2016再開祭 | 茉莉花・卅弐

 

 

「大護軍、お帰りなさい。丁度良かった」
ウンスを典医寺へ送り届けた足で、テマンと共に兵舎へ戻る。
吹抜けへ踏み込んだところで、チュンソクがヨンの許へと飛んで来ると頭を下げた。
「儀賓大監か」
「は?」

喰うだけだったはずの卵は割ってしまったが、手を拱き攻めあぐねるよりはましだった。
卵の動きは予想よりも速い。先刻の一件が余程怖いのだろう。
チェ・ヨンは自分の読みが当たった事を半ば確信しつつ確かめる。
「儀賓大監からの御呼び出しか」
「御存じだったのですか、大護軍」

また大路に逆戻りだ。
チェ・ヨンは鎧の背紐の緩みを確かめるよう、背に手を回すと一旦解いて、改めて固く引き締め直す。
「行くぞ」
「・・・何があったのですか」

とてもではないが、一口で言える話ではない。
しかし経緯を知らぬままチュンソクを儀賓の前に出すのが得策か。
待たせる訳にはいかぬ相手だ。
訪いの道々で説明するしかないとひとまずチェ・ヨンは歩き出す。

考えるのはこの男の役目の筈だ。自分は巻き込まれたに過ぎない。
なのにこうも面倒な事が次から次へと降って涌いて来る。
騒動が片付けば、三日四日はウンスを抱き締め寝太郎のように過ごしても、天罰は当たらないのではなかろうか。
そんな夢のようなことを考えながら。

 

*****

 

「チュンソク!」

今日は黙って一人きり、心を痛めながらチュンソクを待つ事はせぬと決めたのだろう。
儀賓大監の呼び出しに応じて屋敷を訪れ、先日と同じ部屋に通された二人の前。
既に待ち構えていた敬姫はその名を呼んで椅子を立ち、チュンソクに走り寄りそうになり慌てて足を止め頭を下げた。
「大護軍も、ようこそ」
その横のチェ・ヨンの名を、取って付けたように加えて。

「大護軍、迂達赤隊長、わざわざ済まぬ」
儀賓と敬姫の着席を確かめてから椅子へと腰を下ろした途端、儀賓はチェ・ヨンを呼んで眉を顰めた。
「大護軍」
「は」
「弟が泣きついて来た」
「・・・は」

ヨンは儀賓の声に言葉少なに頷く。判院事の考えそうな事と予想はついていた。
仔馬一頭ですら持て余し、兄の助力でヨンに押し付けた男。
悪い男ではないのだろう。
家門の力と儀賓の後押しがある限り、王の後援として残したいとは思うものの。

「馬の一件も聞いた。今日まで世話を掛け、申し訳なかった」
「いえ」
「家人の火傷の件も」
「は」

儀賓はどう出るのだろうか。まだ読めない。
権力に物を言わせ黙らせようとするか、情に訴え取り下げさせるか。
最悪の場合、敬姫を人質にでも取ろうとするか。

政には口出しを許されぬ御身分の方だ。
王と己の間で交わす報告の詳細にまで意見は挟めない筈とヨンは踏んだ。
だからこそ厄介だ。
チュンソクと敬姫の仲について言及を始めれば次は自分が門外漢となる。
公主と儀賓一家の内情に口は挟めない。
チュンソクと敬姫の先行き、付き合いも婚儀も許さぬとでも言われてしまえば、此方に打つ手はあるのか。

チェ・ヨンの肚裡など知らぬのか、それとも知らぬ素振りなのか。
儀賓は感情の読めない声で、ただ淡々と話を続ける。
「王様への御報告は、必要だろう」
「・・・は」
「そうであろうな。傍から見れば家人に大怪我を負わせて放置し、犬猫のよう虐げている人非人。
あの親にしてあの娘ありだ」
「大監」

その通りだとチェ・ヨンは思う。
もしウンスが見つけなければ、誰の口にも上らなかったに違いない。
何しろ怪我を負わせた張本人に、良心の呵責すらなかったのだから。

但し儀賓大監の本心はまだ判らない。
故に読み切れずに焦れながら、チェ・ヨンも最後の答を伝えない。
何しろ此方にもチュンソクという弱みがある。
頭の固い副将はこの期に及んでも道すがら、チェ・ヨンに向けて言ったのだ。

 

*****

 

「大護軍」
並んで歩く開京の大路、チュンソクが穏やかにチェ・ヨンを呼んだ。
「王様へ全てお伝え下さい」
「チュンソク」

言うと思っていたから驚きはなかった。こいつなら。
チェ・ヨンが半歩後のチュンソクへ呆れた眸を投げると、当然だと言いたげな視線が戻って来た。
「そうでもせねば、あの我儘なお嬢様への灸に効き目はないでしょう」
「お前が犠牲になってまで据える必要はない」
「大護軍」

チュンソクは困ったよう眉を下げて笑い、ヨンに向かって首を振る。
「大護軍の足枷になりたくない。それが俺の答です」
「何だそれは」
「俺とキョンヒさまの為に、大護軍の道が曲がってはなりません」

しかしチェ・ヨンは太い息と共に、チュンソクの声を一蹴した。
「馬鹿にするな」
「大護軍、しかし」
「良いか」

そろそろ無駄話には飽きたらしい。チュンソクにはそこまで伝わる。
チェ・ヨンは大きく伸びをすると、頭の上の空を見上げる。
朝もこうして伸びをした巨きな男に言われたと思い出しながら。

ヨンさんらしく。

「俺が本気なら、誰にも止められん」
それは厭という程身に沁みているがと、チュンソクは返す声を失くす。
「黙って見てろ」

チェ・ヨンは不敵な笑みを片頬に刻み、それきり儀賓の宅まで二度と口を開かなかった。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    見てる見てますよ、ヨン。
    ヨンが、どんな策で乗り越えてくれるのか。
    チュンソクさんも、自分を犠牲になんて…考えないで。
    あんな娘のために、敬姫様との婚儀が潰されるなんて許せない。
    ヨンを頼ってみましょうよ。

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