2016 再開祭 | 桃李成蹊・32

 

 

「ヤバい。腕が軽い」

何度も肩を上下したり確かめるみたいに触ったり、腕を伸ばす俺に呆れたように、前のシートのチーフマネが笑う。
「そりゃそうだろ、6週間つけてたあの重いもんが取れれば」
「でも思ったより細くなってなかったな。良かった」
「もともと利き腕だったからか?」
「ヨンさんの地獄のトレーニングが効いたかも。あとウンスさんの天使のリハビリと」

その声が心底癇に障ったように、隣に座るヨンさんの太い眉毛がピクリと上がる。
「・・・本当の地獄を見るか」
「え?」
「見せるぞ」
「何で?軽いジョークでしょ?」
「同じ顔で吐くな」
「すごいヤキモチ焼きなんだね、ヨンさん」
「今更か」

俺たちのやり取りに困ったみたいに、ウンスさんが暗いリアシートでこっそりヨンさんの指先を握る。
可愛いな。なんだか本当に付き合いたてのカップルみたいだ。

その指先しか信用できない、そんな勢いでヨンさんがウンスさんを手のひらごとぎゅっと包み込む。
好きな人を信用する事。
言葉じゃなくアピールじゃなくそうやって無言で、2人にだけ分かる態度で示す事。

羨ましい。外華内貧の俺の国では、外を飾ることが一番だから。
派手なアクション、人目につくようなアピール。
だから記念日もイベントもどんどん派手になる。

ホテルはスイート、プールパーティ、レストランの貸切にチャーターヘリのフライト。
プレゼントや花束、誰より目立つぬいぐるみを抱え、ペアルックやペアジュエリーで周囲を威嚇する。
自分はこの人に属している。この人は自分のものだって。

仲間文化と自己顕示。2人でだけ分かってたって仕方ないし意味がない。
より有名な奴、より金持ちな奴、より権力を持つ奴。
そこにすり寄るのは恥じゃない。うまく取り入れればそれでいい。

そして一度手に入れればどうにかして周りにひけらかす。
少なくともそれを利用できる間は、どんな手を使っても。

利用される側は相手をもてあそび、利用する側は鼻を利かせる。
怖いのは利用対象の勢力図が目にも止まらぬ速さで入れ替わる事。よっぽどの財閥でもない限り。

自分が羨ましがられる価値がなくなるイコール存在自体の死。
そんな社会を俺は生きてる。選んで役者になったはずなのに。

なのに自分より目立つ奴は怖くて、だけど利用されるのも嫌で。

「ミンホ」
「・・・え?」

心の中を読まれたみたいなタイミングでヨンさんに呼ばれて顔を上げる。
そこにこっちを向くことはない、自分そっくりの横顔が見える。

このあたりの街灯はこんなに白っぽい色だったか?
最近ろくに外も見ず暗い窓際に隠れてたからか、よく憶えてない。
こんな時でもウンスさんの手を握りしめたまんま。
ヨンさんはフロントガラス越し、前へ伸びるガラガラの道路を見つめて短く言った。

「止めろ」

その横顔を染める奉恩寺三叉路の信号の緑のせいか、顔色がやけに白く見える。
「気分悪い?もうすぐホテルだか」
「止めろ!」
鋭く言うヨンさんの声。
慌てたみたいにチーフマネが人っ子一人渡らない横断歩道の手前で車を路肩に急停止する。

「行く」
ドア側に寄って座ってるウンスさん越しに、長い腕を伸ばしたヨンさんがドアを開く。

開けた途端に吹き付けた生温い強い風、重たいはずのドアが嫌な音でガードレールにぶつかった。

「イムジャ、降りて下さい」
「ヨンア?」
「早く!」

そのままじゃウンスさんを乗り越えて自分が先に飛び降りそうだ。
ヨンさんがこんな風にウンスさんに声を荒げるのを初めて聞いた。

ウンスさんがその声に、開かれたドアから歩道へ降りる。
続いてヨンさんが降りるとその手を握り、開いたままのドアから車内の俺たちに声をかける。

「ほてるは無駄になりそうだ」
「ヨンさん?!」
「済まん」
それだけ言うと風の中、誰もいない夜の歩道をヨンさんが駆け出す。
ウンスさんの手を強く引っ張ったままで。

「待って、どうしたんですか?!」
「あ、ミノ!!」

開いたまま風とガードレールに押さえつけられてるそのドアから、俺が続いて飛び降りる。
運転席からチーフマネが振り返って伸ばす手をすり抜けて、俺は2人を見失わないようにダッシュで駆け込む。

夜まで開けてはいるものの、この台風のせいで誰もいない奉恩寺のCOEX前の門から。

 

 

 

 

4 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    ハラハラドキドキ・・・(;´Д`)
    とうとう帰る日が来たんですね!
    ヨンもウンスもよく耐えました。
    ただただミンホな気がかりです(*´・ω・`)b

  • SECRET: 0
    PASS:
    こんなタイミングで
    天穴は開くんだね~
    さすが 何度も 潜ったことあるから
    感覚でわかるのね 空の色、風の吹き方で…
    やっぱり 
    別れは突然に…
    ミンホは それでも 
    後を追うのね 彼らがどこへ
    帰るのか 見届けるのね

  • SECRET: 0
    PASS:
    開いた事にヨンは気が付いたんですね。
    まだ微妙な変化だったのかな。ウンスは気が付いて無かったから。
    花火大会を一緒に見られなかったのは残念かもしれませんが、
    この機会を逃すと大変な事になりますもんね。
    イミンホは目の前で消えていく二人を見送るのかな。
    これで高麗からのタイムスリップを信じてくれるかも。
    続き楽しみにしています♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん❤
    ごめんなさいm(__)m
    私事で忙しくコメント久しぶりですが、お話は毎朝、毎晩楽しく読ませていただいてます(^^)
    とうとう天門が開くんですね?
    二人が天門に入るのをミンホが見るの?
    今日のお話が待ち遠しです❤

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です