2016再開祭 | 茉莉花・卅参

 

 

確信があるわけではない。
かと言って眉を顰め欝々と杞憂に走っても、何の得にもならない。
正面突破。当たって駄目なら戦法を変えるのみ。
目の前の敵をあるがままに見、その肚裡を読み、半手前に動く。

戦も政も変わらないと、チェ・ヨンは儀賓に向かい合い姿勢を正す。
そして儀賓は改まったヨンの決意をどう受け取ったのか、その目に柔和な笑みを浮かべた。
「医仙が弟の家人に、典医寺の御薬を使って下さったそうだな」
「は」
「この後も診察すると言って下さったとか」
「は」
「もうそれで充分だ、大護軍。助けて下さり感謝する」

本心か、偽りか。少なくとも表面上は穏やかに儀賓大監が頷く。

「親子が後ろ指を指されるのは私にも止められぬ。あのような親子と縁続きでは。
何れ公主もそしてこの娘も、そして結局は王様までが嘲られてしまうかもしれぬ。
宮中とはそういう処だ。我が家のせいでこれ以上御迷惑をお掛けする訳にはいかぬ。絶対にな」
「大監」
「ここで私が縁を切ろうと思う」
「儀賓大監」
「お父様」

此処まで来てもまだ甘く考えていた。
縁を切られるのは判院事の方だと、チェ・ヨンは思っていた。
チュンソク、そして敬姫も恐らく同じ事を考えた筈だ。
しかし儀賓はその三人に首を振ると、静かに息をついて言った。

「私は実家に戻り弟と共に蟄居する。再び王様の御許しを頂けるまで、何年でも待つ」

意外過ぎる儀賓の結論にヨンが眸を瞠り、チュンソクと敬姫が息を呑む。

「その間、申し訳ないが大護軍、そして迂達赤隊長」
儀賓大監は静かな笑みを浮かべたまま、二人の武者に平等に向き合い頭を下げた。

「大監」
「お止め下さい、儀賓大監!」
「図々しい頼みと百も承知だ。しかし私が去れば男手がなくなる。公主はあの通りの方だ。
敬姫にも負担が大きかろう。故に折に触れ、目を掛けて頂ければと思う」
「お父様!」
「敬姫」

父親とはこういうものかと、目の前の光景にチェ・ヨンは思う。
娘を持つ父とはこういうものなのかもしれない。
儀賓は敬姫をじっと見つめ、続いてチュンソクへ視線を移した。

「迂達赤隊長のおっしゃる事を、よく聞くように。信頼できる方だ」
「お父様」
「お前も世間知らずだ。この父がそう育ててしまった。だがあの哀れな娘とは違う。
お前には迂達赤隊長がいるのだから。隊長の声を聞いていれば間違いはない。必ずそうするように。良いな」
「儀賓大監」
「隊長。至らぬ娘だが此度の事には、正真正銘何の関わりもない。何卒よしなに頼む。この件で責めないでやってくれぬか」

そこで初めてチュンソクがチェ・ヨンを振り返る。
聞かなくても判る。
揺れているのだ。思いもしなかった儀賓の決断の前に。
チェ・ヨンは無言で唇を噛む。
この取引の場、人質が判院事でも敬姫でもなく儀賓自身だったとは。

読めぬ自分もまだまだだ。 何しろ父になった事は未だない。
娘を想う父の気持ちがどれ程深いかが読み切れなかった。
歪な判院事の愛情も、目前の儀賓大監の愛情も。

そしてその先にあるのは、チェ・ヨン自身の唯一人の女人。
娘の為に全て擲つ御父上の姿を見るようで、声がない。
「・・・大監」

だから銀主公主がいないのだ、この密談の席に。
今になってチェ・ヨンはようやく思い当たる。
自分が同じ立場なら、同じ道を取ったであろう。
少なくとも己のせいで大切な方が泣く姿を見たくないと思う。
そして娘には、最後に正しい答を与えてやりたいと願う筈だ。

まだまだ甘い。甘過ぎる。そしてこの一手が正しいのかは判らない。
だが少なくとも得たかった許しを得た。チュンソクと敬姫は安泰だ。
あの娘に言いたい事は言った。
あれでウンスの気がどの程度晴れたかは、定かではない。
けれどヨンの知るウンスならきっとこう言うだろう。

あなたが幸せで、納得できたんならそれでいいの。玉子親子に言いたい事は言ったし、火傷の治療も出来たしね?

笑い声が耳許で聞こえるようで、チェ・ヨンの顔にも笑みが浮かぶ。
後でウンスがこの顛末を耳にしたなら。
甘い自分を叱るだろうか。それとも己の決断を褒めてくれるだろうか。
その時にならなければ判らない。そして自分に出来るのは正面突破。
ウンスを微笑ませ、チュンソクを苦しめず、ウンスが気に掛ける敬姫を悲しませずに済む方便。

「・・・頂戴したき物が」

唐突なヨンの願い出にチュンソクと敬姫、そして儀賓がそれぞれの視線をヨンへと向けた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    さすがですね
    玉子男とは全然違う
    でも… どんなおバカでも
    弟だから。(泣)
    ま、ウンスのことだから
    ヨンがすることなら 納得してくれるでしょう
    はてさて 何を頂戴するのかな?

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