2016 再開祭 | 気魂合競・卌参

 

 

トクマン君が着ていた長い上着を脱ぐと、一生懸命汚れをほろって、ハナさんの頭の上からふわりと掛けた。
「汚れています。申し訳ありません」

ハナさんは何か言おうとしたんだろう。でもトクマン君の視線はもう、広場の真ん中に釘付けだった。
返す訳にもいかずにハナさんが上着を広げると、キョンヒさまの上から掛ける。
キョンヒさまはハナさんに笑い返すと、2人はトクマン君の思いやりに守られながら、続いて広場の真ん中を見る。

チュンソク隊長も、タウンさんもコムさんも、チンドンさんも禁軍さんも何も言わない。
まわりの観客席からの盛り上がった大声と反比例して、私たちの一角だけが妙に静まり返っていた。

 

周囲の人垣からの歓声が煩わしいと思うのは、俺がまだ大護軍の域まで達していないからだ。
あの人の耳は今、ご自分の整える息以外は何も聞こえておらんし、その眸は今、ヒド殿の一挙手一投足以外何も映しておらんに違いない。

静かだ。あの人はいつもそうだ。
真剣勝負であればあるほど、妙に静かな表情になる。
そんな時つい声を荒げ、息の乱れる俺とは正反対に。

降り出した雨が、少しずつ勢いを増している事に気付いておられるのだろうか。
目を合わせ間合いを計るお二人を見詰め、俺は緊張で上がる自分の息を整える。

 

「大護軍が」
横のコムの呟きは、私に聞かせたいという訳ではない。
自分の心からの声がつい口を突いてしまったのだろう。
私も返事をするではなく、ただ小さく頷いた。雨中の広場の中央に佇む大護軍のお顔がとても静かで。

武閣氏として隊長に仕えた間、実際に大護軍の戦いぶりを拝見する機会はなかった。
耳にするのは連戦連勝の偉業、人離れした内功の風伝。
始めて拝見する静かな表情が、戦いに挑む隊長のお顔と少し似ている。
隊長も予想外の急襲に遭遇したり相手が手強い時ほど、静かな目で周囲を冷徹に見据えておられた。
何処に穴があるか。誰を動かすか。どんな陣を組むか、的確にお声を飛ばすために。

ヒド殿はいつも嵌めておられる黒手甲を脱いだ指先を、小刻みに擦り合わせる。
そして前触れもなく黒衣の裾が、降る雨を裂くように鋭く舞った。

 

「来た!」

小さく声を上げたチホに頷いて、俺達は同時に人垣の中からヒョンが高く上げた右足を目で追った。

チホの声が聞こえた時には、旦那は雨の中ヒョンの振り上げた足を額の前に上げた左手の肘で受けていた。
そのままその肘で受けたヒョンの足を押し、二人は足音も立てずにもう一度左と右に分かれて飛び退る。

「足跡が」

チホは二人の足元を見ると、不思議そうに呟く。
降り始めた雨が濡らし始めた黒い土。そこに出来るはずの二人分の足跡が。

「・・・ない」
「まだ乾いてるんだろ」

俺達は互いに、足許の黒い土を履裏で踏んでみる。
その土は久し振りの雨にぐしゃりと濡れた音をたて、俺達の履跡をくっきりと刻みつけた。

 

ヒドヒョンの調息以外の動きを見るのは初めてだ。
木の上から見れば、その動きの早さがよく分かる。

大護軍がヒョンに打ち込む技の手が、紙一重のところでかわされる。
蹴りも、突きも、そしてその襟をつかもうと伸ばす腕も。
二人を囲んでる見物人からは、何が起きてるか分からないだろう。
俺の目にもあまりに早すぎて、まるで武術の模範の型を見てるような気持になるくらいだ。

大護軍が腕を取ろうと、もう一度ヒョンに手を伸ばす。
ヒョンはそれを避けるために肩を開いて肘を引き、一歩踏み込んで大護軍の襟元を逆手で突こうとする。
先を見越してた大護軍は、ヒョンの踏み込みを待たずに膝を折って身を屈め、ヒョンの手は大護軍が立ってた場所を空振りした。

・・・おかしい。
雨を避ける木の葉の合間で目をこらして、もう一度広場の真ん中の二人を目で追いかける。

ヒョンの動きは変わらない。最初から早いし、今も早さを保ってる。
でも最初は紙一重のところでヒョンに届かなかった大護軍の足先、指先が、だんだんヒョンに近くなって来てる。

大護軍の早さが上がってるんだ。
俺は雨の重さで落ちてきた木の葉を払うと、もっとよく見るためにその合間から身を乗り出した。

 

全く当たらん。

幾度目かの空を掴んだ己の手を握り直し、雨の向こうに立つヒドを確かめる。

涼しい双眸が此方を見ている。息が切れた様子もない。
動きの速さは知っていた。その軽功を開くまでもなく。

声無き兄の口許がにやりと上がると、来い、と動く。
そして黒鉄手甲を嵌めぬ手を顔前まで上げ、その中指が俺を招くようにちょいちょいと曲がった。

ふざけるなよ。

俺は呼吸を整えると、半歩足を引いて身構える。

 

こんなに速かっただろうか。あの頃幾度となく手合わせしていた鍛錬で。

身丈と手足の長さを活かす中距離からの攻めは得意だったが、接近戦となれば寧ろ手足の長さが邪魔をした。
その弱点を克服するために、師父が繰り返し教えた先の先の手。
相手の攻撃を待つのではなく己で間合いを作り、相手の先の先の手を読んで先に崩せと。

奴の蹴りの間合いが詰まり、この襟を取ろうとする指先が迫る。
距離が近くなっている。
奴の武技の破壊力はよく知っている。本気で放てば一撃で棍を粉々にする蹴り、あれを喰らえば勝敗は決まる。
当たり処が悪ければ俺の骨も粉々になろう。

そうなれば雨の中、俺達を見守るあの女人がどうにかするか。
それならば安心だと体の力みを抜き、もう一度半身で構える。

雨に打たれても群衆は誰一人として動く気配すらない。
久々の慈雨に打たれて落ちた蓬髪を振るい垂れる雨雫を飛ばすと、俺は正面のヨンへ突きを繰り出した。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    二人の技を頭の中で
    想像しながら読んでますが…
    技の速さに追いつけない(^-^;
    この際、二人優勝は駄目ですよね(苦笑)

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    ヨンとヒドの試合…
    完全にのめり込んで、状況を妄想しながら読んでいます。
    言葉もなく、見届けることしかできない
    ウンス…
    心臓破裂しそうでしょうね。
    傍で見ていたら、この二人の漢の闘い
    素敵だろうな~
    いけない、見惚れちゃダメですね。
    応援しなくちゃ!

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    互いに五分五分の勝負…少しでも雑念が入って挑めば勝負着きそうね( ̄ー ̄)ヨンアは素直にヒドさんとの力比べに挑み多分ウンス絡みの雑念はないかな(^_^;)ヒドさん女人絡みの雑念が…決着が恐い(((((((・・;)二人最強でよかですもう…(^_^;)

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