型を黙々と繰り出して行く。

「ティッパルソ チュンジチュモク ノプンデ チルギ。パンデトルミョ コロチャゴヨプチャ チルギ。
アンヌンソ ソンカル サンマッキ。この3種類は新しい動きだから、よく見て」

複雑な突きを折り混ぜた技を最後まで見せると、さすがにその息は先刻よりも烈しくなっている。
口元から狼煙のように白い息を吐きながら、カイは羽織った上衣の腹の袋へ掌を突込んだ。
其処から二つに折り畳んだ紙束を引き摺り出すと、俺と並び型を眺めていたチュンソクに
「はい、チュンソクさん」
そう言ってその束を手渡す。手渡されたチュンソクはそれを開き、俺へと目を向ける。

「大護軍・・・」
呟きと共に次に俺の手へと渡った紙束には、丁寧に描かれた型の姿勢の人物画と天界の文字。
紙束を手にカイへと眸を移せば、奴は耳を赤くしたまま
「どうせチェ・ヨンさんの事だから、トレーニング続けるだろ?注意事項は書いてあるから、ウンスさんに読んでもらって。
本当なら俺が残ってずっと教えるのが一番だろうけど、それは出来ない」
己で言って照れのたか、あらぬ方を見つめたまま早口で言う。

「感謝する」
「別に良いよ。ただ忘れるなよ?テコンドーが発生するのは、今からずーっと先。高麗時代にあるわけないんだからな?」
「判った」

時の流れを変えるなという事なのだろう、その言葉を胸に納める。
「で、先刻の型。あれは何だ」
カイは俺の握る紙束を終いまで繰ると、其処に漢字で大きく書かれた文字を厭そうに指した。

崔 瑩。

己の名を見つけ首を傾げる俺に、仕方なさげに眉を顰め
「あの技はね、三段取得の必修型。チェ・ヨンっていうんだ。
絶対教えるもんかと思ったけど、最後にあんたに敬意を示すよ。
何しろご本人だしさ」
如何にも渋々という声音で、奴はぼつりと吐いた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    なんだか 
    最後の最後に
    ヨンとカイくん いい感じになりました
    意固地になって 教える気なかったけど
    チェ・ヨンの型 教えてくれたのね~
    自分で進むべき道、母親の説得などなど
    心を決めたから
    高麗に来た当初より
    大人になったね いいぞいいぞ~!

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    さらんさん
    すごい!ホントにチェヨンというテコンドーの技があるんですね!
    さらんさんの知識の幅広さには脱帽です~

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    毎日更新していただいていても、まだ待ち遠しいぐらいに、さらんさんのお話を楽しみにしています。(シンイはどうあがいても私には書けないので…)
    以前の作品も少しずつ戻って来ていて嬉しいです。
    これからも楽しみにしています。
    ところで、失礼ながらヨンの漢字は『瑩』ではありませんでしたでしょうか?ちょっと気になってしまいました。

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