2016再開祭 | 竹秋・拾肆

 

 

広場へ戻れば焚火は赤々と燃え、火に掛けていた鍋からは肉の匂いの湯気が上がっている。
「中身は」

湯気の立つ鍋を指し尋ねると、この方は袷から手拭を取り出し鉄蓋の把手を包んで開けた。
ヒド以外の全員が鍋の中を覗き込む。
その中にはたっぷり張られた湯と、大きな肉の塊が沈んでいる。

「ユクスよ。天界のレシピ、って言うのは嘘」
あなたは判らぬ事を呟きながら、トギと目を見交わして笑っている。
「だけどこの時代にはお肉をあまり食べないから。たんぱく質補給に良いのよ。出来れば食べて欲しいんだけど。みんな大丈夫?」

確かに仏教では肉食を禁じている。
しかし代々元の皇帝の姫を娶った王家では、その宗主国の食に倣い肉食もされる。
今の王様も含めて元の宮廷で禿魯花として幼少の日々を過ごして来た方々は、その食や風習に玉体が慣れておられる。

そして兵は喰わねば体が持たん。
戦が長くなれば、連れて行った馬も時に戦に巻き込まれ、時に体力が尽きて死ぬ。
そんな長戦で喰う物に禁忌など言っている場合ではない。
兵糧が不足すれば馬だろうと魚だろうと、木の根だろうと齧って生きるのが先決になる。

そんな戦場を幾度も潜った俺達が、喰い物に注文など付ける訳が無い。
銘々が頷くとあなたは安堵したように、次に笊を掲げて見せた。
「これはねえ、タケノコと一緒にミョッククにしようと思って」

細い指が被せていた布巾を払うと、磯の香が一層濃くなった。
「あ」
チホとシウルが嬉し気にヒドを確かめてから、この方に向き直った。
「天女、覚えててくれたんだな。こないだマンボ姐が言った事」
「もちろん!ヒドさんの好物だもの」

あなたは言いながら、若布の入った笊を揺らして見せた。
「天界では誕生日に食べたりするんですよ。今日はタケノコと一緒にスー・・・お汁にします。楽しみにしてて下さいね!」
ヒドはうんともすんとも言わず笊の中を見ると深い溜息を吐き、そのまま竹藪の中へ消えて行った。
消えたヒドを視線で追ってから、不安げに俺を見上げる瞳に頷く。

きっと奴にも伝わっている。だから無言で消えた。
瞳に頷き返すとこの方は気を取り直したように、再び筍の皮を剥き始めた。
その手捌きを横目で確かめ、筍の山から大きいものを五つ六つ選び出し、竹に詰め運んだ水で土を洗い流す。
洗った筍を適当に焚火に投げ込み始めると、気付いたあなたが
「よ、ヨンア、何してるの?!」
仰天したように小さく叫び、焚火に投げ込んだ筍を指す。

「蒸焼に」
「・・・丸焼きの間違いじゃなくて?それで蒸し焼きになるの?」
「はい」

あの時の事はよく憶えている。焼き上げた筍の皮の剥き方も。
自信に満ちて頷く俺に
「まあアウトドア料理は男性の方が向いてるっていうし。こういうワイルドさが大切ってことなのよね、きっと・・・」

あなたは己に言い聞かせるように何やらぼそぼそと口の中で呟くと、筍の皮剥きに戻った。

 

*****

 

「ヒド」
白枯れて積もる竹葉を踏みながら、竹藪の中に声を掛ける。
奴は其処から少し離れた奥、まだ手付かずで林立した竹の合間に座り此方を振り返った。
「飯だ」

調理を始めた頃は未だ東にあった春の陽は、もう中天近くまで上がっている。
真上近くからの陽射しに透けた竹葉は、藪の空気の隅々までを溢れるような淡緑に染め上げる。

奴の顔色が悪く見えるのは、その緑の光の所為か。
此方に気付いていて立ち上がる事も追い払う事もせず、奴は無言で静かに俺の眸を見た。

戻らぬ返答を待ちながらゆっくりと奴へ寄って行く。近寄ると奴は目を逸らし小さな声で言った。
「お前らで喰え」
「一緒に喰おう」

そんな短い声を掛け合っただけで、ヒドの横まで辿り着いてしまう。
座り込んだ奴の横、逸れたその視線の先を見る。
「俺は」
「判ってるだろ」

判ってる筈だ。あの方の若布の意味も、謝って下さいと言った声も。
家族の間に垣根など巡らせようものなら、遠慮なく飛び越えて来る。
もういい加減に降参した方が良い。俺達はどうせ勝てやしないんだ。

「厭だ」
「ヒド」
「厭なんだよ、ヨンア」
「いい加減怒るぞ」
聞きたくない。何度前に進もうと誘ってもその度後退るようなお前の声なんか。
見たくない。何度光の許に引き摺り出しても、井戸底に戻ろうとする姿なんか。

「俺も厭だった」
もう一度大切な者を持つのも。護りたい気持ちを思い出すのも。
どうせ何を言っても信じてもらえず裏切られるなら、背を向けられるなら。
最後に置いて行かれるくらいなら、そんな奴などいらないと思っていた。
ずっと眠っていたかった。静かに死にたかった。無彩色の世で独りで最期を待ちたかった。
武人として死ねる適当な名分さえあれば良かった。
「だけど仕方ないだろ」

苦笑交じりの俺の声に、奴の視線が戻って来る。
仕方ない。三途の川を渡った俺を無理に連れ戻した方だ。
その声と温かい涙のひと雫で、凍った俺を溶かした方だ。
この世に彩を取り戻し護る事の意味を思い出させた方を相手に、端から勝ち目は無かった。

「惚れたらヒド、お前でもぶん殴る」

家族への気安さで出た素直な声に呆れすら通り越したのだろう。
奴は無表情に俺を凝視し、息すら忘れた木像のように固まった。

ヨンア、ヒドさん、ご飯ですよー。来ないなら探しに行きますよー!

あの方のそんな暢気な大声が竹藪の向こうから響いて来るまで。
その明るい声が藪に響き、ようやく一度瞬くと溜めていた息を全て吐き
「この言葉は反吐が出るほど嫌いだが」
先を促す俺の眸に焦点を合わせ、ヒドは立ち上がって首を振った。

「ヨンア、お前に誓う。それだけは死んでも有り得ん」

 

 

 

 

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