夏の熟した夕陽の中で、景色は一面朱赤に染まる。
運河の川音を掻き消す降るような蝉時雨、熱の中にそよぐ青柳。
その畔を歩きながら、横のあなたが額の汗を指先で拭う。
「イムジャ」
呼び声に上げた、いつもは白い頬が熱と陽射しで橙に光る。
「もうちょっとだけ」
ねだるような瞳で小首を傾げられても、今日の夕はひと際暑い。
この中で目的地もなく理由もなく、ただ歩く気が知れん。
かと言って一人で出歩かれるのも、陽が落ちれば危ない事に変わりはない。
「何故、この暑い中で散歩を」
「うーん。有酸素運動?」
「ゆうさんそ」
馬には乗らぬ、皇宮へは徒歩で通いたい。突然言われた時にはまだ判った。
この盛夏にチュホンを休ませるのも悪くはないと、納得出来た。
しかし役目を終えて帰宅し、まだ歩きたいと言われれば話が別だ。
夏を楽しみたいのかと考えもした。
しかし歩くこの方は、夏の夕刻を楽しむ風情でもない。
並んで歩けば暫く行って立ち止まり、腰に手を当て左右に捻っている有様だ。
「痛みますか」
確かめればこの方は首を振り、そしていきなり往来で俺の腰へ腕を回す。
明け透けな抱擁に一歩退き、細い腕の届かぬ距離へ下る。
咎める俺の視線を物ともせず、剣呑な瞳がこの腹を睨み返す。
何故抱きつかれた挙句、睨まれねばならんのだ。
「スタイル良すぎる旦那さんも困るわ・・・」
紅い陽の中意味の判らぬ呟きを落とし、あなたは再び歩き出す。
いつまで歩く気だ。俺にはせねばならぬ事がある。
この方が共に居ては、絶対に出来ぬ事だ。
あの布切れ。あれが何処かにある限り、安息の日は訪れん。
だが夕刻に表に出るこの方を放って屋探しに精を出しても、気が散って探しあぐねるのは判っている。
決戦は今宵、この方の風呂の刻。
汗をかき、精々長閑に風呂を使って欲しい。
そんな下心を抱きながら、歩き出した小さな影の横に添う。
「ヨンア、お休み取れそう?」
問い掛けに頷いて
「イムジャは」
尋ねればあなたは殊更機嫌良く、弾むような声で返す。
「私も、媽媽のご体調が良いし。ただ少しだけ時間が欲しいの」
「・・・そうなのですか」
行きたいと言い出したからには、すぐにでも出るかと思い込んでいた。
楽しい催事には我慢の利かぬ方だ。
思わぬ提案に眸を眇めた俺に、この方は阿るように確かめる。
「長くないわ。10日でいい。10日後、お休み取ってくれる?」
望む処だ。十日あれば充分見つけ出す事が出来る。
却って都合が良いと頷く俺に嬉し気に微笑んで
「3日で1㎝なら、楽勝よ」
この方はそんな不思議な事を言った。
そして再び揺れる柳の下を歩き出す。
まだ先の見えぬ散歩は続くらしいと息を吐き、その横に付く。
それでも猶予がある。残りは九日。
頭の隅で計じつつ、宅の間取りを思い浮かべる。
この方が大切な物を隠す場所。居間は無かろう。仏間も同じく。
とすれば寝屋しかない。
箪笥、抽斗、まさか枕の下はあるまい。
思わず知らず難しい顔をしたか、横からあなたはこの顔を見上げ
「ヨンア、大丈夫?気分が悪くなっちゃったら、すぐ言ってね?熱中症は怖いんだから」
と、本気で不安そうな声をかけた。
気分が悪いのは全てあの布一枚の所為と正直に言えば、諦めて下さるだろうか。
そんな微かな期待を抱いてみる。
しかしそれは探し出せなかった時の次善の策だ。
正面突破だけが最上ではない。戦わずして勝つ事こそが最上。
夏の夕陽に伸びる影。頭上から降る蝉時雨。
この悩みさえなければあなたの不安を打ち消すように、微笑み返す気にもなれようが。
*****
静かにお箸をテーブルに置くと、不思議そうな顔であなたが私のお皿を、次にもう一度確かめるみたいに私の顔を比べ見た。
「イムジャ」
「ん?」
「終いですか」
確かにテーブルの上には、パンチャンもチゲも残ってる。
タウンさんにはあらかじめ伝えておいたけど、多分普段の行いが悪いのね。
いつもより少なめにしてほしいの。
そうお願いしておいても、かなりの量の晩ご飯だった。
お加減が悪いのですかって聞かれたから、ううん、元気よって確かに言ったけど。
だけど極端に量を減らせば、鋭いこの人にはすぐにバレちゃう。
夕方にもウォーキングを始めた時だって、何故ですかってやけに聞いてたもの。
別に構わないわ。
ダイエットするの、だってあなたと並んだ時に劣等感を感じたくないもの。
そう素直に言っちゃえば、気分的には楽になる。
だけどバックステージを見せたくないのが女心じゃない?
生まれた時からキレイなんですーって顔でいたい。
敢えてわざわざ、裏の努力まで見せたくないもの。
そう考えると結婚って不便なシステムよね。
考えた事もなかったけど、うちの病院で大掛かりな手術を受けた患者って、オペ後に家でどう話してたのかしら。
既婚者がいなかった?まさかね。
確かに小さい子供がいる患者には注意した。急に飛びつかれると危ないので気を付けて下さいって。
特にインプラントや、ドレーンが必要な吸引オペや、ギプス固定が必要な骨格手術の時には必ず。
だけどパートナーに対しての説明までは、考えたことなかったわ。
既婚者って、みんなどうやってダイエットするの?
スキンケアだってそう。パックしてる時の顔なんて、自分でも笑いたくなるのに。
難しい顔で考え込んだ私を気に掛けてくれてるんだろう、あなたは黒い瞳を細めて、私の顔をじぃっと見てる。
「気分でも」
「ううん、全然。絶好調よ」
「確り喰って下さい」
「うーん、そうよね・・・そうよねぇ」
そうよね。この人ならそう言うわよ。
あの頃既婚者の患者や女友達に確かめなかった自分を、今さら後悔しても遅いけど。
心配性の旦那さんを持った女性って、ダイエットの時どうするの?

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ウンスのすべてを受け入れる!
そんな旦那様には
切ない女ゴコロはわからないかな?
心配されまくりね~
しあわせだけどね ( ´艸`)
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え?…っと
正直に言う(#^.^#) 御飯食べたかって
煩いのよ
聴いたら聴いたで リアクション…微妙…
どうせ…ひとり善がりですよ