2016再開祭 | 鹿茸・拾壱

 

 

「・・・と、トギ」
振り向いた目に飛び込んで来たのは顔を隠してるトギの姿。
「トギ」

呼んでも声は返って来ない。
いつもならうるさいくらいにしゃべる両手で、顔を隠してるから。
「何だよ、どうした。どどどどっか、痛いのか」

俺のあわてた声に、顔を隠したままでトギが頷いた。
「どこだ、どうした、どっか打ったのか。いつ」
両手をどかして顔を見ようとするのに、トギは本気でいやがって全身に力を入れて、思い切り俺の手を振り払う。
そんなにいやなのかと思えば、もう一度掴む気持ちにはなれない。
「どうした、言えって!医仙は出かけたから、だ誰か別の医官に」

その時トギが両手で隠してた顔を上げる。離れた手の下から、涙でびっしょり濡れた目が俺を見た。

私も悪いし、あんたも悪い。

ようやく涙にぬれた指が話し出す。

何でも尋ねる私も悪いし、何も聞かないあんたも悪い。

「だって、俺は」
あんたにとって大護軍は誰より何より大切な人だって分かってる。
だけど心配してる私のことも、分かってくれてもいいじゃないか。

そんな風に涙をぼたぼた落として怒鳴ることないだろ。
なんて言っていいのか分からない。まさかこいつが泣くなんて。

「トギ。俺にとって大護軍は天だ。この世で一番大切な兄さんで、父さんみたいな人だ。
何も聞かないし、疑ったりしない。絶対に。今までも、これからも」

私より、大切か。

信じられない気持ちで、そのトギの声を見る。

私より大切なのか。

俺をよく知ってるはずなのに、トギはもう一度繰り返す。
「・・・っ、どっちが大切かなんてことじゃないだろっ!!」
だからいやだったんだ。こいつには怒鳴りたくないのに。
「俺にとって一番大切なのは大護軍だ。いつも変わらない。真夏に雪が降っても、太陽が西から上がっても変わらない」

じゃあ、私は。
「・・・え」
私はあんたにとって、何なんだ。
「お、れにとって・・・」

俺にとってのトギ。 俺にとってのこいつは。
「俺にとっての、お前は・・・」

隊長に開京に連れて来てもらった時、うんと小さい時から知ってる
「大切な、友達で」
大護軍の大好きな、大切な医仙の、チャン御医やキム侍医と同じ
「典医寺の、仲間で」

それだけなのか。

何でそんな悲しそうな顔するんだ。また泣きそうな目をするんだ。
「俺にとっての、お前は・・・」

横を見ればいつだってそこにいて、俺の声を聞いててくれる。
そしてその声はいつも届いてる。不思議なくらいまっすぐに。
医仙とはちがう。姉さんみたいな、母さんみたいな医仙とは。
姉さんでも母さんでもないんなら
「・・・いもう、と」

そうだ。姉さんでも母さんでもないなら
「妹・・・みたいな」
大好きで大切で、心配で、誰かにいじめられたんなら走って行ってそいつをぶん殴ってやる。
俺がいれば大丈夫だぞ、誰かに泣かされたなら俺に言え。
守ってやるから心配するな。絶対に俺が守ってやるから。

妹。

トギのその声に大きく何回もうなずく。
「そうだ。それくらい大好きで、大切で心配だ。兄さんと妹どっちが大切かなんて、誰にも比べられないだろっ!」
やけになって叫ぶと、トギは泣き出す代わりにふうと息を吐いた。

知ってるか。
そして自分の胸を指さした。

私は。
次に俺の鼻をその指でさして。

あんたより。
そしてその手がふざけるみたいにひらひら動く。

年上のはずだけど。
「・・・え」

あんたが大護軍と一緒に開京に来た時、十四か十五って言ってたね。
「そうだ、けど」
私が十五の年だったから、あんたの方が弟かもしれない。
「そそ、そんなこと関係ないだろ!同じ年かも」
でも妹じゃないよ、絶対に。年長者は敬わないといけないね。

トギはそう言った後で腰に手をあてて、得意げに笑って俺を見た。
「そういうことじゃないんだよ!」

姉さんみたいな、母さんみたいな人はもういる。
兄さんがこの世の誰より大切にする姉さんはもういるから、これ以上はいらない。
これ以上増えたら困る。
えらそうに笑うトギの顔から目をそらして思い切り頭をかく。
何なんだよ、どうしてこうなるんだよ。

でもさっきまで泣いてたトギが笑っただけで、今日はもういい。
えらそうにされても、今日だけはがまんする。
角も取れたし、鹿も元気に群れに戻ったし、最後はこんな風に寝台に寝かされても今日だけは。

「もし同じ年でも、俺の方が兄さんっぽいよな」
トギは呆れたみたいに俺を見ると、はっきり大きなため息をついた。

そういうところが、本当に、子供みたい。

そう言って寝台の上の掛布をはぎ取ると、トギはそれを俺の頭の上から落とす。
ようやく顔が隠れてほっとする。かっこ悪いよな。年も知らなかったなんて。

こんなもんなんだろうか。
誰より知ってるはずのトギのことを、話すたびに新しく知るなんて。

そして開いたまんまの扉から、帰ってきた二人が入れずに困ってる。
饅頭を買って来たんだろう、扉の向こうから風に乗って匂いもする。
こんな話を大護軍に聞かれたって思うだけで、大声で叫びたくなる。
十年も一緒にいたのに、トギの年も知らなかったなんて知られたら。

早く医仙に見てもらいたい。帰っていいよって言ってもらいたい。
大護軍と一緒に兵舎に帰って、みんなと一緒に鍛錬したい。泥だらけでくたくたになるまで。
みんなと飯を喰って何も考えず寝たい。今日はもうそれだけでいい。
これ以上新しく何かを知るなんて、今日の俺には出来ない。
早く帰してほしいなら、こんな話をしてる場合じゃない。

俺は医仙にお願いしようと、大護軍の言いつけを破って静かに寝台を抜け出した。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
    い、いも、妹だと~!
    姉さんは医仙だから…
    トギは 妹か…
    とにかく 家族だ 特別な存在には変わりないのよね。
    トギが笑ってくれるなら テマンは嬉しいよね。
    でもさ 妹みたいだなんて 言われたら
    そりゃ 立ち直れないかもかも
    ( p_q)

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    テマーン!
    純粋過ぎるよー!
    トギは、妹…で、止まりなの?
    次は、次はないの?
    トギには、「妹…」っていわれるより、もっとテマンに言って欲しかった言葉があったと思うよ。
    もちろん、テマンより年上らしいトギに「妹…」って言うことも笑っちゃったし、トギも笑顔になってくれたけれど、トギの欲しい言葉は、きっと違うよ。
    …いつか…、言ってあげてね。
    お預け…で、テマンからその言葉をトギにかけてあげる日を待っていますね。

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    テマナ!トギの気持ち…
    ヨンに似て…いや、それ以上に女の子の気持ちはわからないか…?トギが気持ち切り替えちゃった?もどかしいわぁ。

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